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第22夜 参
lll 責任は誰がとるか lll




 結局ルウの背中が消えるまで突っ立っていたは、改めて、ギブソンとミモザの御殿ことお屋敷探検を再開した。といっても、単にぶらぶら歩いただけだが。
 そんなこんなして、ふとたどり着いた玄関口では、ようやくやってきたらしいアグラバインをアメルと双子、あと何故かフォルテとケイナが出迎えていた。
 ……なんかフォルテが息絶え絶えっぽかったが。


 時間は、が玄関に到着する少し前。

「お爺さん!」
「やれやれ、年寄りにはちと堪えたわい」

 飛びつくアメルを撫でてやりながら、アグラバインが余裕綽々でうそぶいた。
 黒騎士相手にしてピンピンしてたくせに何云ってやがる、とリューグがつぶやいて、笑顔のロッカにどつかれている。
 レルム村での話の後はばたばたして出てきたせいか、こう落ち着いて4人が揃っているのは、本当に久しぶりのことのように思えた。
「おぉ、爺さん。早かったな」
「私が云うのもなんですけど、いらっしゃい」
 街に出かけようとしているのか、フォルテとケイナが奥から連れ立ってやってきて、アグラバインを見つけ、声をかけた。
「ふむ、山歩きには慣れているからな。その分差が縮まったのかも知れんな」
「オイオイ爺さん、そりゃ思いっきし木こり発言じゃねーか……」
 デグレアの獅子将軍の名が泣くぜー。
 と、フォルテとしてはごくごく軽い気持ちでそう云ったのだろうけど。
 ぴくり。ほんの一瞬動きを止めたレルム村の4人を見て、まずったと思――う間もあったのだろうか。
「ほぶッ!!」
 無言で炸裂したケイナの裏拳が、彼に天誅を下していた。
 それなりに大柄な男を一撃でのすケイナの腕をひとしきり誉めて、アグラバインが倒れたままのフォルテを起こしてやった。特に、彼の発言のせいで気を負うようなことはなかったらしい。
 そんなアグラバインを見て、フォルテは「しかしなあ」と、まだ未練がましげ。
「本当に惜しいなぁ……爺さんが現役なら、一度手合わせしてみたかったんだがな。デグレアに戻ろうと思わなかったのか?」
「ちょっとフォルテ、あんたね――」
「ははは、一介の木こりでは旅で鍛えられている剣士には勝てんよ」
 こりもせず不躾な発言かます相棒に、ケイナがまたもつっこみかけたけれど、アグラバインが笑って答えたことでそれは未然に防がれる。
 腕にしがみついたままのアメルを優しい目で見て、アグラバインはフォルテに云った。
「一人だけ生き延びて、おめおめと帰還など出来ようか。それに、戻れば赤ん坊のことも報告せねばならぬ」
「……なるほど」
「そんなことをしてたら、アメルは……」
 眉をしかめてロッカがうなずき、ぞっとしない顔でリューグが云った。
 デグレアの求める機械兵器の眠る森。実体は悪魔の封じられた禁忌の森。
 そんな場所で拾われた赤ん坊を連れ帰った場合、上層部がどう扱うかという想像は、出来るけれど実現なんぞさせたくない類のものだ。
「じゃあ、お爺さんはあたしのために……?」
 目を見開いてつぶやくアメルのことばに、アグラバインは頷きこそしなかったけれど、再び、優しい目を向けた。
「ワシは、部下を皆殺しにされたとき、死にたいと思ったんじゃ。生き恥をさらすくらいなら、いっそ、とな」
「……お爺さん……」
「だが、おまえと出逢ったことで生きようと思った。おまえを森から無事に連れ出すという目的が出来て、わしは死の誘惑から逃れることが出来たんじゃ」
「それで爺さんは騎士を捨てて、木こりとして生きる道を選んだってわけか……」
 フォルテのつぶやきに、今度は、アグラバインは頷いてみせた。
「アメルとお爺さんは、お互いに命の恩人ってわけなのね」
 ケイナがにっこり微笑んで云った。
 そのことばに、アメルとアグラバインはお互いを見て。笑みを浮かべる。
 それは誰がどこから見ても、仲のいい祖父と孫の姿だった。


「あ、アグラお爺さんー!」

 がそこへ通りかかったのは、ちょうど、そんないい雰囲気が生まれたときだった。
 最初は素通りしようとしたものの、玄関にたまっている見慣れた仲間の向こうにアグラバインを見つけたものだから、声をかけ、小走りに彼らの方へと移動する。
「よお、。入れ違い悪いな」
「またね、
 辿り着くと同時に、なにやら時間が迫っているらしいフォルテとケイナがその場から離れた。
 とりあえず挨拶して送り出してから、改めてアグラバインに向き直る。と。

