そのまま出かけてしまったネスティを見送って、再び居間まで戻ると、もう、数人はそれぞれ割り当てられた部屋に引き上げてしまっていた。同じく、ちょうど居間を出ようとしたいたトリスとマグナをあわてて捕獲して、ネスティの伝言を伝えた。
そうやって肩の荷を下ろしたあと、お茶とお菓子を改めて目の前にし、うきうきと、は腰を落ち着けた。
なんていうか、やっぱりこういうふうにくつろぐ時間というのは体力回復にもそうだけど、精神的にもゆとりを得るために大事なコトだと思うのだ。
何より、みんなが表情を和ませているのが、見ていてうれしい。美人とは別の意味で目の保養。
「そういえば、嬢ちゃん。さっき話してたんだが、この旦那とご婦人が俺様のいた世界を知ってるってよ」
「え!? ミモザさんが!?」
お茶を1杯、クッキーを2枚、胃におさめて、が一息つくのを待っていたのか、レナードが話しかけてきた。
「ご婦人なんて年じゃないわよ」
と、やっぱりこだわりがあるらしいミモザが、一発レナードにつっこんでからに説明してくれる。
「私が知ってたのは、この人のいた世界の、別の国のコトなんだけどね。たしか、ニッポンって云う名前の国」
その国の東、海を渡った先に貴方の国はあるんだったわよね? と、つづけられたそれにはレナードが頷いた。
の国と彼の国は、海を隔てた場所にあるらしい。
そうして、ミモザの告げた単語に、は聞き覚えがあった。
「ニッポン……」
「そう、ニッポン。君の国なのかもしれないんだって?」
問うてくるギブソンに、こくりとうなずきを返す。
「あ、僕が以前お姉さんのこと何とか出来るかもしれない知り合いがいるって云ったでしょ? その人が、その世界のその国から来てるんだよ」
「そうなの!?」
エスガルドとギブソンと一緒に、なにやら調査内容どうのこうのの話をしていたらしいエルジンが、ひょいっと首だけこちらに向けてそう云った。
それから、いきなりな展開に目を白黒させているに、すまさなさそうに続ける。
「でもごめんね、ちょっと機会がなくてまだ連絡とれてないんだ。この件が片付いたら、絶対逢えるようにしてあげるから」
だから、待っててね。
こくりと頷いて返事にする。
彼らは彼らの事情があって忙しいのだから、もちろん無理なんて云えるはずはないけれど。
もしかしたら、同じ国から来ているのかも知れない人がいると知ってしまったら、ちょっと心が急いてしまって――ちょっと無理矢理、それを抑え込む。
そのの横で、レナードが再び疑問を発していた。
「しかしなあ……その世界があるってのは、判ってるんだろ? おまえさんたちが普段召喚獣を送り還すみたいには、出来ないもんのか?」
たしかに召喚した本人にしか戻せないとは云っても、それなり以上に力のある召喚師なら、多少の掟破りは出来るのではないかと。
つまりレナードはそう云いたいらしい。
けれど、それに応じるのはギブソンの苦笑とミモザのお手上げポーズ。加えてエルジンの目がお魚になり、エスガルドの動作停止。
「そう出来ればいいんだが、その世界は召喚に関る4つの世界とは違ったものらしくてね」
「サプレスやシルターンと云った名前も、その世界にはついてないんだ」
「存在を知ってからは、便宜上『名も無き世界』とは呼んでいるんだけど」
「我ラノ知人、ソレニれなーど殿、殿ノ話ヲ推測スルニ、オソラク事故トイウ不確定要素デシカソノ世界ヘノ扉ハ開カナイノダロウ」
そんな、4人揃って力いっぱい否定しなくても。
顔を見合わせて落胆したレナードとに、けれど慰めるようなミモザの声が届く。
落ち込むのは早いわよ、という笑顔付き。
「そんなわけで私たちには無理だけど……とりあえず、ちゃんはエルジンから聞いてるのよね?」
「お知り合いだって人たちのコトですか?」
なんかイロイロ、すごいコトが出来るという。
すごいことってなんだ、と、隣でレナードがつぶやいているけれど、には答えようがないし、またミモザたちも答えるつもりはないらしかった。
