ネスティが、なにやらアグラバインにいろいろ訊きたそうな顔をしていたものの、その時点でそろそろ日も暮れかけていたし、アメルのコトがそれなりに解決した安堵のせいか、一行、ここにいたるまでの疲労が爆発的に肥大していた。
そんなこんなで、その他諸々は明日にしようというコトに決定。
そして急遽、すべての始まった、あの炎の夜と同じように、たちはアグラバインの家に一晩の宿を借りることになった。
さすがに部屋数が圧倒的に足りないので、客室は云わずもがな、台所や廊下や……要するに床のある部分を占領しまくってのコトだったけれど。
とたとた、
「……いいのかなぁ」
と。
ようやく順番のまわってきた、数日ぶりの湯浴みを終えて廊下を歩きつつ、は、苦笑しながらつぶやいてみた。
さっきも述べたが部屋数が足りないので、主に男性群が条件の悪い場所に寝床をかまえているのだ。が今歩いている廊下の所々も、実は例外じゃない。
「気にすんな。レディファーストってやつだ」
「れでぃふぁーすと?」
意味が判らなけりゃ別にいいがよ、と、レナードが笑う。
「あ、。そこフォルテが寝てる」
「おゎッ!?」
かなり眠いのだろうか、のんびりした口調でマグナが指差した場所に危うく足をおろしかけたは、あわててそれを引っ込めた。
暗闇でよく見えないが、たしかに、なにか布に包まった物体があるようなないような。
しゃがみこんでつついてみると、それは「うーん」とか云いながら微妙に転がった。
……いもむしのよーだ。
「さっきパラダイスを求めに行くとか云ってたからさ、今度は前回の教訓を生かして、レシィにヒポタマ喚んでもらったんだ」
「へ、へぇ……」
学習能力あったんだねマグナ。
何気に失礼なコトを考えて、ふと横手、同じように転がった物体に気づく。
それは、フォルテの隣、やはり強制的に眠らされたっぽい感じのカザミネだった。
「……カザミネさんはなんで?」
「漢の浪漫とか云ってフォルテに付き合おうとしたんだ。だから同罪、同刑の執行対象……ちなみに、彼の名誉のために一応付け加えておくが、そこのシャムロックは運悪く傍にいただけの、ただの巻き添えだ」
少し離れた場所から、ネスティが補足してくれた。
ということは、カザミネもやっぱりヒポス&タマスの餌食になったというわけか。自業自得である。
シャムロックの場合、ご愁傷様としか云いようがないけれど。合掌。
……ところでカザミネさん。ストイックな剣客という第一印象を前言撤回してもいいでしょうか?
ともあれ、そのまま起きている男性陣にとりあえず、おやすみなさいの挨拶も終え、そろそろ部屋に行こうと歩き出したの背中に、ふと、呼びかける声があった。
「」
「ん? 何、マグナ」
ことばの主は、よっかかって眠りこけている、ハサハの頭をゆっくりとなでてやっているマグナだった。
暗闇で、その表情はあまり見えなかったけれど、
「俺さ。のコト好きだよ」
至極しあわせそうなその声音は、はっきりと、聞き取れた。
だからして、
きょとん。ぱちくり。
は目を見開いて、硬直した。
いきなり何をのたまいだすんだこのわんこは。
どう対応していいものやら頭を悩ませ、立ち尽くすこと感覚的には数分、でも実際にはたぶん数秒。
硬化は、ネスティのことばで解けた。
「マグナ……いきなり何を云いだすんだ」
愛の告白ならもう少し場所を選べとでも云いたげな口調である。
呆れかえった兄弟子のことばにマグナが肩をすくめたのが、なんとなくだけれど見てとれた。
「なんか、云いたくなって」
「思ったことを、思っただけ、ぽんぽん云えばいいってものじゃないだろう」
「でも云わないと伝わらないよ。……ネス」
そのまま、兄弟弟子漫才に突入するかと、はまったり想像してみたのだけれど、そうはならなかった。
何かを含んだ感じのマグナのことばに、ネスティが口をつぐんだのだ。
