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第21夜 壱
lll はじまりの記憶 lll




 歩き詰めだった旅の疲れのせいか、それとも昨日の昼間に出逢った黒の旅団との戦闘の疲れのせいか。
 どちらかと云われれば、結局どちらともと答えるしかないんだろう。
 夢も見ないほどぐぐっすりと眠りにひたっていたは、窓から入り込む、明るい光に促されて目が覚めた。

 ――既視感。
 すべてのはじまった、あの炎の夜を迎えた日の朝も、こうして同じ部屋で同じように目を覚ましていた。
 ふと、今までのコトは夢だったんじゃないかとさえ思った。
 自分はリューグに拾ってもらってから、長い間眠りつづけていて、これまでのことはその間見ていた夢だったのじゃないかと。
 ありえるわけでは、なかったけれど。
 だって、あのとき横にいたのは、アメルだった。
 に抱きつくようにして眠っている、トリスとミニスに、あのときにはまだ逢っていなかった。
 たぶん寝てる誰かに蹴り落とされたんだろう、床に転がっているレシィとバルレルも、あの朝にはまだいなかった。
 視線を扉に向けてみると、もう何人かが起き出しているらしく、ぱたぱたと人が動いている気配がする。
 もちろん、あの朝、こんな大人数はいなかった。

 まだ、こんなコトになるなんて思ってもいなかったあの朝。
 自分のこれからだけを考えていれば良かった、あの朝。

 気持ちだけが過去に戻ったように、しばらく、ほんのしばらく、そうして放心していたけれど。
「ん」
 頭を振って、頬をぺしぺし叩く。
 ようやく意識がはっきりしたところで、モーリンがいないコトに気づいた。
 壁にかかっていた彼女のコートがないあたり、おそらく早朝特訓でもしてるに違いない。
 そういえば、付き合うって云ったのになんだかんだでちゃんとモーリンと手合わせしてないなあ。
 そんなコトを考えながら、まず、トリスとミニスの身体をゆさぶった。
「トリス、ミニス。朝だよーおはよー起きてー」
「……う……ん?」
「うにゅ〜……」
 ミニスが上身を起こして、大きく伸びをしている横で、トリスはまだまだぐーすか眠っている。
 寝起きが悪いのは聞いて知ってはけれど、いざ自分が起こす立場にまわってみると、これがなかなかくせものだった。
「トリスー」
「うぅん……」
「トーリースー」
「ん〜」
 もしかしてわざとやってるんじゃないかこの召喚師さんは。
 はっきり目の覚めたらしいミニスも一緒になってトリス起床に挑むけれど、トリスは、器用にころころとそれをかわしつづけておねんねしつづける。
 そうしててこずっているうちに、バルレルとレシィも起き出してきた。
 なんで床で寝てるんだとか主に片方がぶつぶつ云いながら、やっぱり、眠りこけている自分たちの主を見て片方は呆れ、片方は困ったような顔になる。
 どことなく諦めたような雰囲気が、トリスを主にする、ふたりの護衛獣にただよっていた。
 だが諦めてはならない。
 朝日も山から完璧に顔を出しているのだし、朝ご飯の時間もあるし。これ以上寝せておくなんて、かわいそうだけど却下。
 ゆえに。
「……」
「……」
 4人は顔を見合わせて、頷いた。
 バルレルが右側、レシィが左側にまわって、トリスの包まっているシーツのすそをそれぞれ握った。

 ばさっ!

 無意識にシーツを引きとめようとするトリスの腕を、ミニスがぱしっと抑える。
 そうしたら今度はそのあったかさを求めてか、ミニスにしがみつこうとするトリスの耳元に、は顔を寄せ、出来るだけ声を低めて告げる。

「起きるんだ、トリス。まったく君はどれだけ僕の手をかければ気がすむんだ?」
「え!? ネスッ!?」

 がばッ!

 効果覿面というか、それがすでに習慣なのか。
 ネスティの声真似をして呼びかけられた瞬間、トリスは、カエルもかくやの勢いでもって飛び起き、

『あはははははははは!!』
「……え?」

 一同の爆笑に包まれて、わけがわからずきょとんとしていたのだった。
 もちろん、すぐに理由を察知して、犯人に笑いながら飛びかかっていったけど。

 でもって。
「……何をしてるんだ君たちは」
「あ、本物が来た」
「なんだ、それは」
『あははははははははッ!』
「……なんなんだ……」
 いつまでたっても出てこないたちに痺れを切らしたネスティがやってきた瞬間、じゃれあっていた一同がまたも爆笑するコトになったのは。
 ま、ご愛嬌。



 だけれども。
 そんなふうに和やかな雰囲気を楽しんでいられたのも、朝食が終わるまでだったのだが。


 後片付けも終わって、和やかに一同が集まっていたその場所で――その話を持ち出したのは誰だったか。
 やっぱり、今、アグラおじいさんに話しかけている彼本人だったのか。

 ネスティはゆっくりと語っていた。心なし厳しい表情で。
 アグラバインは何の目的で、どうやって、森に入ったのか。そもそも、森の場所をどうやって知ったのか。
 トリスとマグナはゆっくりと話していた。心なし不安な表情で。
 ここまで黙っていたのだから、アグラお爺さんにとって話したくないコトなのだろうけれど、アメルが狙われる理由を突き止めるためには、過去に何があったのかを知る必要がある、と。
 語っている方向は違えど、求めるモノは同じ。

