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第24夜 参
lll とりあえず謎は解けたけど lll




 見込んでもらったのはありがたいし、任せると云ってもらったのもうれしかった。
 けれどもすべてが終わってみれば、もアメルも何もしないで突っ立っていただけのような気がしないでもなかった。
 まるで夢でも見ていたかのように、鮮やかな手際。
 さらにその感覚を後押ししたのは、鬼になったというシノビたちが伏していく姿だった。
 倒されたシノビたちは、命が絶えたことでこの世界とのかかわりを失ったのか、まるで送還されたように忽然と消えていったのだ。
 ……ってことは、ですよ。
 もしも今死んだら、元の世界に戻れるんだろうか。
 などと莫迦なコトを考えてしまって、それじゃ無意味じゃないかとひとりのたうっているを、シオンとアメルが不思議そうに見ていたのは、まぁご愛嬌。



 送ってくれるというシオンの厚意に甘えるコトにしたたちは、今度こそ無事に、ギブソン邸まで帰り着いた。
 もう夜遅いということもあって、そっと扉を開けたのだけど、この屋敷の主たちは、わりと夜型らしい。
 ちょうど出てきたミモザと、しっかりばっちり遭遇してしまったのだ。
「……あら」
「あ、ミモザさん、この人は――」
 驚いた様子のミモザに説明しようと、アメルが口を開きかけたけれど、ミモザがことばを続けるほうが早かった。

「シオンさんじゃない!」

「え?」
「……お知り合いなんですか?」

 思わず、後ろに立っている蕎麦屋の店主を振り返るとアメル。
 頷くシオン。
 そしてまくしたてるミモザ。
「こんな夜分にどうしたの? ――あ! この子たちが何かやらかしたわけ!?」
「……」
 どうやら彼女の驚きは、見慣れぬ男性が来たせいでなくて、知り合いが夜更けに後輩の仲間を連れて来たコトからきたものらしかった。

「……何やらかすよーな人間だと思ってるんですか」
 思わずやさぐれかけてつぶやくに、
「あらら。やあね、ことばのあやってヤツよ」
 まったく悪びれた様子なく、ミモザは朗らかに微笑んだ。



 そうしてすったもんだで居間に集まり、ミモザの声を聞いて顔を出した人たちも、その場の流れでやっぱり居間に集まった。
 ――それでも、やっぱりネスティは、部屋にこもったままだったけど。
 ついでにロッカも部屋から出てこれなかったようだけど。それに関してはリューグが先に増して遠い目をしてた。
「シオンの大将がシルターンから来たシノビー!?」
 夜だというコトを完全に失念しているのか、経緯を話し終わったとたん、数人がそんなふうな意図のことばを口々に叫ぶ。
 パッフェルもさすがに気づいていなかったらしく、
「ひゃぁ……私もちっとも気づきませんでしたよ……」
 私もつくづく平和ボケしてますねぇ。
 そう彼女は云うが、ここのトコロの状況のドコが平和なのか。一度パッフェルの主観を聞いてみたいもんである。
 は知らなかったけれど、やっぱりマグナやトリスのつてで、蕎麦を食べに行ったことのあるらしい数人なんか、もうことばもないほどだ。
「……変装にしちゃ、すっかりお蕎麦屋さんだったわよね……」
「驚きだぜ……」
 たとえばほら。こちらもとんと気づいていなかったらしい、フォルテとケイナの会話である。
 姉の横に座っていたカイナが、ふふっと小さく笑って、
「シオンさんの趣味は蕎麦打ちなんですよ。私やカザミネさんも、ご馳走になったことがあるんです」
「そうでござる」
「いやはや、道楽が役に立ってなによりです」
 たしかにシオンの蕎麦は美味しかったし、それがあったからまさか演技だなんて思わなかったんだけども。……思わせる不自然さもなかったし。
 はあ、と、感嘆のため息がそこかしこからこぼれた。

