「機械遺跡ですって!?」
「おいおい、ファンタジーかと思えばSFか?」
すっとんきょうな声を上げるミニス、なんだか疲れた声でつぶやくレナード。
ところで『えすえふ』ってなんだろう。
今度訊いてみようか。
「ちょっと待って! 森の中にそんなものがあるなんて、ルウは聞いてないわよ!?」
長年、禁忌の森の近くに居を構えていたルウが、血相変えて割り込んでくる。
けれどアグラバインは静かに、
「真偽は判らんのだ。我々は任務に失敗してしまったからな」
「……あ……」
アグラバインは告げた。
入るまで、そこが悪魔の森であるコトを知らなかったと。
そうして仲間たちが次々と倒れて行くなか、ようやっと一人だけ、逃げ延びるコトが出来たのだと。
つまりは、その時点では目的を達成していなかった。そして、達成出来ぬうちに襲われてしまったということだ。
「ワシが聞かされたのは、その遺跡の中にある品を手に出来れば、召喚術よりも強大な力が我が軍のものになる、そういう話だった」
「…………」
思わず沈黙する。他一行。
……いや、よく判ってるんですけど。
アグラおじいさんが嘘つくような人じゃないってことは。
アメルのそれは論外として、第一、こんな状況で嘘や冗談を云う性格の人でないのは、よく判っているのだけど。
「召喚術以上の……?」
ケイナの怪訝な声は、全員の気持ちを代表したものだった。
それは、そうだと思う。
召喚師というだけで、世間から向けられる目は、かなり毛色の違うもうのだとだって知っている。
それは畏怖であったり尊敬であったり、はたまたたまーに奇異の目だったり。
自分たちにない力を揮う者として、力を持つ者として。
召喚術というものに対して、リィンバウムに暮らす人々は、ある意味絶対とも云える感情を持っているのだから。
だというのに。
それを越える力?
……あり得るのだろうか、そんなもの。
みんなはどうとっているんだろうと、見渡してみる。
の斜め前に座っていたバルレルが、かなり不機嫌そうな顔になっていた。ハサハとレシィも、あまりいい気分はしていないようだ。……レオルドも……外見上は変わらないから、心なしだけれど。
その他の人たちは、だいたい、と同じ。
信じられないというか、そんなもの本当に存在するのかという疑問というか。
そんななかで、深刻な顔になっているのがネスティだった。
どうしたんだろう。
そう思って問いかけるより、先に。
「なんだか、話がどんどん大事になってきてますですねぇ……」
一介のアルバイターには荷が重いお話ですよー。
表面的にだと判っているけれど、そんなのほほんとしたパッフェルの声に、その機を失ってしまった。
いや、そもそもだ。だいたい、パッフェルのどのへんが、『一介のアルバイター』だとゆーのか。
自分で暗殺者経歴をばらしたコト、忘れてたりしないだろうなこの人。
「いったい何なんだろうな……その力って」
小さな声でマグナがつぶやいたつもりだったのだろうけど、周りの静けさとあいまって、その声は全員の耳に届いていた。
だけど、誰も、解を持っていない。だから彼の発言は、それまで以上の沈黙を、招いただけだった。
だがしかし、いつまでもこうしていたところで、事態は動きやしない。
その力とやらについて延々考えていても決着がつかないのは目に見えていた。
「では、どうやって森の中に入られたのですか?」
改めて問いかけを発したのは、カイナだった。
エルゴの守護者としては、やはり入れぬはずの森の中に入る手段というものが気になるのかもしれない。
立ち入れぬ場所へ立ち入る方法。それを持つ国が求めた強大な力。それらはもしかしたら、世界さえ揺らがしかねない力かもしれないから?