何気に、空気が重さを増したような気さえする。
「あ、ごめんな、引き止めて。おやすみ」
完璧に対応に困ったを見て、マグナが、たぶんにぱっと笑って云ってくれる。
その声に、ようやく気分が軽くなった。
「うん、おやすみ」
ぽんぽん、と。マグナとネスティの頭を軽くなでて。ふたりが同時に何か云おうとしていたけれど、それを聞く前に徒歩から小走りへ移行。角を曲がってしまえばこちらの勝ち。
でもって勝利。
最後のふたりの様子が気になったのは、たしかだけど。明日訊いてみようかとも、思ったのだけれど。
なんとなく、訊くのがはばかられるような気も、強くしていた。
だから、逃げるタイミングを向こうからくれたのは、むしろありがたいことだったのだ。
「……で、何が云いたいんだ?」
完全にの足音が聞こえなくなってから、ネスティがマグナに向き直る。
「別に」
ふてくされている今の自分が、まるで子供みたいなのは判っていたけど、感情に正直になるならこの対応しかないし。
それに、
「そうか」
普段なら、呆れはしてもなだめようとはしてくれる兄弟子は、今日に限ってそれきり。話しかけようとしてこない。
さっき、トリスとネスティと自分の3人だけで話していたときのコトを、まだ引きずってる。
本当、ずいぶんと気になってた。
禁忌の森でみんなバラバラに逃げたとき、トリスはネスティと一緒になって。そのときに、ネスティは云ったんだそうだ。
このことを予想はしていた、と。
だけど、アメルがきっかけになるとは思わなかった、と。
伝説があるくらいだから、悪魔の予想は自然なコトだけれど、なんだかそのときのネスティは、それ以上の何かの予測をつけていたような気がする、と、これはトリスの感想。
それは他愛もない勘だけれど、なまじ、その前後にネスティの様子がおかしかったのが拍車をかけていた。
だから、気になってたイロイロなコト、この機会に話してくれないかと願い出たのに、いやもうこの兄弟子は、どこまでも「話せない」の一点張りで通してくれたのだ。
トリスもふてくされてたけど、マグナもかなりふてくされてしまった。
それを引きずってたものだから、さっき、あてこするように云ってしまったのだ。
――けれど。
ちらりとネスティのいるであろう暗がりを見て、マグナはため息をついた。
全然、こたえてるよーに思えないし。ネスの鉄面皮。
暗闇だったのが幸いなのか、それとも逆に問題なのか。とりあえず、それはそれぞれが判断することである。
ともあれ、少なくともネスティにとっては、好都合だった。
……変に動揺した自分の様子を、マグナやに気づかれずに済んだのだから。
家のなかを突っ切ることしばらくして、は本日の寝床である、アメルの部屋にたどり着いた。
とはいっても、本来の部屋の主であるアメルは、なんでもお爺さんの部屋で一緒に寝るんだそうで。
「あ、おかえり」
「お湯加減どうだった?」
出迎えてくれたのは、トリスとミニス。
「じゃ、次はあたいだね。行ってくるよ」
入れ違いだけれどモーリン。
それから、
「よぉ」
「おかえりなさーい」
バルレルにレシィ。
この部屋割りを聞いた瞬間、フォルテがトリスの護衛獣コンビに何やら頼み込んでいたけど、ケイナの裏拳で撃沈されていた光景を覚えている。
つくづく懲りない人である。だからこそフォルテはフォルテなんだろうけど。
そういえば、初対面のときは、なんで男の子のバルレルが女性側の部屋で寝てるのか不思議だったけど、召喚主と護衛獣だから、とあっさり云われて、思わず納得してしまったコトを不意に思い出してしまった。
バルレルは人間嫌いでレシィは内気なくせに、こういうトコロに無頓着なのは、やっぱり住んでいた世界が違う分、そういう感覚が薄いからだったりするんだろうか。
「何笑ってやがる」
