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第26夜 七
lll 禁忌の森 -6- lll




 光が照射され、再び視界が闇に覆われる。けれど、今度は判っているから意識を失ったりはしなかった。
 ふわりと無重力感が身体を支配した次の瞬間、の足は、地面を踏みしめて立つ感触を、しっかりと伝えてくる。

ッ!!」

 目を開けるのと同時に、ミニスの声が飛び込んできた。
 続いて、口々に、遺跡に吸い込まれていた側の名前を呼ぶ声。
「よかったぁ! 無事だったんだねっ!!」
 がばっと抱きついてくるユエルを、ごめんねと云いながら抱きしめ返す。
「心配したのよ、だいじょうぶ?」
 機械魔に向けて矢をつがえつつ、ケイナが云った。
 こくり、頷いて――でもそれ以上はことばにならない。
 マグナも、トリスも、アメルも、ネスティも。護衛獣の子たちも。
 さんざ喚いて外に出てきたのに、いや、出てきて初めて、ソレを目の当たりにしたせいか。
 フォルテやシャムロック、リューグたちが必死になって前線で抑えているけれど、それを今にでも破らんばかりの勢いで暴れ狂う――

 アレがそうなのかと。

 もともと持っていた心を変えられ、本来の姿も変えられ、ただ、命令されたことだけを実行しつづける。

 アレが、召喚兵器なのかと。

「……」
「どうしたの?」
 黙ったままの一行を怪訝に思ったか、ルウが問う。
 それでも、何を云えばいいのか判らなかった。
「……何があったんですか?」
「説明は後でするよ」
 重ねてカイナが問いかけて、ようやく、マグナは口を開いた。
 携えていた大剣を抜き、手には誓約済みのサモナイト石を握りしめ。

「……今は、こいつらを倒すのが先決だ!!」


 その声に、はっとした。
 慌てて、も短剣を抜き放つ。
 トリスが手を血まみれにして、ついでにが手足をしびれさせて、遺跡の機械に啖呵を切ってまで飛び出してきたのは何のためだ。

 みんなを傷つけようとするアレらを、壊すためにだ……!


 前線にいるモーリンを、トリスの手の治療のために呼び戻し、代わりにとマグナ、バルレルとレオルドが突っ込んで行く。
「遅ェぞ! 何してやがった!」
 加勢に入ったとたんにリューグの叱咤が飛んだ。あまりの剣幕に一瞬飛び上がりかけたけれど、そのことばと語気とは裏腹に、彼の口の端は軽く持ち上がっていた。
 そのことが、にようやく笑みをつくるだけの余裕を取り戻させる。
「ごめんね! その分頑張るから!」
「気をつけてください、こいつら、痛みを感じないみたいです!」
 槍を大きく薙ぎ、近づいてくる敵を払ったロッカが、新規に参戦した人間に注意を促した。
 知っている。あの中にいたとき、スクリーンに照らし出された光景そのままだ。
 こちらに向かってくる召喚兵器はかなりの数であり、中には相当の手傷を追っているものもいるというのに、ちっとも勢いが衰えていない。
 さすがに身体機能の低下はまぬがれていないようだが、その意志はどこまでも、こちらの殲滅だけを目指している。

 手持ちの限りの召喚術が、森に爆音を響かせる。
 もはや賭けとばかりに、この場で新しい誓約を交わす光景も見える。
 どれくらい戦いつづけたか判らない。
 目の前の敵の放った雷をすんでのところで避けたの目の前に、力を失った召喚兵器が地響きを立てて倒れてきた。
! 傷は――」
「あたしはいいから、他の人たちをみてあげてっ!」
 モーリンの呼びかけに応えて、少し離れた場所でフォルテとやりあっている召喚兵器――悪魔との融合だというのなら、さしずめ機械魔とでも分類されるのか――に向けて走る。
 命まで危うくなるような大きな怪我を負うことはなかったけれど、敵の数と勢いのせいで、皆、細かい傷は数え切れぬほど。
 少しでも回復の使える人間は、すでに攻撃を諦めて、味方の治癒に専念していた。