「……うむ」
アグラバインは、その問いに心安く頷いた。つと席を立つと、隣の自室へ消える。
何を話すでもなく待っていたたちの前に再び現れたときには、手に、なにやら光るものを持っていた。
「情報をもたらした召喚師の持参してきた、これを使ったのだ」
「うわぁ、ぴかぴかの羽根だぁ」
それまでの空気の重さに、少しうんざりしてたんだろう。純粋に綺麗な物を目にして、ユエルが普段以上にはしゃいだ声をあげた。
彼女のことばどおり、その羽根はきらきらと――部屋の中なのだから、日の光を反射しているわけではなくて、おそらく自前でだろう、輝いていた。
黄金か白金か……云い表せない複雑な金色だけれど、どこまでも澄み通ったひかり。
「……その羽根は?」
一同がその羽根の輝きに表情を和ませているなか、ひとりだけ表情を崩そうとしないネスティの声は、ますます険しさが募っているようだった。
本当にいったい、どうしたんだろう。
たしかに、しばらく――禁忌の森前後に考え込んでいたけど、ここのところはそれなりに平常だったから安心していたのだけど。
だが、そんなあからさまなものを向けられてもなお、アグラバインは泰然としていた。羽根に視線を落とし、淡々と答える。
「天使の羽根……その者はそう云っておった」
「天使の?」
「みてぇだな」
トリスの疑問とバルレルのことばが、同時に一同の耳を打つ。
「そうなの? バルレル」
確認を求めるトリスのことばに、バルレルは不機嫌な顔のまま、頷いてみせた。
「ああ……オレの大嫌いなヤツらの魔力のにおいがぷんぷんしてきやがる」
「そうなの? 落ち着く感じがするけどなあ」
「うん、ルウもと同じ」
きょとんと問いかけると、同意するルウに視線を向けたバルレルの眉が、ますますしかめられた。
「あのな。オレは悪魔だっつーの」
天使と天敵。ついでにニンゲンとも天敵。忘れんなよ。
そのことばに、数名、思わず顔を見合わせて。
「「「忘れてた」」」
合唱。
「あのな……」
ずるずると、バルレルはテーブルの上に突っ伏した。トリスがなにやらつついているけど、もう起き上がる気力もないらしい。
でもしょうがないと思う。
護衛獣だからっていうのもあるけれど、バルレルもレシィもハサハもレオルドも。ずぅっとずぅっと一緒にいて、危険も一緒に乗り越えてきた。
もともとの住んでる世界が違うってコトなんか、もう、みんな忘れてるんじゃないだろうか。
でもって、それはもしかして、結構うれしいコトなんじゃないだろうか。……主観だけど。
そうこう考えているうちに、得心の云ったらしいカイナが、頷きながらこう云った。
「なるほど……天使の張った結界を、天使の力で中和したんですね」
「だろーな。よっぽど力のある天使の羽根だぞ、そいつは」
突っ伏して明後日を向いたまま、バルレルが補足する。
そうして、アグラバインの表情が再び曇り、つづきが語られる。
「だが、その召喚師も、森が悪魔の巣窟だとは知らなかったらしい……機械遺跡を求め、森に入ったまでは良かったのだが……」
あとは前に話したとおり。
「見つけた赤子を連れてなんとか森の外まで逃げ延びたワシは、ロッカとリューグの両親に救われ、この村へと連れてこられた」
「そして、今に至る……というわけでござるか」
カザミネのことばに、アグラバインは頷きを以って返答とする。
これでとりあえず、昨夜の疑問は解消されたわけだ。つまり、彼が何の目的でどのようにして、どういう仲間とともに森に入ったのか、ということは。
だけども。
そこでまた、新たな疑問が浮上するわけで。
それはさっき、アグラバインがひとりごとのようにつむいでいたことば。
「あのさ……」
おそらく全員がそう思っていたのだろう。代表のように身を乗り出して、アグラバインに問いかけようとするモーリンの姿。
「ジイさまがどういう立場の人間で、どうやってなんの目的で森に入ったか、それは判ったんだけど……」
珍しく、そこで彼女は少しためらった。
けれども、切り出した以上はと考えたのか。次のことばが発されるまで、そう長い間はなかった。
「それが――どうして、この村が襲われる原因になるんだい?」
「……」
アグラバインはすぐには答えなかった。いや、答えられなかったのか。
罪の呵責に心を痛めた、数瞬の間、だったのかもしれない。
「……もしかして」
そうしてその間に、解らしきものが頭に浮かんできて。思わずつぶやいたに、全員の目が集中した。
このときばかりは大勢の注目を浴びる羽目になった緊張も感じず、は、思いついたそれを、そのままことばとして形にする。
「もしもだけど。デグレアが、その禁忌の森の奥にあるっていう遺跡に、まだこだわってるんだとしたら」、
――なにせ元老院議会はヤな性格だし。
失う以前のいつか。誰かと話した遠い光景。
「その、消息を絶った調査部隊とお爺さんを、捜すくらいはするんじゃないかな」
そうして、その結果、アグラお爺さんの居場所を突き止めたのだとしたら――
『鍵』とイオスは云った。
その鍵を使って開く扉は、禁忌の森の結界なのだとしたら。
そのためにアメルを求めているのだとしたら。
すべては符号するんじゃないだろうか。
ガタリ、と、妙に大きく響いた、椅子を引く音。
発生源のミニスが、信じられないと云いたげな顔で立っていた。
「でも、待ってよ!? その……森に入ったのどうのって、もうずいぶんと昔のコトなんでしょう!?」
それを今さらまた、持ち出すの?