「記憶の方はどうじゃ? 戻りそうか?」

 どうやら心配してくれていたらしく、気がかりそうな感情を含んだ声が、目の前の老人から降ってきた。
「あはは、それが全然です」
 アグラバインとは反対に、笑いながら答える
 ここのところ実にあわただしかったものだから、記憶がどうのと悩むコトはあっても、すぐにお空の彼方に置くというのを繰り返していたせいだろうか。最近じゃ、あまりこだわるようなコトも少なくなっていたのが事実。
 正直にそれを話すと、アグラバインのみならず、アメルやリューグやロッカまで笑いだす始末。
「もう、そんな笑わなくたって……」
 ふてくされただったけれど、
「悪ィ悪ィ。おまえらしいなって思っただけだよ」
 まだ笑みを刷いたまま、リューグがぽんぽんとの頭を叩いた。
 それを見て、なにやらロッカが一瞬黒い笑顔を浮かべたものの、が気づく前に、それはあっさり消えてしまう。
 目が合うころには普段どおりの笑顔になって、
「そうですね。さんらしくていいと思います」
「ロッカまで云うか」
「あたしも云っていい?」
「アメルまで!?」
 あたしはそんなにお気楽極楽能天気娘に見えますか!


 見当違いなコトを叫ぶが、なんだか無性にかわいらしく思えた。
 そんな、生まれた気持ちのまま、彼女に腕をまわしたくなったけれど――目の前にいる双子の兄弟と、アグラバインと、アメルの目があったからやめた。
 別に能天気だとか何も考えていないとか、そういうことを云いたいわけでは全然ない。
 最初に出逢ったときに、どれだけ不安な表情をしていたか、自分たちは知っている。

 それでも。
 いつも、いつでも。
 自分の不安より先に、周りの人間のために奔走する姿を見てきた。
 ずっと、どこでも。
 人を危険な目に遭わせたくないからと、先んじて自分から突っ込んで行くのをどうにかしてやめてほしいと思ってきた。
 いつもいつでも、どこでもどこまでも。
 ――笑ってる。強く在る。
 
 その名前を呼ぶだけで、彼女が自分を見てくれるだけで、どれだけそれが幸せか。

 この感情に、名前をつけろというのなら。
 それも、自分たちは知っている。

 ただひとつ。
 君が好き。

 ただそれだけ。


 ひとしきりわめいてみたけれど、別にバカにされてるわけでないのは判っていたので、の爆発はすぐにおさまった。
 それでもなんとなく悔しくて、アグラバインの目の前で、双子と聖女と4人でじゃれあい開始してから、しばらくのこと。
 時間が過ぎるに任せ、4人を微笑ましく見ていたアグラバインが、ふと口を開いた。

「まあ、なんだな。万一記憶が戻らんかったら、元凶のリューグに責任をとらせても構わんぞ」

「……へ?」

 ピタリ。
 4人のじゃれあいが止まる。

 責任とゆーと。この場合。
 アレ、ですか?

 全員が同時に同じ考えに行き着いたらしく、が顔のほてりを感じたときには、リューグが顔を真っ赤にして、ロッカが色をなくして硬直していた。
 だが、アメルだけが、元気にぽんっと手を打ち鳴らし、