「……知ってて黙ってたの?」

 どうやら眠りに入りかけた途中でさっきの騒ぎに起こされたらしいミニスが、ちょっと不機嫌な顔でカイナとカザミネに云う。
 不機嫌な理由は、もちろん、眠気からだけじゃないのは一目瞭然だった。
 カザミネは冷や汗流して目をそらし、性格からそういうことが出来ないらしいカイナは、
「あ、えーと、それは……」
 しどもどになっている始末。
 そこに、当のシオンが割り込んで、
「おふたりには、私から黙っていてもらうよう頼んでいたのですよ」
 本来の私の役目は、こちらの情報をサイジェントへと伝えることでしたから。
「……サイジェント?」
 話の腰を折るのは判っていたけれど、初めて耳にする地名に首を傾げた
 それを見たトリスが、隣に座っていた身体をちょっとくっつけてきて。
「聖王国の西の端にある街だよ。キルカの織物が名産品なの」
「ふーん……」
 ここでキルカが何なのか訊いたら、それこそ脱線しまくりである。
 あとで書庫に潜ってみようと思いながらうなずいたは、再び、シルターン組へと視線を戻した。組ってなんだ。
 と、ちょうどこちらを見ていたシオンと視線がぶつかる。
「ですので、さんたちを助けたのは、特別に頼まれてしたことなんですよ」
「へ?」
 あの状態のドコで、誰が、大将にそんなコトを頼む暇があったんだ。
 そんな疑問がこもっていたのが判ったのか、くすくす笑いながらギブソンが云う。
「今日のことだけではなく、実は、影から見守っていてほしいと頼んでいたんだ」
 それが答え。
「……ということは?」
「そ。私たちがシオンさんにお願いしていたの」
 今回ばかりはギブソンの笑顔が、ミモザの笑顔と同類項に見えた気がする。
 ミモザが、まだ怪訝な顔をしている後輩ふたりを見て、
「ほら、貴方たちが内緒で出て行こうとして、黒の旅団に囲まれたの覚えてる?」
「あ……」
「はい」
 まさに日中、その話になっていました。
 などと云えるはずもなく。ちらりとトリスとマグナの視線がに動いたけれど、幸いミモザは別になんとも思わなかったらしい。
 こくりと頷いたふたりに対して、満足そうに笑みを浮かべた。
「あのとき、不思議な霧のおかげで命拾いしたわよね?」
 そこでいったんことばを切って、彼女はぐるりと全員を見渡す。
 つられても視線をめぐらせば、それぞれ首をかしげたり、得心のいった表情になっていたり。
「あれはねえ……」
「シオンさんが、忍法という、シノビの技でつくりだしたんだ」
 じらすように殊更ゆっくり話すミモザのことばを途中で奪って、ギブソンが続けた。
 ちょっと恨めしそうにギブソンを見て、ミモザが「そういうことなの」としめる。
 っていうか。それじゃつまり。
「あのときからずっと……!?」
 けっして長いとはいえないけれど、あのときゼラムを抜け出してから、それなりの日数が経過している。
 その間、ずっと、こちらにそうと悟られることなしに見ていてくれていたんだろうか。
 トリスの声はそちらの驚きが大きくて、他の感情は見受けられなかったのだけど、シオンはそれを別の意味で受け止めたらしい。
「そういうことです。……もっとも、私が力を使ったのは最初のあの夜だけでしたが」
 貴方たちは自分の力だけで、今日までの困難を乗り越えてこられたのです。

「……ご立派でしたよ」

 そう云って、笑ってくれるシオンの表情には、全然、含みなど感じられない。ことばのとおり、純粋な賞賛。
 くすぐったさを感じて再度視線を彷徨わせれば、数人と目があって、やっぱり同じように照れくささを感じているのが判った。
 だって、窮地と感じたことはそれなりにいっぱいあったから。
 それでも手を貸さずに見守ってくれていたのなら、自分たちで切り抜ける力があると信じてくれていたんだということだ。
 それは、ちょっと心もとない賭けだと云えるかもしれないけれど、今は、信頼されていたんだと気づいたコトのほうが、うれしい。
 リューグあたりは仏頂面だけれど、あれは素直じゃないからということにしておこう。ロッカがいたら「恥ずかしがるなよ」とか云いつつつっこんでくれそうだが、前述のとおり、生憎トリスとマグナのせいで動けないらしいから不可。残念。

 ひとしきりほのぼのしい空気を堪能した後、ふと、ミモザがシオンに向き直った。
「それにしてもごめんね、シオンさん。無茶なお願いをして」
 たしかに、存在を悟らせずこちらの行動を見守って窮地のときにはばれずに助けてやれなんて頼み、無茶以外の何物でもない。
 そんな無茶を実行してのけた、シオンもシオンだが。
 で、当のその人はさっきからの笑みを絶やさぬまま、
「気になさらないでください。むしろ、私の方が謝らなければいけません」
 一瞬だけ、とアメルに視線を移し、蕎麦屋の大将(仮)はことばを返す。

「何しろ、あくまで影から見守って手助けをするという約束を、破ってしまったのですから」

 そのことばを聞いて、思わず視線を明後日にそらしたのは云わずと知れたとアメル。
 何せさっき、シオンさん、思いっきり表に出て助けてくれましたし。
「それこそ気になさらないでください。おかげで彼女たちも無事でした」
 そんなふたりを見て、ギブソンが笑いながらフォローしてくれる。
 けれど、シオンはやっぱり首を横に振って、「いえ」と云った。
「どんな形であれ任務を果たせなかったのは同じです。ですから……」
 そこでまた視線がお魚になる人間が、約2名。
 別にこちらに対して含みがあるわけでないのは判っているけど、やっぱり落ち着けないというかなんというか。
 ――と。
 視線をそらしていたせいで、気づかなかったけれど。
 ふっと、の目の前によぎる影、ひとつ。

 ぽん……

 大きな、でも繊細な指を持った手のひらが、頭に軽く乗せられていた。
「大将?」
 見上げれば、にっこりと笑っているシオンの表情。
 同じように撫でられたらしいアメルがきょとんとして頭を押さえ、こちらを、もとい大将を見ている。
 同じようにマグナとかトリスとかリューグとかがむっとした顔で、こちらを、もとい大将を見ている。何なんだ。
 怪訝な顔になっている、本日の元凶ふたりの目を丸くさせたあとで、シオンは、霊界の賢者と幻獣界の女王と異名をとる蒼の派閥の召喚師ふたりを振り返った。