アメルを拾ってアグラバインがレルムに来てから、もう、アメルの年と同じだけの時間が経っているというのに。
ずっと昔に失敗した試みを、『鍵』になるかもしれない存在があるという理由だけで、再び掘り起こしてくるような真似をする必要が本当にあるのかと。
ミニスの驚きは、そんな理由からのようだ。
けれど、
「デグレアと聖王国の対立は、それよりもずっと昔から続いているんだよ、ミニス」
その先陣で戦ってきたシャムロックのことばに、はっとした表情を見せて、ミニスは口を閉ざす。彼女は聡い。そのまま、ため息をついて再び腰をおろした。
ミニスが椅子の背に身体をもたせかけたのを横目で見て、シャムロックが告げる。
「レルム村の聖女の噂は、遠くトライドラまで響いていました。……デグレアがそれを聞きつけ、興味を持った可能性はあります」
「だな。俺もシャムロックからその噂を聞いたから、行ってみようって気になったんだからな」
「そういえば、そうだったわね」
もともとの目的地としてレルム村を目指していたフォルテとケイナのことば。
「で、キーだと判断した嬢ちゃんを確保するべく村を襲撃したわけか」
片肘をついていたレナードが、ゆっくりと口を開いた。
そのことばに、アグラバインの表情が沈痛なものになる。
「……ならば、やはり村を滅ぼすきっかけとなったのは、ワシじゃ」
「そんなこと……」
「でしょうね」
否定しようとしたアメルのことばをさえぎって、ネスティの声が響く。
「彼女を連れた貴方がこの村で暮らしてさえいなければ、少なくとも村人たちは巻き添えにならなくてもすんだということですから」
「ネス! 云いすぎだ!!」
そのネスティにかぶせるように、マグナの声が飛ぶ。
聞き慣れない、強い否定のこもった彼の声。思わず凝視してしまったの視線に気づいたのか、マグナはを見て。数度またたきして、困ったように笑った。
怖がらせてごめん。
その苦笑から、そんなふうなことばが届いたように思えて、は、口の端を小さく持ち上げ、それに答える。別に怖くはない。驚いただけ。
それを見たマグナの顔が、今度こそ、いつもの彼の笑顔に変わる。そのことに、安心を覚えた。
一連のやりとりを、いくつかの不機嫌そうな目が見ていたコトに、あいにく、は気づかなかったのだけれど、それは外野の話である。
それに気づくより前に発された、アグラバインのことばへ、意識をとられたせいもあるかもしれない。
「いいんじゃ」
すべての重責を自分へと向けて、かつてのデグレアの将軍は告げた。
「……まさに、そのとおりでしかないのだからな」
そのことばに、誰もがことばをなくしていた。
ネスティだけは厳しい表情のまま、アグラバインを睨むように見ていたけれど。それを、どうしたんだろうと不安にも思ったけれど。
どうしてだろう。アグラバインのその在り様に、今は何処にいるとも知れぬ敵を――黒の旅団の彼らを思い出していた。
優しくて懐かしくて、けれど今は絶対に手を取り合うことの出来ない、彼らを。