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第26夜 壱
lll 禁忌の森 -1- lll




 そうしてレルム村のある山を降りた一行は、ひたすら西へと歩きつづけた。

「……ここよ」
 前回と同じ、とは行かないまでも近い位置に到着したところで、ルウが云った。
 前回よりも人数の増えたたちの前には、前回と同じような森が、やっぱり同じように薄気味悪い印象を放ちながら、鬱蒼と木々を繁らせている。
 初めて見ることになるシャムロックも、この不気味さを見ては、さすがにいい気分などしないらしい。
「……これが、悪魔の軍勢の封じられた森ですか」
 奥の方からただよってくる、濃密な、冷気にも似たものを感じてしまうのだろう、あまり顔色も冴えないし。
 ……もっともそれは、今ここにいる全員が全員、同じようなものではあるんだけども。
 とは、云え。
 どこまで行っても平然としている人というのも、やっぱりいるわけだ。
 たとえばほら、パッフェルなんかのんきに手でひさしをつくりながら、
「はー、いかにもお宝が眠ってそうな雰囲気はありますねー」
 ときたもんである。
「パッフェルさん、その神経少し分けてください……」
「何おっしゃいます。さんの方がよっぽどしっかりしてらっしゃいますよ?」
 何せ、不意打ちでも、私と互角に戦えてらしたんですから。
 小声でスルゼン砦でのコトを告げられて、実はほとんど忘れかけていたのだけれど、ふと思い出した。
 最初にこの人と逢ったときだ。
 ――『諜報員』と云われた。
 あのときはことばの意味も判らないで、パッフェルのごまかしを鵜呑みにして、そのままうやむやになっていたけれど。
 もうあれから本もたくさん読んだし、その単語の意味だって一応だけど知っている。
「……パッフェルさん」
「はいはい?」
 一行の最後尾で、ぽそぽそと話しているとパッフェルの姿を気に留める人はいない。
 いつぞやカイナが修復した目の前の結界をどうやって通るんだとかいう話になっていて、そっちの方に集中しているから。
「よかったら今度、パッフェルさんが知ってるあたしのコト、お話してくれませんか?」
 そう云うと、隣で驚くような気配。
 正面を見ていた視線を隣のアルバイターさんに動かすと、茶色の目が心なしまん丸くなってを見ていた。
「……よろしいんですか?」
 あんまり聞いて楽しい話でもないかもしれませんよ?
「そんな気はしますけど、一応聞いておいたほうが今後の参考になるかと思って」
 たしかに、諜報員なんて単語は、胡散臭い以外の何物でもないんだけども。
 ただ、最近、記憶を無くす前の自分がドコにいたのかとか、そういうことが、おぼろげにだけれど予想がつきだしたこともあるからして。
 とりあえずレナードの話における『神隠し』体験者かどうかは後で検証するとして、確認がしやすいであろうこの世界での証言を集める方が手っ取り早そうだ。きっと。
「そうですね」
 しばらくして、パッフェルが微笑んだ。
 少し前方では、いきなり光りだした羽根とアメルと、ざわついている一行。
 とパッフェルの立っている場所だけが、なんとなく、周囲から切り離されたような感覚だった。
 喧騒のなかでも聞こえるささやき声、という実に器用なことをやりながら、パッフェルが云う。
「この森の探索が無事に終わりましたら、お茶でも飲みながらお話いたしましょうか」
「はい」

 それが、叶わない未来になるなんて、そのときふたりは想像していなかった。


、パッフェルさん! 気をつけて!」

「!」

 ほのぼのしくやっていたふたりに、緊迫した声が飛んでくる。
 はっとして見やると、どうやら、先ほどの光で結界が消えてしまったらしい。
 奥から流れてきていた冷気の持ち主――つまり悪魔たちが、一気にこちら目掛けてつっこんできているのが目に入る。
 短剣に手をかけたの横から、
 ――パァン!
 乾いた音が発された。
 突っ込んできていた一匹の悪魔が、それで、たたらを踏んで地面に倒れる。
 かすかに漂う硝煙のにおいの元は、たった今、銃をぶっぱなしたパッフェルだ。
 同じように遠距離に届く武器を使うケイナにレナード、それに召喚術を使える面々は、接近戦になるまえに相手の力を削ろうとすでに奮戦している。
 この時点だと、接近戦しか能のないとしては、やることもなく観戦モードになるしかないのだけれど、それはちょっと考えが甘かったらしい。

「ぼっとしてんな! 薄いところから抜けて奥に行くんだ!!」

 フォルテの声が飛ぶ。
 見れば、すでに何人かは奥に向けて移動を始めていた。
 なるほど。遠距離から牽制しつつ、目的に向けて突破をかける作戦ですね。
 ――ってのんびりしている場合じゃなくッ。
 まだのんびり気分の抜けてない己を叱咤して、も走り出した。
 ある程度敵の頭数が減ったところで、牽制をかけていた面々も、こちらに向かって走ってくる。
 先頭はアメル。この間喚ぶ声を聞いた彼女は、何かに導かれてでもいるように、迷いなく、森の一点を目指して駆ける。
 それをリューグとロッカが両脇で守り、後ろはその他が団子状態。
 時折横からわいてくる悪魔は、さすがに絶命させる暇はないので、手近な人間が対処した。追いかける力がなくなるくらいのダメージを与えて、そのまま走り抜ける。



 ――そうして、どれくらいの距離を進んだろう。
 外から見たときは、ずいぶん広く感じた森だった。
 実際そのとおりで、もうどれだけ走ったか、どれだけの数の悪魔に遭遇したか判らなくなった頃。

 ――ばっ、と、視界が開けた。

 鬱蒼と茂った木々に支配された森、その一帯だけを切り取ったかのように、そこは、ぽっかりと開けた空間。
 青空が見える。雲が見える。
 太陽が見える。
 そうして。

 苔むして、ぼろぼろで、草の絡まった建造物が。足を止めた彼らの目の前に、そびえたっていた。


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