……昨日からどうも、泣いた子にしがみつかれるっていうのが多いんですが……あたしはそんなに漢前と書いてオトコマエですか。
でもなんとなく。彼らの気持ち、判る。いみじくも、いつかルウと話したように。
慣れてしまった。馴染んでしまった。
大好きな彼らと一緒にいることに。手を伸ばせば、応えてくれる存在がいることに。
――自分からその手を振り切るのは、とても辛いコトだと、思ってしまうから。
だから、傍にいたいと思うのが、今は本当の気持ち。
「ロッカもリューグも気にしてるみたいだけど……あたしとしては、こんな感じなんだ」
そんなんでも、いいだろうか。問いをも含めた視線を転じてことばをかければ、双子は、こくりとうなずいた。
リューグが近寄って、腕を伸ばして髪をくしゃりと乱す。
ロッカも来て、の頬に手を添えながら笑ってくれた。
「ばーか。……面倒見るって云ったじゃねえか」
「愚弟の戯言は放っておいて、いざとなれば僕に任せてくださいね」
こんなところまで、兄弟揃って争わなくても良かろうに。
でもそれはいつもどおりのふたりで、いつもどおりの自分たちだ。
そのことに安心を覚えて、笑いながらこちらを見ているミモザとエルジンと視線を交わして、また笑った。
のは、いいけれど。
ミモザが、微妙にその表情を変えたのは何故でしょう。いや、笑ってるのに変わりはないんだけど。どこかに含むトコロありそうな。
そして予感は現実になる。
「……それにしても」
と、彼女が切り出したからだ。
「ちゃん、どうせならうちの後輩に面倒まかせる気はないかしら?」
「は?」
「ネスティはあのとおり堅物だけど根は悪い子じゃないし、マグナはお調子者だけど、ここぞってときには頼りになるわよ〜」
「え?」
何の話だ。
唐突に始まった後輩プッシュに、の思考は追いつかない。
「どっちもお買い得だと思うんだけど、どう?」
「……いえ、そういう話してる場合じゃないと思うんですが」
嬉しそうに訊いてくるミモザに、そう答えるのが精一杯だった。
双子とアメルがなんとなくミモザを睨む素振りを見せるけれど、人生経験はお姉さんの方が上である。
それを苦笑して見ていたエルジンが、ふと、門の方に目を向けた。
「あ、帰ってきたみたいだよ!」
云われ、そちらを振り向けば、
「あ」
「噂をすればなんとやら」
朝から今までいったい何を話していたのか、たった今話題に出たミモザの後輩3人が揃って帰ってくるところだった。
庭で戯れている、というよりミモザにちょっかい出されてるたちを見て、玄関に向かおうとしていた足を、そのままこちらに方向転換。
その彼らの表情を見て、も、自分の顔がほころぶのが判った。
何を話していたのか、なんでこんなに時間がかかったのか、さっき疑問に思ったことはどうでもよくなってしまう。
だって。
マグナとトリスの表情は晴れ晴れとしているし、ネスティもまだ考え込んでいる様子は薄れていないけれど、昨夜見た辛酸はなくなっているように見えた。
だから、
「マグナ、トリス、ネスティ! おかえり!」
「――ただいま」
「「ただいまっ!!」」
はにかんだ笑みと共に応じるネスティと、元気良く答えてくれる兄妹のことばを聞いて、はもう一度笑った。
が、
「!」
こちらに小走りに近寄ってきていたマグナの表情が、ぴしりと固まった。
なんだろうと思った瞬間、とたんに走るスピードを上げて、
「リューグ、ロッカ! 何でに抱きついてるんだよーっ!?」
がばぁっ! との擬音も激しく、4人がかたまっていたところにタックルしてを奪い取る。
あまりの早技には目を白黒させ、双子もアメルも何が起こったのかという感じで今まで傍にいたはずの少女を一瞬視界から見失っていた。
「ちょっとマグナ、今のは抱きつかれてたわけじゃなくて……」
むしろ抱きついてたのは双子ではなくアメルなんですけど。
と云おうとしたのだけれど、
「むー」
こちらのことばを遮って、腕をの身体にまわし、マグナはそのままにへっと笑う。
うなってたくせに表情が違うし。
あ、でも、この笑顔はいい。
やっぱりマグナは真面目な顔もいいけれど、わんこみたいに笑ってくれるのがいちばん似合うと思うのだ。
てってって、と走ってきたトリスと、ゆっくりと最後尾を歩いてきたネスティも、ようやくこちらに辿り着いた。
「先輩、ただいま帰りました」
「はい、おかえりなさい」
まずはネスティが礼儀正しくミモザに礼をして、マグナとトリスに視線を移す。
その意味を正確に受け止めたふたりは、それまでの笑顔を一変させて真剣な表情になると、たちを振り返った。