「そうだよ。とりあえず逢わせてあげるのは難しいけど、手紙で訊くくらいならしてあげられるしね」
「あぁ、そっか。――ていうか無線使えば早いんじゃないの?」
ギブソンのことばはわかったけれど、今度はエルジンが謎発言。
「むせん?」
「ろれいらるデ使ワレテイタ通信手段ダ。一定ノ周波数ニヨッテコトバノヤリトリヲ――」
「へえ、俺様の世界でもたまに見かけたぜ。やっぱり妙なところ共通点があるもんだなぁ」
「要するに、離れた場所にいる相手と直に会話が出来る便利な道具なんだよ」
レナードはエスガルドのことばで納得したらしいが、不得要領な表情のままのを見て、ギブソンがこれでもかというくらい噛み砕いて説明してくれた。
それでやっと、頷くコトは出来たものの、続くミモザの、エルジンに対してらしいことばに絶句。
「それがねぇ……この間誓約の実験に失敗しちゃって、電気ウナギ喚んじゃったのよねー」
それも、体長10メートルはあろうかというでっかい電気ウナギ。
「……は?」
エルジンのみならず、ミモザ以外の全員が、呆気にとられて彼女に注目した。
ギブソンだけが妙に疲れた顔で、ため息をつきつつ視線をそらしている。
「何が不機嫌だったのか、これでもかってくらい放電しまくってくれて……屋敷には対召喚用結界があるから無傷だったんだけど、それ以来無線がガーピーって音がするばっかりで全然使えなくなっちゃってたのよ」
「……」
なんか妙に放電しなれてるっぽい感じのするウナギだったわ――と、そんなミモザの感想はどうでもいいのである。
そんな、一瞬の沈黙。の、後。
「当たり前だよっ!!」「電力ノ異常負荷ダ……」「そりゃ壊れるわな」
エルジン、エスガルド、レナードのそれぞれのツッコミが飛ぶ。
対してミモザは、
「あ、やっぱりー? 私もあれが原因かなと思ってたのよねー」
とまあ、実に平然としたものだった。
どうやらギブソンが疲れた顔になったのは、おそらく巻き添えでも食らっていたんだろう。合掌。
「まあ、その、そういうわけでね……良かったら無線の方も見てやってほしいんだけれど」
「いいけど、多分時間がかかるよ。ギブソンさん、やっぱり手紙出してあげてくれる?」
「……」「……」
とレナード、再度沈没。
そののちふたりが復活するまでに、それなりの時間を要したとか要しなかったとか。
こちらも合掌モノである。
がちゃがちゃがちゃ。
「うーん……」
がちゃがちゃがちゃ。
しかめっつらで、延々と機械をいじっているのはハヤトとトウヤ。そのうしろで、カシスが興味深そうにふたりの手元を覗きこんでいる。
「お茶が入りましたよ」
席を立っていたクラレットが、4人分のお茶とお菓子を持って入ってきた。
ハヤトとトウヤの手の中にある、ゼラムと通信するための機械を見て、彼女はちょっと首を傾げる。
「……まだ、直らないんですか?」
「いや、こっちのほうには全然問題ないんだ」
召喚で持ってきた工具――ドライバーを片手に持って、トウヤが答えた。
「ロレイラル産の技術とは云え、僕たちの世界の無線とあまり変わらないから。それだけは断言できるんだが……」
「ってか、一介の高校生が」、元だけど、と区切り、ハヤトが云う。「無線の仕組みを熟知してるってのがすげぇよ」
「雑学は、溜め込んでおいても損は無いさ」
向こうの世界の話になってしまうと、カシスとクラレットにはちょっと入りづらい。
それでも判るのは、こちら側の機械に不調はないということだ。
となると、
「やっぱりさ、ギブソンさんたちのトコの無線が壊れてるってコトだよね」
「……東から感じた魔力のこととか、この間の耳鳴りとか、お伺いしたいのに……」
何かあったにしても、召喚関係のことなら、間違いなく蒼の派閥や金の派閥に連絡がいくだろう。
サイジェントにいる、金の派閥の召喚師――マーン家の三兄弟に訊いてみたものの、そんなことは知らないというばかり。
