「きゃああぁッ!?」
ネスティの答えを待ち、静まり返ったその場に、絹を裂くような悲鳴が響いていた。
「アメル!?」
悲鳴は、彼女の声。
その悲鳴の意味をとらえるより先に、の身体は反応した。
弛緩していた筋肉を瞬時に総動員して、がばりと身を起こし、構える。
「……アメルっ!!」
そうして状況を理解し――反射的に、また、名を呼んでいた。
機械魔。
先刻全滅させたはずの、すでに屍となったはずのそれが、まだ、一匹だけ生きていた。稼動していた。
それが、アメルを捕らえていた。
油断していた己への怒りも合わさったか、リューグが怒気も露に叫ぶ。
「アメルを放しやがれ、このバケモノ野郎ッ!!」
――バケモノ。
機械魔に向けてそう叫び、アメルをくびきから解放しようと向かってくる、兄弟のように過ごした彼の、そのことばに。少しだけ――心がいたんだ。
だって。あたしは。
……どうすればいい?
あたしは、あたしの真実を、あたしが思いだしたコトを、この場で明らかにしてしまったほうがいいの?
ねえ――ネスティさん。
さきほど機械遺跡で交わした視線は、お互いが、お互いの存在を認識したことをアメルに実感させていた。
どうすれば、いい?
このまま助けてくれるのを待つ?
そうしても……いい?
だって。
リューグから少し遅れてこちらに向かってくる、トリスとマグナに目を向けた。
だって……
これが明らかになれば、まだ知らないでいるあの人たちは、きっと傷ついてしまう。
だって……
みんな、これを知っても、これまでと同じように接してくれるか判らない。
だから、決めかねてしまう。
それまで傍にあった手を、失うかもしれない予感が、機械魔の束縛以上に、アメルの動きを制限する。
けれど。
事態は、そんなことを云っている暇も許さない。
機械魔の無機質な『声』が、一同の焦燥を加速させた。
『自爆プログラム作動――カウントダウン開始……』
「自爆って……爆発ですかーっ!?」
爆発以外の自爆があったら教えてくださいパッフェルさん。
切羽つまったこの事態でも、心中でつっこんでしまうこの性格を、果たしてどうしたもんだろうか。
のんきにそんなコトを考えながら、だけれど身体は思考を置いて、リューグにつられるように走り出した。
――と。
「トリス、マグナ!?」
瞬発力で勝ったか、もしくは、火事場のなんとやらか。
明らかに出遅れたはずのふたりが、リューグとを追い抜いて走る。
「ダメっ! 逃げてください!!」
しばらく呆然としていたアメルが、ことここにきてようやくことばを発した。
だけど、そんなの聞く耳持たないとばかり、
「そんなことできるわけないだろ!」
マグナが叫ぶ。
「守るって約束したんだから、助けてみせるんだからっ!!」
トリスが叫ぶ。
それを聞いたの脳裏に浮かぶのは、いつか……もう、ずっと前。
王都から抜け出す算段をした日、テラスであの3人が話していた、コト。
――なつかしい感覚。あたたかい気持ち。
心安らがせる、そんな、大切な気持ちを。
今アメルを見殺しにしたら、捨てるコトになってしまう。予感。
そんなこと、絶対にさせてなるかと。ふたりの、それは、決意。
『15……14……13……』
20から始まったカウントは、刻一刻と0に近づく。
「――っ」
機械魔の間近まで走り寄ったまでは良かった。
だが、下手に刺激を加えると爆発する恐れがあることに気づいてしまったおかげで、たちは立ち往生してしまう。
『12……11……』
無情にもカウントは進む。
『10……9……8……』
「どけ!」
「え!?」
たちの間を走り抜けて、機械魔に接する人影ひとつ。
「ネス!?」
そうして、彼は、誰かがあげた驚きの声も聞こえぬ様子で、
「……アクセス!」
ギュン、と。何かが起動する音。
首を覆う衣服だと思っていた部分が奇妙にめくれ、ネスティの肌が露になる。
視界に入ったのは、鋼色――鉄色? それは、たった今外気にさらされた、彼の肌の色だった。
真っ直ぐに伸ばした手のひら、色白だけれど血色たたえたそれとの差に一行が目を奪われた瞬間、彼は、その手を機械魔に押し付けた。
負荷がかかっているのか、何かに耐えるようなその表情。
その下には鉄色の肌。
――ネスティの身体。
『6……5……』
「間に合ってくれ……頼む……ッ!」
押し殺した悲鳴をあげて、ネスティが一層顔を苦痛に歪める。
その声に、一行の硬直が解ける。そうだ。肌の色で驚いている場合じゃないのだ。
ネスティが何をしているのか判らないけれど、爆発を止めようとしているのだけは判った。ならばどうにか、その助勢を。
だけど、どうすればいいのだろう。
意気込みだけが空回る。答えを出せる者はいなかった。
――りん、
涼やかな音をたてて、銀が、の首元で跳ねた。
「あ」
溜められた熱量は負荷に反発する。
力任せに上から抑えつけても、
「――だめ!」
身体は、叫ぶより先に動いた。
「!?」
名を呼ぶ声にも、こちらに向けられた視線にも、驚愕が込められているのを感じ取る。
だけど応えない。そんな暇も猶予もない。無言のままネスティの隣に並んで、ネスティと同じように、機械魔に手のひらを押しつけた。
――貴女は、愛されているのですから。いつでも、貴女の望みになら、
聞こえる声は。過去の残滓。
まだ自分でなかった頃。まだ、とらわれていた頃。
望むのは、自分が自分として生きてきた記憶だけなのに。
それはまるで、傷のようだね。
新しく出来た治りかけのかさぶたをはがしたいだけなのに、古い傷口まで開いてしまうかもしれない予感があって、それが出来ない。
だって、怖いんだ。判らないけど、ただ、怖いんだ。
記憶を取り戻すということは、今の自分になる前の自分を取り戻すということ。今ここにいる自分でなくなってしまうかもしれないということ。
だから――だけど!
今はただ、力を望むよ。
そう出来る手段に気づいた以上、その手段を行使出来る、力を望むよ。
助けたい。今、この場にいる全員の願いは。
あたしの願いは。
助けたい。ただそれだけ。
そう出来ることを知っているのなら。
そう出来る、手段と力を、あたしは望む。
『……3……2……』
――りん、
「バカ野郎ッ! やり方も思い出さねぇうちに――!!」
意識を全部機械魔に傾ける直前。
――懐かしい、音と声が聞こえた。