 そんな光景を横目に、走る。
 目の前の敵と力比べをしているフォルテの横から襲ってきた敵を、間に飛び込んで牽制した。
「おお、すまんな!」
「お礼はあとっ!」
 げしっ、と、さらに追い打ちで蹴りを入れ、敵の注意をこちらに引き付け、フォルテから引き離そうと、また走る。
 たった今、相対していた機械魔を倒したばかりのシャムロックが目に入り、申し訳ないと思ったけれどそちらに方向転換した。
「シャムロックさん!」
「判りました!」
 名前を呼べば、すぐさま言外の意を汲み取り、トライドラの騎士は大剣を構えた。
 その間にも、足は止めない。
 シャムロックにぶつかる寸前まで全力疾走し、直前に地面を大きく蹴って近くの枝を掴み、宙吊りになる。
 一瞬目標を見失った機械魔の喉笛に、シャムロックの剣が深々と突き刺さった。
 断末魔を上げる間もなく、また、召喚兵器が一体破壊される。

 けれどそれに安堵する間もなく、同類の屍を踏み越えて、次の機械魔が襲いかかってきた。



 もうどれくらい戦いつづけたか判らない。
 戦いのときはかなりの集中を要するから、実際よりも長い時間戦っていると錯覚することはあるけれど、今回は絶対、しゃれにならないぐらいの長期戦になっていた。
 それもこれも、今戦っている相手には、ある程度痛めつけて『敵意を削ぐ』コトが出来ないせいだ。
 どれだけ傷を負わせても、どれだけ召喚術を浴びせても――
 その身体が完全に動かなくなるまで、召喚兵器たちは動きつづけるのだ。

「魔力が尽きた人間は後ろに下がって休め! 少しでも戻ったら放てるだけの術を放つんだ!」

 ネスティが遠くで叫んでいる。
 そう云う彼も、すでに魔力は枯渇しかけているらしい。最後の力で、近くにいたロッカにフレイムナイトを憑依させるとそのまま戦線から離れた場所に移動する。
 酷なコトを云うようだが、彼のことばは実にありがたい。
 ネスティも含めて、召喚師である彼らは目の前に敵がいることに慣れていない。
 下手に前線に残られてしまうと、情けないが自分たちのことでさえ手一杯な接近戦組にとっては、少々足手まといだからだ。いや、正直庇おうという余裕さえあるかどうか。

 ……とは云っても。
 状況は依然として厳しかったが、はそれとは別件で、小さく息をつく。
 ネスティのことだ。
 判断が下せたということは、少なくとも今の彼は、普段どおりの自分をある程度は取り戻せているだろうと考えて間違いない。
 ずっと後ろで治療に砕身しているアメルの様子を見に行くのは無理だけど、トリスもマグナもそれなりに戦っているのも見た。まだ、だいじょうぶ。そう思っててよさそうだ。
 ……もっとも、戦いが終わったら、また気まずい雰囲気が巻き起こるのは充分予想がつくのが、悔しいけれど。
 だけど、動けるのなら、まだ、心は弱りきっていないと思っていい。なら、ゆっくり話せばだいじょうぶ。
 そう出来るだけのものを、これまでの旅で築いてきた自負くらい。ある。

 気を取り直して、また、機械魔へ向けて走り出した。
 リューグの傍を通り抜けたとき、彼が、ぎょっとした顔でこちらを見たのを、なんだろうと不思議に思いながら。
 それを視界におさめていたパッフェルが、銃の照準を合わせていた目を少しだけ、細めた。

 ――光が、また、意識しないうちにの腕にまといついているのを見て。



 そうして、永遠に続くかと思われた戦いもようやく終わりを告げた。
 の腕にまといついていた光は、戦いの最中に結局、自身でも気づかぬうちに消滅してしまっていた。
 それを目にした人たちが、何やら訊きたそうな表情をしていたけれど、あいにく、そこまでの気力はそのなかの誰にも残っていないのが事実。
 向かってきた召喚兵器はすべて叩きのめしたものの、さすがに全員疲労困憊で、しばらくは、誰も何も云わなかった。
 地面に寝転んだり、近くの木によりかかったり、今誰かが攻めてきてもとっさには対応できないだろう光景が、その場には展開されている。
 だけど無理もない。
 普段は注意するだろうネスティやシャムロックらも、何も云わずに脱力した姿をさらしていた。――ネスティは、他に思うところもあるんだろうが。
「それにしてもさ」
 ふと、累々と横たわる無数の機械魔の屍に目を向けたモーリンが、誰に訊くでもなしにつぶやいた。
「こいつら、いったい、何だったんだい……?」
 答えを持つ数名が、身体を強張らせる。
 危地を切り抜けた安堵に満ちた空間が、瞬時に硬質な緊張感を伴った。