「ですので、帳尻を合わせるために、これからは正式な助っ人として協力させていただきたいのですが」

 そこで全員が。一斉に。
 シオンを見て、ミモザを見て、ギブソンを見て。
 それから、最後にばばっとトリスとマグナに集中した。
「あたし賛成する」
 まだ頭にシオンの手の重みを感じたまま、呆気にとられている兄妹の背中を押すようには云う。
 一気に視線がこちらに向けられたけれど、今は、それより。
「さっき、見てたけど……シオンさん、強いよ。すっごく。だってキュラーの手下、全部ひとりでやっつけちゃったんだよ」
 うんうん、とアメルがうなずく。
「だからシオンさんが一緒に来てくれるなら、すっごく心強いなって思うけど」
「いえ、貴女が連中の狙いであるアメルさんを守っていてくださったからこそ、私も背中を気にすることなく戦えたのですよ」
「で、でも、実際あたしは何も」
 見てただけって云った方がぴったりなコトしかしてませなんだし。
 あわてて、手をぶんぶん振って否定。いやいや、完璧な事実を述べたのだけど、やっぱり、シオンはにこにこと笑ったまま、の頭をぽんぽんと叩く。
 髪が、ちょっとだけシオンの指に絡まって引っ張られて、でもなんとなく気持ちいい感じ。
「……俺も賛成する」
「リューグ?」
 反対しそうな人間のうちのひとりが、ぼそりとそう云ったコトに驚いて、はそちらを振り返る。
 目に入ったのは、なんか視線だけで人殺せそうならやってそうな目で蕎麦屋の店長を睨んでる、リューグの姿。
 ……なんか言動と行動が一致してないぞ。
 どうしたんだろうといぶかしげに見るを見て、再びシオンに視線を戻し、リューグは一言。
「あんたみたいな強いヤツが同行するんなら、いい特訓相手になりそうだしな」
 ……その割には視線が剣呑なんですが。
「俺も賛成〜」
 だって、俺も稽古つけてもらいたいし!
 とか云いつつ、すっくと席を立ったマグナがの後ろにまわりこみ、がばりと背中から抱きついた。表情は見えないが、なんか裏に含んでそうな声のような気がした。
 自然そちらに身体は引っ張られ、シオンの手のあった位置から頭が動いてしまう。
 そして、そんなやりとりを微笑ましく見守り、
「それは心強いでござるな」
「そうですね。シオンさんの力は私たちもよく存じておりますし」
「うんうん、それについては保証するわよ〜」
「状況が切羽詰まりだしているから、一人でも力になってくれる人がいるのは有難いな」
 と、元々の知り合い組は、誰も彼も笑顔でうなずいている。
 他の人たちはどうだと見てみると、別に反対者はいないようだった。
 けれど、そこで気になったコトがひとつ。
「でも、本当の仕事というのはいいんですか?」
 問おうと思ったら、どうやら同じコトを思ったらしいケイナが、先に口を開いた。
 それに対してのシオンの返答は、まず、笑顔。
「はい、大丈夫ですよ。貴方がたと一緒に行動していた方が、どうやらこの先の展開に迫れそうですからね」

 それは、暗に、ここにいる面々がこれからもトラブルに巻き込まれると云っているようなもんですが――?

 突っ込もうと思いつつ、どうやら確信したうえでの発言らしいので、は明後日の方向を見るだけにしてなんとか留めた。
 何人かも同じようにしているというコトは、似たようなコトを考えたんだろう。

 ……でもきっと、そう。
 このまま旅を続ければ、きっとまた、あの人たちに逢うのだろう。
 そしてそれは同時に、戦いや揉め事ももれなくセットでついてくる出逢いなのだろう。
 だけど、と思う。
 だけど――それを避けてちゃ、その先には行けないんだ。
 前はロッカだけだった。
 今はトリスとマグナも知っている。
 この気持ち。
 知ってくれる人が多くなると、ちょっとだけ、自分の重石が軽くなる感覚。

 ルヴァイド。イオス。ゼルフィルド。

 貴方たちに逢いたい。
 何があるとしても、逢いたいと思う。

 そして、貴方たちに教えてあげたい。
 今日ね、トリスとマグナが貴方たちのコト、ちょっとだけ見直してたんだよ。


 そうやって思いを馳せるの耳に、こんな会話が届かなかったのは幸いか。

「ところでシオンの旦那、シノビってことは気配を完全に殺す方法ってのを知ってるわけかい?」
「ええ、それもシノビの必須条件ですから」
「ならば是非俺も教えを請いたいんだがッ!!」
「……何考えてるか当ててあげましょうか? 莫迦フォルテッ!!」

 夜の静寂に包まれたギブソン邸周辺の散歩をしていた野良犬が、突如聞こえてきた撲撃音に一瞬身体を震わせていたというコトは、屋敷の外の住人以外、誰も知らない。


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