途中から割り込んでを横取りしたマグナを不機嫌そうに見ていた双子も、「ってやっぱりもてもてなんですよね……道は険しいなあ」とのたまってをあわてさせていたアメルも。
その表情に感じるものがあるのか、姿勢を正してことばを待った。
マグナの腕の中に閉じ込められたままのもまた、しかり。
「あのね……」
そして、口火を切ったのはトリス。
まず結末から話そうとして、トリスはふと、さっきまでの会話を思い出していた。
……時間は少しさかのぼる。
早朝から叩き起こされたマグナとトリスがネスティに連れられて、導きの庭園に行った頃へと。
時間が時間であるせいか、ランニングなどしている数人以外は実に閑散とした庭園の、さらに人のこなさそうな一角。
要らんことを云ってしまえば、先日兄妹が兄弟子に泣かされた場所でもある。えらい誤解を招きそうな云い方だが。
2日連続で早朝叩き起こされたにも関らず、今日だけはしっかり目が覚めた。
約束していたとはいえ、まだ寝ているを起こしてつれてくるのはさすがに気が引けたから、こうして3人だけでここにいる。
ネスティがわざわざこんなところまで連れてきたのだから、よほどの用件なんだろう――なんて考えるまでもない、先日の会話に関係するもの以外に何がある。
ちなみに、この時点でまだふたりは、ネスティは自分たちの選ぶ道に反対していると思っていた。
だから、彼が何か云うよりも先に、まずマグナが口を開いた。
「先輩に聞いた。蒼の派閥の総帥は、どんな理由があってもネスが云うように人を殺して機密を守るような人じゃないって」
それはネスティに泣かされた――しつこいようだが一部語弊だ――あと、に慰められて、ギブソンに特攻をかけたときに返されたことばだった。
自分たちの『先輩』なのだから、詳しいことは話せないし、よく知っているわけでもないけれど、と。
けれど、このことばをもらえただけで充分。
「そうか」
「……?」
トリスが軽く首をかしげたコトを、敬愛すべき兄弟子は、果たして気づいたのだろうか。
淡々と話すその口調、感情を押し殺したようなことばの流れは、昨日と変わらない。
だけど、あのときとは、少し違うような。少し、軽くなっているような。
戸惑いを覚えながらも、ことばを続けた。
「……それでも、ネスは俺たちを殺すって云うのか? あの森に関わるコトで、俺たちと――ネスが殺されるっていうのか?」
「……」
殺されるわけじゃない。殺さざるを得ないんだ。
そうかすかにネスティの口が動くけれど、それは声にはならず、つまりはトリスにもマグナにも聞こえない。判らない。
沈黙したままの兄弟子に、今度は妹弟子が進み出る。
「教えて。総帥でないなら、蒼の派閥の関係者でもないなら……ネスにそう命令したのは誰なの?」
「命令じゃない」
「……え?」
口の端をかすかに持ち上げて、ネスティの浮かべたそれは、自嘲を含んだ笑み。
「誰かに命じられたわけじゃない……これは僕たち一族が背負ってきた義務なんだ」
遥か遠いあのとき。罪を犯したそのときから。
ずっとずっと、血族の続く限りはこの身の中に、この血の流れのなかに。
刻まれた罪、逃れ得ぬ義務、それらが薄れることは無い。
あの師範の命令などに縛られていたわけじゃない。何よりも強くこの身を縛っていたのは過去の記憶。罪の記憶。
「――――」
昏い、闇のふちに思考が沈みかける。それでも。
思い出すのはあの子のことば。
心に嘘をつくなと。ずっとずっと突き詰めて、それでも残った気持ちが自分のほんとうなのだと、彼女は云った。
そうして自分の心に問う。
マグナと。トリスを。
殺せるか? ――否。
なら、もう。
選ぶものはこれしかない。
消去法でもなんでも、これはたしかに、ネスティの本当。
急にネスティの一族がどうのと云われても(考えてみたらネスティはラウル師範の養子で、そうなる前の話しは聞いたことがなくて)、何も知らないから何も云いようがなくて。
だもので、兄妹は顔を見合わせて、お互い戸惑っていたけれど。
次に響いたネスティの声に、そんな疑問も吹き飛んだ。
「――僕はもう、君たちを止めたりしない」
殺したりもしない。殺させも、きっとしない。
それが大気を震わせ鼓膜をとおり、頭に到着し、そしてそれを理解した瞬間、
「ネス……!」
ふたりは、感極まって、兄弟子の名を呼んでいた。
佇むネスティの笑みはとても寂しそうで、けれどどこまでも優しい。
そして、真っ直ぐにふたりを見る鋼色の目が、いっとうあたたかかった。ここのところあまり視線を合わせていなかったんだというコトに、今さらだけれど気がついた。
「どうすれば一番いいか、ずっと考えて……でも、結局僕が君たちにしてやれることは、もう、何も残っていない」
もう、運命は動き出していた。
