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第20夜 壱
lll はじまりのあの村へ lll



 準備万端整えて、ユエルのコトを考えて、たちはなるべくこっそりとファナンを出発した。
 おじさんとおばさんに挨拶も出来なかったコトを、ユエルはやっぱり気にしていた。けれど、しばらく時間をおいたほうがいいよというモーリンのことばに、しぶしぶだけれど同意してくれたのだ。
 それでも、笑ってくれるようになったユエルに、一行、ずいぶんと安心した。
 お天気も良いし、心配していたリューグの体調も、祭りの時点からそれなりに良好だし。
 アグラお爺さんにしても、リューグの話では大きな傷もなく無事だというし、あとは道中なにごともなく、レルム村まで辿り着ければよかったのだけど。

 そうは問屋がおろさなかった。

 もはやたち一行は、トラブルホイホイと云っても過言じゃないかもしれない。


 気配を感じたのは、いちばんそういうのに鋭そうなユエルだった。
 風に乗って流れてくるそれを察知した瞬間、毛を逆立てて唸りだす。
 そしてたちも、一拍ほど遅れてそれを感じ取った。
 もう何度も相対した気配。
 もう何度も向かい合った気配。
 そんなコト望んではいないのだけど、彼らの目的がアメルにあって、自分たちがそれを良しとしない以上、そうなるのは当然だった。……納得はしたくないけれども。
 の隣を歩いていたパッフェルが、はぁぁ、と、苦笑とため息を一緒にもらす。
「私個人としては、一生逢いたくなかったなー、なんて……」
「いや、無理な相談だろうな、それは」
 目つきは険しく、けれど口調はいつものままで、フォルテが答える。
「……つくづく、しつこい連中だぜ……」
「まったくだな」
 こちらは完璧に敵対心全開で斧を構えながら、リューグ。
 と、同意するロッカ。
 こういうトコロでは、妙に息が合っているあたり、さすが双子。
 でも。
 ふと、ロッカがを見た。ちょっとだけ、複雑なものを視線に込めて。
 いいんですか? そう問いかけられたのが判った。
 だって、彼は知ってる。
 大平原で唯一、の笑みを見て、その気持ちに気づいた人だから。が傷つかないか、きっと、心配してくれているんだろう。
 でも。
 だいじょうぶ。と。視線に応え、なんとか笑みをつくってうなずいた。
 これからぶつかる彼らは強い。本気でこられたとき、こんな小さなコトでも気を散らしていたら、命が危なくなるかもしれない。
 よけいな感傷は要らない。嘆きも不要。持つわけにも、持たせるわけにもいかない。

 今のあたしの歩く道。
 今の彼らの歩く道。

 交わる道が、戦いのそれであるコトを、あたしはちゃんと判ってる。

 こちらに向かって進んでくる一団のなかに、金の髪の槍使いを見つけた。
「……イオスか……」
「……」
 お互い声が届くほどの距離までになり、つぶやいたマグナの声が聞こえたのか、イオスが視線をめぐらし、改めてこちらを見た。


 後詰めをしていた兵士が伝令を持ってきたときには、こうも早く動くとは思わなかった。
 聖女の身内の、あの赤い髪の少年を取り逃がしたのは数日前。
「……よもやと思ったが、やはりその男は貴様らと合流するのが目的だったわけか」
 たしかリューグと呼ばれていた、その相手。
 戦闘で疲れ果てていたうえに、かなりの手傷を負っていたのが、最後に見た姿。
 あれから、たかが数日だというのに、それなりに平常に見えるのは、適切な……むしろ、それ以上の手当てを施されでもしたのか。相当の手腕を誇る医師でもいたのか――
 いや。
 イオスは軽く首を振り、答えの出ぬ思考を打ち切った。
「……目的地はゼラムだな?」
 すでに、それは問いではなく確認。
 デグレアの本格的進行を王都に伝えに行くのだろうと、おそらくは誰しもが予想するコト。
「――そうだよ」
 硬い声で。けれど、ゆっくりとが答えた。
「答える義理なんかないよ、
 つと。彼女をかばうように前に出た、紫の髪の男を、なんとなく憎たらしく思った。
 と再会したのは、つい昨日。
 それだけに。一度は決めたコトがまた、揺らぐのを感じざるを得ない。
 だが、その男を、は、軽くつついて云った。
「だけど、イオスたちは知ってて訊いてるみたいだし。なら別にいいかと思って」
「……それはそうだけどさ」
 苦笑して頷く男。
 こんなときだというのに、微笑みすらたたえて応じているを見て、さらに。気持ちが揺らぐ。