「それはいい考えですね!」
 待て、聖女。

「ちょっと待て! 人の意見無視して勝手に決めるんじゃねぇよクソジジイ!!」
 正論だリューグ。

 ぽかんとして、アグラバインにくってかかるリューグを見ていたの腕を、ついっとロッカが引っ張った。

「とまあ、リューグは厭がってるみたいですから、兄として僕が責任とらせていただいてもいいですか?」
 さらに待てロッカ。

 救いを求めてアメルを見ても、
「あたしはが家族になってくれるなら、リューグでもロッカでも……」
 両手を頬に当て、「きゃっ」とかいうハート直撃のオプションつきで、実にありがたいお返事を賜りました。
 ていうか今の云い方じゃ双子のほうがそれこそオプションみたいなんですけど。それでいいのか家族。
 どうしようと思ったら、今度はロッカの発言を聞いたリューグが、がばっ、とを己の側に奪い取った。
「勝手に嫌がってるとか決めるなバカ兄貴ッ! それからさりげなく近づいてるんじゃねえッ!!」
「だって嫌そうじゃないか」
「誰もそんなこた云ってねえだろ!」
「じゃあ嫌じゃないのか?」
「てめぇには関係ねぇっ!!」
 なんか、いつかどこかで見た覚えのある、兄弟のやりとり。
 懐かしいとか思ってしまっただったけれど、ちょっと切実な問題がすぐ傍らにあった。
 曰くの傍らにはリューグ。……とりあえず耳元で怒鳴らないでください。頭に響くんです。
 そう云おうとしたら、不意に、を抱きしめるように身体にまわされる腕。
「こいつは俺が拾ったんだから、云われなくても面倒みる! っつーかみてるだろうが!」
 いや、アグラお爺さんはそういう意味での『責任』と云ったわけじゃないんだろうが――判ってて話そらそうとしてるのが見え見えだぞ。
 とはいえ、リューグの過剰反応が、見ている側のとしては、なんだかとっても楽しいわけだ。
 だもので、
 ――にへら。
 は、そうとしか形容出来ない笑みを浮かべて、背中にいるリューグに云った。
「じゃあこのままリューグに面倒みてもらえば、将来は安泰だ。わーい。」
 ……棒読みで。
「なッ!??」
 だが、リューグは目に見えて動揺を増大させた。どこかの妹弟子並か、君は。
さん、考え直しましょう。こんな愚弟と一緒になっても、いいことはありませんよ?」
 そして、判ってるっぽいが真顔をつくり、云うロッカ。
「リューグったら果報者ね」
 にこにこ微笑むアメルは――ちょっと判らない。
「孫の顔が楽しみだな」
 にこにこ笑うアグラバインは、まあ、ここで判らぬわけがなかろう。同罪決定。
 そんなこんなで一同、にこにこにこ。一名真顔。
 あからさまにからかわれているのは判っているのだろうけど、いったい何がそんなに衝撃なのか、リューグはピシッと亀裂の入る音を立てて以降、すっかり固まってしまっている。
 さすがに悪ノリしすぎたかもしれない。
 固まったままのリューグをどうしたもんかと思っていたら、身体に回されたままの腕が、小さく震えだした。

 ――来る。

 大爆発までのカウントダウン、0から開始。



「あら、。にぎやかだったわね」
「ほっといて大丈夫なの?」
「あはは、ふたりとも何のコトかしらぁ?」
「とぼけてもムダだと思うけど」
 やり場のない怒りを、実兄に向けることにしたらしいリューグの爆発を逃れ、ついでに兄弟喧嘩という名の死闘からも退避して、散歩のために玄関を出たら、今度はミニスとユエルに遭遇した。
 中庭の比較的開けた場所に、ででーんとシルヴァーナを喚びだして、なにやら遊んでいるらしい。
「それに、ふたりじゃないわよ」
 のことばじりを捕まえて、ミニスが訂正する。
 それを聞いてきょろきょろ見渡してみるけれど、視線の届く限りどこにも誰もいない。もしかしてシルヴァーナもか?
 ありえない話じゃない、と己を納得させていると、ユエルが近くの植木に向き直った。
「ほらレシィ、もうだいじょうぶだから出ておいでよ」
「……おいおい。」
 ずるずると引っ張り出されてきたのは、たぶんさっきの大爆発に怯えてしまったんだろう、頭を抱えて震えているレシィだった。
 植木の緑に服の色がまぎれてよく見えなかったけど、頭隠して尻隠さずとはまさにこのコト。
 思わずツッコミが口をついて出てしまったを、誰が責めるコトが出来ようか。
「だ、だってだって、ミニスさん、さっきの爆音すごかったじゃないですか〜」
 そう云って、レシィはまたしても植木にもぐりこもうとするけれど、
「こらっ」
 間一髪で、ミニスとユエルがそれを捕まえる。
「たしかにアレはすごかったけど……」
 ユエルと一緒になってレシィを引っ張り出しながら、ミニスがちらりとを見た。
 はしれっと目をそらす。
「過去は思い出したくないの」
「記憶も?」
 ミニスは意外と意地悪さんだ。
「それとこれとは別」
 そんな即席漫才をやってるうちに、最後にはシルヴァーナがレシィの服を軽くくわえて引っ張った。すぽーん、といい音がして、レシィの一本釣り完了。
「あ、さん」
 地面に弾んだレシィが、を見つけて名前を呼んだ。そのまま、てててっ、とのほうへ駆け寄ってくる。
 ていうか今まで気づいてなかったのかこの子は。
「聞いてください〜! さっきおうちのほうからすっごく大きな……」
「あー知ってる知ってる。もうだいじょうぶだから」
 悪いなとは思っただったが、なんか予想出来ちゃったため、レシィの発言をあっさり途中でさえぎった。彼のくりっとした緑色の眼が、さらにまん丸くなる。
 そして次に、くしゃっと相好を崩して、
「はいっ!」
「うわ。のことばならあっさり信じるんだねレシィ」
「私たちを信用してくれてないんだ……」
 当然入るは、ミニスとユエルのダブルアタック。
 はぅっ、と硬直したレシィだったけれど、果敢にも云い訳というか謝罪というか。ふたつごちゃまぜというか。
 またそれが妙に必死なものだから、ミニスたちが余計にからかいたくなるのも判るというもの。
 そんなこんなでおもちゃにされだしたレシィに心の中で手を合わせて、火の粉が自分に及ぶ前に、はとっとと退散したのだけど、幸い彼らは観客の逃走に気づかなかったようだ。


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