だから、せめて。
「最後まで君たちについていくよ。……僕は、そう決めた」
「……トリス?」
「わっ!?」
「えッ!?」
いつの間にマグナの腕から抜け出したのか、トリスの目の前にいたのはだった。
こちらの大声に驚いて、数歩下がって心臓を押さえていたりする。
「……ちょ、ちょっとどうしたの?」
「……あ。あははははは」
後ろ頭に手をやって、必殺ごまかし笑い。
「何をやっているんだ……」
あきれたようにこめかみを押さえて、とりあえずは普段の調子に戻った兄弟子にべーっと舌を出して見せた。
「何よ、ネスがいつまでもいじいじしてたから悪いんでしょっ!」
「なッ……なんでそうなる!?」
「はいはいはーい、俺もトリスに一票!」
「君はバカか! なんでそう何も考えずに発言するんだ!!」
「ね! もそう思うでしょ?」
「え!?」
派閥の召喚師だけでわいわいやってると思って、あたたかく見守ってくれていたらしいに話をふると、唐突だったせいか、また目を丸くしてブーイング。
「そこであたしに振る!? やだよ何か云うとネスティ怖いし!」
「……つまりそれはそういうことを考えている、と?」
墓穴を掘ったに、ネスティの冷ややかなツッコミ。
「…………」
てへ、と。は困ったようにネスティを見て、トリス、マグナ――それからリューグ、ロッカ、アメル、ミモザ、エルジンと視線を動かしていった。
ぐるりと一周した先には、当然、またネスティ……からそらして、救いを求めるようにレルム村トリオを見るけれど、しれっと視線をそらしたりにっこり笑ってくれたり。
……、応援されてるね。
「え、えーと、いやそのそういうわけでも……」
トリスに同意すればネスティに怒られる、反対すればトリスとマグナにいじけられる。
その未来を予測しているのか、は目をお魚にしつつなんとか答えをにごそうとしたのか、ぴっと指を立てて云った。
「まぁ、3人ともケンカするほど仲が良いってコトでっ!!」
「「「「「それは違う。」」」」」
蒼の派閥組ならず、レルム村組からも突っ込みを貰って、は見事にその場に撃沈したのだった。
けれど。
立ち直りが早いのは、ある意味のとりえである。
ご丁寧に芝生につっぷした身体を起こして、ぱたぱたと葉っぱや土を払いながら、意趣返しをもくろんでみた。
「でもほら、トリスとネスティならさ、見た目的にもいい組み合わせだと思うんだけどなあ」
マグナみたいににへっと笑いながら云ったはいいものの、それはなんだか予想以上の効果をもたらしたようだ。
ぴしっ
空気のひび割れる音さえ聞こえるほどの見事な硬直を、ネスティとマグナとトリスが披露してくれたのだから。
「……あら?」
冷や汗一筋額に流し、もしかして図星だったのかしらと追い打ちかけようとした矢先。
「…………鈍すぎ……」
呆気にとられたアメルの声が、さっくりに突き刺さる。
振り返れば、聖女のつぶやきに同意の肯きを見せているリューグとロッカの姿があったりして、それがまたさっくりと、不可視の槍をの脳天に突き刺した。
「……なんで?」
「なんででも、です」
どうして判ってくれないのかな、と、アメルの目も口調も訴えてるが、それで判るようなら誰も苦労はしないのだ。
「あたし、自分で云うのもなんだけど素早いよ? ちゃんと相手の動きも読めるようになったよ?」
「いえ、さん、アメルが云ってるのは、そういう方面じゃなくて……」
「ほかにどういう方面があるって云うの」
「だからそれを本気で聞いてるあたりが鈍いっつってんだ」
ロッカの突っ込みに食い下がろうとしたの額を、びしっと軽くリューグが弾く。
いや、ごく軽いデコピンでしたから、痛みはないんですけど。ないんですけど。
なんかこの上なくバカにされてるよーな気がするのは気のせいでしょーか。
「あっ! でもさ! それいいよ!!」
硬直から真っ先に立ち直ったマグナが、ぽんっと両手を打ち合わせて云った。兄さんまでどうしたの、と、嘆く妹をよそに、
「ネスとトリスでいい感じなら、そしたら俺、と――いてぇっ!」
――の部分には、『ごすッ』という、ネスティさんのげんこつの音が入ったりする。音からして痛そうだけど、マグナが涙目になっていることから見ると、あれは相当ダメージがいったらしい。
「……なんていうか、あなたたちって本当に見てて飽きないわねー」
「それより、さっき真面目な顔して話し出そうとしていたことが気になるんだけど、僕」
またぞろじゃれだしたお子様たちを傍観していたふたりが、そんなしてそれぞれツッコミをいれて、そもそもの目的を思い出させてくれるのは、もうちょっと後のコトだったり、する。
片方は突っ込みじゃなかったけど。