 国の宿願を果たす引き換えに、君の命を散らすかもしれない覚悟を。
 決めたはずなのに、本人を見て、まだ揺らぐ心。

 ――どうしようもなく弱いこの心を。けれど、今だけは殺そう。


 イオスが辛そうな表情になったのが、マグナの方を向いていた視界の端にちらりと映る。
 やっぱり、と思った。
 炎に包まれたあの夜。野営地で話したときから、あの夜出逢ったときから。もう、たぶんずっと、彼は、迷ってたんだろう。
 だけどイオスは、立ち塞がる位置から動こうとしない。
 それは、今このときを、決めたということだ。……ただ、それを辛いと思ってくれるということが、なんとなくだけれど嬉しかった。
 くるり、イオスに向き直る。
 いつかの夜に彼がくれたことばは、まだ、のなかにある。
 迷わずに。
 あたしの心が決めた道なら、それが、今のあたしの『本当』だ。

 だいじょうぶ。
 あなたたちが決めた道の結果であるなら、あたしたちはきっと、後悔せずにいられる。後悔しても、受け入れられる。
 だから、そんなに辛そうな顔をしないで。正面からぶつかろう。

 ――選んだ道に、選んだ自分の意志を重ねて誇り持ち。

 気づかない。は。
 己で選び取っていると見える彼らの道。それがほんとうは、糸に操られ、本来の思いとは別のものであるということに。気づかない。気づけない、知らない。

 糸を操る者はまだ影の中、微笑を浮かべているばかり。
 自らの手のなかで動く、人々をおもしろげに眺めて。

 けれど、動いている方はそんなこと知らない。ただ、必死に進み続けるだけ。――選んだと信じる、その道を。今はただ。

 ふ、とイオスが口を開いた。
「これ以上、あの召喚師たちに好き勝手をさせるわけにはいかない」
 強い口調でつむがれることばに、先日のローウェン砦を思い出した。
 シャムロックが、苦々しい表情になる。
 何を今更云うのか。あのとき同じ軍隊としてそこにあったおまえが、何を云うのかと。その目が語っていた。
 だけど、マグナやトリスがその彼を見て、ちょっと怪訝な表情になった。ふたりだけではなく、他の何人かも。
 だって見たよ。あのとき。聞いたよ。
 ビーニャの行動。ルヴァイドのことば。
 ……ほころびを感じるに、充分なものを。目にしていたことに、自分たちは気がついてる。
 でも、彼らがアメルを狙っているのはまぎれなく事実だ。そのことだけは、譲るわけにはいかないけど。

「そのためにも、『鍵』となる聖女、今日こそ渡してもらうぞ。絶対に!!」

 ――鍵?

 状況も一瞬忘れて、は首を傾げた。
 どうやらいつぞや考えた、『聖女の力でばびっと兵隊治療だゼ大作戦』とかいう方向にアメルを欲しているわけではないことが、これで立証されたわけだ。
 つぅかそんな効率悪すぎるコト、本気でやる奴もいるまい……
「……ネスティ?」
 と同じようにイオスのことばに怪訝な、というよりもあからさまに目を見張ったネスティに気づき、不思議に思って問いかける。
 色の白さでは、結構なところまでイオスと張れそうなネスティだけど、今はそれに増して顔色が悪いように見えた。
「なんでもない」
 けれど。どうしたのと訊く前に、当のネスティによって問いは遮られる。
 だもので、追及する根拠もなく、
「ならいいけど……?」
 それでも完全に納得出来ない様子のから、少し離れた場所。
 イオスたちに――黒の旅団、ひいてはデグレアにその身を狙われ続けているアメルが、哀しそうに彼らを見ていた。
「どうしても……このまま、通してはくれないんですね?」
「当然だ」
 刹那の間すらなく、返される答えにアメルのまなじりがますます下がる。
 その彼女をかばうように前に出る、接近戦を得意とする面々。
「さがっていてくれ、アメル。彼らと話すのはもう無意味だ」
「力で物事を押し通す者たちには、こちらも相応の返礼をするのみ!」
 ロッカとシャムロックのことばに、けれど、ますます聖女の表情は悲痛なものになる。
 自分のために、誰かが血を流す。家族が、仲間が傷ついていく。
 強くなろうと思っても、そんなコトにまで慣れたわけじゃない。
 慣れてしまったらおしまいだ。

 だけど糸は容赦なく、その道以外をふさいでしまっている以上。
 進め。選べよそこを往くことを。新たな選択、見えてくるまで。

「総員、いけえッ!!」
「好きにはさせねぇぞ、手前ェらにはッ!!」

 毎度同じく――とか云ってしまうとほのぼのしい印象があるが、実際は殺気に満たされた場のなか、戦いは始まっていた。


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