心なし、いやあからさまに眉をしかめて、バルレルが、不意にクスクスと笑い出したに向かって問いかけた。
「なんでもないよ」
「……ケッ」
そんなたいしたコトじゃないし、口にしたらしたで思いっきりあきれられそうな気がしたから、笑ってごまかした。
それを聞いたバルレルは、つまらなさそうにそう云っただけで、追及もなし。
だもので、は、がさごそ、と藁にシーツをかぶせただけの寝床にそのままもぐりこむ。
大人数で寝ることを想定して、アグラお爺さんが緊急につくってくれたものだ。
とりあえず女性陣の分はそれで確保できたけれど、男性陣は前述のとおり。合掌。屋根があって毛布にくるまれるだけ、まだ野宿よりは恵まれているけれど。
「そういえば、ね」
にくっつくようにしてもぐりこんできたトリスが、そのままこちらの腕にしがみつきながら、思い出したように口を開いた。
「さっきネスが云ってたの。アグラお爺さんは、まだ何か隠してるって」
云われ、少し考える。
眠気で思考がにぶっているのか、答えを導き出すまで少し間が空いた。
「……アメルのコト以外に?」
「そうね。第一禁忌の森に行ったっていうけど、結界をどうやって解いたのかとかは教えてくれてないものね」
反対側にしがみついてきたミニスが、トリスのことばを肯定する。
「そう云われれば……」
なんのために森に入ったのか、とか。
ほんとに結界はどうしたんだ、とか。
そもそも仲間ってーのはどこのどちらさまなんだ、とか。
つまり今日はっきりしたのは、アメルがアグラバインと血のつながりのない、森にいた赤ん坊だったということだけなのだな。
でも。
「たぶん、明日になったら話してくれるよ、きっと」
「……うん、そだね」
「トリス?」
心なし沈んだ様子のトリスが、なんとなく違和感。
どうしたんだろうと覗き込んだけれど、次の瞬間にはもう、
「なぁに?」
いつもどおりの表情。いつもどおりの笑顔。
だから、つい、訊きそびれてしまった。
最近はあまり見せるコトなかった、いつか見た哀しいイロを。さっきのトリスに感じたような気が、したのだけれど。
思い返してみれば、さっきのマグナのことばにも。似たようなイロが、にじんでいたように、今さらだけど思ったのだけれど。
機会を逸したの代わりに、トリスがぎゅぅっとしがみついてきた。
「」
「なに?」
「あたし、大好きよ」
不意のことばに、は表情をほころばせる。
「あたしもトリス好きだよ。もちろんミニスも好きだしモーリンもだし、バルレルもレシィも」
うん、あたしも。そう云って、トリスが笑った。
安心。安堵。
お母さんみたいだなって思ってたけど、ちょっと違うなって最近思い始めた。
包み込んでくれるようなあたたかさに違いはないんだけども。
安心。安堵。無条件に感じる気持ち。
どこか遠い部分で、一緒なのだと思えるような。思ってるような。……あいまいすぎて、まだ、輪郭も見えないけど。この気持ちは。
緑色の髪が、ひょこっ、と横からわいた。
「ボクも、ご主人様やさんや皆さん、大好きです……!」
髪の主ことレシィが、ぼふっと寝床に飛び乗って、にっこにこ笑顔で告げてくる。
それを見たトリスが、それまでの不機嫌ぽい表情もなんとやら、いたずらっぽい目になって、バルレルを振り返る。
「バルレルは?」
「正反対」
すっぱり返した護衛獣に、ますます、トリスの笑みが深くなる。
「……あーあ」
むにむにむに――――
久々に見ました、バルレルくんほっぺた伸ばされの刑。
それをおたおたしてとめようとするレシィを、とミニスで引き止める。
下手に手をだしたら、巻き込まれるよと真面目な顔で忠告すると、素直なメトラルの少年はこっくり生真面目にうなずいた。
そうして夜は更けてゆく。
満月の見守る世界の中、それぞれが、それぞれの思惑を抱いて、今のこの夜を過ごしていく。
――それは、黒の旅団さえも例外ではなく。