こんなことで彼らが嘘をつく理由もないだろうから、蒼の派閥からの情報を求めてギブソンとミモザに連絡をとろうとしたのが、つい数日前だ。
――だが。
頼みの無線は、ガーピーと音がするばっかりで、全然相手に繋がりやしない。
「こうなったら手紙か……それともいっそ、ゼラムに押しかけてみるか?」
軽くため息をついて、トウヤは分解していた無線を再び組み立てると、ドライバーを工具箱に戻した。
ハヤトが、手に一本余ったネジを見て何やら云いたげではあったが、あえて云うまでもないと思ったのか、
「……」
沈黙したまま、しめ忘れられていたネジ穴にそれをしめた。
強く生きていこう。
レナードと、そう、お互い無理矢理に励ましあったあと、とりあえず部屋に荷物を置いて、はてけてけ廊下を歩いていた。
前回お世話になったときと同じ部屋を割り当ててくれていたので、正に勝手知ったる人様のおうち。
しばらく離れていて記憶も曖昧な部分があるものの、進んでいくうちに次はこっち、次はこの角、と思い出せてしまうのはどうしてだろうか。
「……そういえば」
さっき訊いてみようと思いながら、自分の世界に帰れるかどうかの話題が出たせいで、すっかり忘れてしまっていた疑問を思い出す。
「ギブソンさんとエルジン君の調査の共通点ってなんなんだろ……?」
周りに誰もいなかったせいか、そのまま口にしてしまっていた。
戻って訊いてみようかと思った矢先、
「なんだか、それぞれの調査現場で同一人物らしい召喚師の目撃報告があったんですってよ」
「うわ、ルウ!?」
「きゃ!?」
のそれがあんまりにも過剰だったか、逆にルウが驚いたらしい。
「もうっ。そんなに驚かなくてもいいじゃない」
書庫に通じる階段は、一度折り返して上に上がるようになっているせいで、踊り場よりも上にいる相手の姿は、死角になってまず見えない。
がルウに気づかなかったのも、当然と云えば当然だった。
位置としてはそんなに離れているわけではないので、のつぶやきはばっちり彼女に聞こえてしまったんだろう。
部屋で読むつもりなのか、本を数冊胸に抱えて、ルウは足取りも軽く階段を下りての目の前に立った。
「同一人物っぽい召喚師?」
「うん、そうみたい。エルジンたちが出逢ったのは、誓約されていないはぐれ悪魔ばかりだったんだけど、その近くの街なんかで、召喚師らしい人物が見られてたらしいの」
「……でも、はぐれ悪魔なんでしょ?」
「そうなのよね。ルウもそこが不思議なんだけど」
はぐれなら別に、召喚師がいようといるまいと、召喚主でなければ関係ないっぽいんじゃなかろうか。と同じ疑問を抱いたのか、ルウも首をかしげつつ頷いた。
でも、と、彼女はつづける。
「ここまであちこちで見られてるっていうのもあるし、何よりギブソンさん側と同じ人物のよう――らしいわよ」
「無関係とも思えない?」
「どうもそのようね」
どういうつながりかまでは判らないけれど、なんらかの関連があると思って間違いないってことみたい、と。
そう云うルウのことばに、なんとなくだけれど納得。
ていうかはぐれ悪魔っていうと、いつぞや禁忌の森で遭遇したあーゆーお方たちなんでしょーか? あんなのがゴロゴロいたら、そのへんあっさり壊滅しちゃうんじゃなかろーか。
そこまで考えて、ふと。
ルウの持っている本に目が行った。
「話は変わるけど……それ、何の本?」
としては、ほんとーに何気なく、訊いたのだけど。
本を示されていることに気づいたルウは、ばばっとそれを背中に隠してしまった。
「……ルウ?」
いったい何なんだと思いながら一歩近づくと、ルウはその分一歩下がる。
じりじり、後退。
それから。
「なんでもないのっ! 気にしないでっ、じゃあ、またあとでねっ!」
「る、ルウ〜!?」
ぱっと身をひるがえして、ばたばたと走っていってしまったアフラーン一族のお嬢さんを呆然と見送るしか、になすすべはなかったのだった。