 アグラバインの、禁忌の森に関わる過去。

「貴方は……」
 トリスとマグナのことばがひと段落ついたところで、ネスティがなおも続ける。
「貴方は仲間たちとあの森に向かったとおっしゃったが、我々派閥の人間すら知らない禁忌の森の場所を、どうやって知ったのか?」
 聞いているこちらにすら、居住まいを正させるほど、強い口調だった。
「また、入れぬはずの森にどうやって入ったのか……包み隠さず、お話していただきたい」
 それは、ゆうべたちも話題にしていた疑問だ。
 そうしてそれを、この場の誰もが知りたいと思っているのもまた、事実なのだ。
 ネスティのことばが少々厳しいのが気になりはしたものの、知りたいと、そう思う心の強さに負ける形で、一行は沈黙を保ったまま、アグラバインへと注目する。
「……判った」
 最後までネスティのことばを聞き終えて、アグラバインがうなずいた。
「おまえたちには、それを知る権利がある――いや、むしろ話す義務がワシにはあるのか」
 告げるその表情は、深い苦渋に満ちていた。

「この村が滅びた原因は、あるいは、このワシにあるのやもしれぬのだからな……」

 耳にしたことばは、けれど、そのまま飲み込むにはあまりに衝撃が大きかった。
「え!?」
 何人かが同じようなことばをもらして、
「なんだって……!?」
「ンだと――」
 双子が椅子を蹴立てて立ち上がりかけた。
 が、まずはすべてを聞くのが先だと判断してか、しばし姿勢を固めたあと、ガタン、と、荒い仕草で再び腰を落とす。
 そしてまた、一行はアグラバインのことばの続きを待つ。
 無言の促しに応えて、彼は再び口を開いた。
「ワシは、もともとこの村の人間ではない。それどころか、聖王国の民でもないのだ」
 となると、旧王国か帝国か。
 叩きこむだけ叩きこんだ周辺の国を、は思い浮かべた。
 それでなければ、召喚獣――いやいやまさか。一瞬考えて見たものの、それではあまりに荒唐無稽に過ぎるため、問答無用に却下。
「じゃあ、お爺さんは……?」
 おそるおそる、と云った感じで問いかけるのは、ミニス。
 アグラバインはひとつ頷き、

「ワシは、旧王国の生まれ……この村を滅ぼした、デグレアの軍人なのだ」

「「「!?」」」

 今度は、明らかに、全員が驚愕のために絶句した。
 その反応をすでに予想していたのだろう、アグラバインはそのまま、話を続けている。

「崖城都市デグレア所属遊撃騎士団・騎士団長」

「へ?」
 いきなり告げられた長い役職名についていけず。真面目な場面だというのに、はついつい間抜けな声を出して固まってしまう。
「それが、ワシの捨てた本来の肩書きだ……」
 えーと。
 デグレアの人で、騎士団で、騎士団長――てことは。
 不意に思い出したのは、何度か出逢った人。何度か刃を交えた人。
 黒の旅団の総指揮官。ルヴァイド。
 立場的には、あの人と同じくらい……もしかしたら、それ以上に偉い人だったということなのだろうか。
「まさか!」
 その所属・階級に心当たりがあるのか、シャムロックが椅子の音もけたたましく、衝動に任せた様子で席を立った。
 まさか、と、声を詰まらせ繰り返し、
「それでは貴方がデグレアの双将として勇名を馳せた、獅子将軍アグラバインだと仰るのか!?」
「……まさか、とは思ってたが……」
 シャムロックのことばだけで判っていたのは、どうやらフォルテだけらしい。怪訝そうに見上げるケイナの横、めったに見せない険しい表情で、顎に手を当て頷いている。
「……獅子将軍?」
 そうして、いぶかしげに復唱するたちを見て、彼は説明してくれた。
「旧王国の侵攻が最盛期だった頃、デグレア軍を率いていたふたりの将軍のうちのひとりさ」
 そこで、意味ありげにアグラバインへ視線を転じ、
「只者じゃねえとは思ってたが、これほどの有名人だったとはな……」
 肩書きを知っている以上の含みを感じて、疑問の視線を向けてみたけれど。フォルテは、こちらについて説明してくれる気はないようだった。
 では、と方向を転じてみても、シャムロックも申し分けなさそうに首を振るだけ。
 ふと目を向けた先にいたロッカが、神妙な顔でつぶやいていた。
「やはり、お爺さんはそういった立場の人だったんですね……」
「兄貴、気づいてたのかよ?」
「なんとなくだよ。……お爺さんが普通の人間なら、僕らがここまで実戦向きに鍛えられたはずがないだろう?」
 たしかに、とうなずいている人間が数名。
 きこりを生業にしているのなら武器の扱いにも長ける、というのは、ある意味正しいがある意味間違いだ。
 斧の使い方に精通はしても、それはあくまで、木を切り倒すためのものなのだから。
 人を傷つけるための――効率的な力の運び方や、身体の動かし方。ましてや槍なぞ、ただのきこりが使うわけもない。
 デグレアの、将軍。
 こんなところにまで出てきたその国の名に、なんとなく、云い知れぬ因縁を感じてしまう。
「では」、
 そうして、こちら側の会話など問題ではないと云いたげに、ネスティはなお、アグラバインに問いかけをつづけていた。
「貴方があの森に向かうことになったのは……?」
「デグレア議会の決定による軍事行動だった」
 そうして、告げられる。アグラバインが禁忌の森を目指すことになった、その理由。目的。

「……目的は、森の中にあるとされた機械遺跡の発見とその確保だ」


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