「……召喚兵器、ゲイルよ」

 マグナと一緒に座り込んでいたトリスが、膝を抱え、目の前の地面を睨みながら答えた。
「ゲイル?」
 初めて聞く単語に、みんな一斉に首を傾げる。
 そこへ、妹のことばを補足するべく、マグナが口を開いた。

「召喚獣の身体に機械を取り付けてつくられた、生きた兵器――」
 そこまで云ったあと耐え切れなくなったのか、こぶしで地面を殴りつけ。

「召喚術を超える力っていうのは、こいつらのことだったんだよ!!」
「――――――――」

 ……全員が。
 先刻、機械遺跡の内部に転送されずにいた全員が。
 妙に緩慢な動作で、たった今、自分たちが戦い、屠った機械魔たちの屍を見る。
 目にあるのは驚愕の色――困惑と、それから恐怖と。

「……なん、ですって……!?」

 今更ながら――ああ、実に今さらながら。
 彼らの背が、腕が、いやさ全身が、粟立った。
 いくら傷つけても致命傷を負わせても、こちらに向かってきた敵へ感じていた、戦いのそれとは違う恐怖が蘇る。

「では、この者たちが死兵のごとき猛攻を見せたのは!?」
 カザミネの問いはマグナに向けて発されたのだけれど、答えたのは、意外にも少女の声だった。
「……そういうふうに、されたんです……」
 トリスとマグナと同じように機械遺跡に飲み込まれ、あろうことか、召喚兵器だという自分の顔を見せ付けられたアメル。
 ぽつりぽつりと、彼女はつぶやく。

「痛みも、恐怖も、感じないように……変えられてしまったんです」

「そんな……そんなのって!?」
 ミニスが叫ぶ。
 過去の自分に重ねてしまったのか、ユエルが、機械魔を見たまま固まってしまっていた。
「……ひどすぎる……!」
 うめいたのはシャムロック。
 横にいたフォルテとケイナが、ことばなく頷き同意を示す。
「そんな……!」
 ルウが、まだ信じられないと云いたいのか、首を横に振った。
「だって、この森は天使アルミネが人間を守るために戦って、悪魔の軍隊を封印した場所じゃないの!?」
 それなのに、どうしてこんな呪われた存在が、それをつくりだすモノが在るの!?
 伝説は語る。
 召喚術におぼれた人々を、それでも、たったひとり、見限らなかった天使がいたと。
 それこそが、豊穣の天使アルミネ。
 彼女はただひとり大悪魔に一騎打ちを挑み、己の命と引き替えに、悪魔たちをこの森に封じる結界を張った――
 いつか語り、語られた、禁忌の森にまつわるおとぎ話が、全員の脳裏を駆けた。
 だが、

「その伝説は捏造されたものだ」

 静まり返った一帯に響いた、さして大きくない……むしろつぶやきに近いネスティの声が、どこか放心しかけた彼らの思考に亀裂を入れた。
 全員が、一斉にネスティを振り返る。
 ただひとり、俯いたままのアメルを除いて。

「豊饒の天使アルミネは、自分の意志で人間を守ったわけじゃない」

 淡々と、ネスティは語る。

「召喚兵器として戦いに投入され、戦いの末に大破、暴走し――」

 おとぎ話として広く知られる伝説とはまったく違う、凄絶で苛烈で容赦のない、

「結果として、この森を包む結界を形づくっただけに過ぎないんだ……!」

 ――真実を。


 どうとらえろと云うのか。ネスティのそのことば。語られた真実。
 嘘というにはあまりにも信憑性に満ち、事実としてとらえるには、あまりにもむごいその話を。
 エルゴの守護者として、伝説に関する類の知識はおそらくこの場の誰よりも詳しいであろうカイナでさえも、呆気にとられたままネスティを凝視していた。だが、彼女はどうにか気を取り直し、口を開く。
「……ネスティさん……貴方はもしかして、このことを知っていたのですか……!?」
 たった今、遺跡に飲み込まれたときに知ったのだととるには、ネスティのことばはあまりにも重かった。
 カイナのことばに、ネスティはかすかに顔を俯ける。
 微妙なその仕草からは、少なくとも否定はないことだけは判る。
「黙っていたのかよ……今まで……」
「どうして黙ってた!! ネスティっ!?」
 厳しい表情になったリューグがつぶやき、フォルテが激した様子で叫ぶ。
 答えを返そうとしたネスティは、数度、口を開いては閉じて、を繰り返した。ことばにならないのか、それとも、語ることをためらうくらいに、その理由は大きかったのか……

 誰かが問おうとしたそれは、解の返らない疑問となる。


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