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第19夜 四
lll 存在するものたち lll



「何そいつッ! 信じられない信じられない信じられないー!! 召喚師の風上にも置けないっていうか召喚師名乗るないっそ逝って良しよッ!!」
「うわー! 俺、もしそいつに逢ったら絶対絶対、もー、二三日寝込むことになっても! 根性でひなとシロトト呼び出してけちょんけちょんにしてやるからな!!」
「カラウスとか云ったか……まさに外道というわけだな。……気分の悪くなるヤツだ……」
「ルウだってそんな奴許せないわよッ! あぁもう腹が立つったら! パッフェル、どうして捕まえてきてくれなかったの!?」
「捕まえましたよー。ただ、そのあと派閥に突き出してきただけですってば」
「要するに、ルウさんは派閥に引き渡す前にカラウスと仰る外道召喚師をぼこぼこにしたかったわけですね?」
「……カイナちゃん。笑顔で云わないの、そういうコトは」
「でも、あたしも少しルウさんの気持ち判るかも……」
「おいアメル。何気に便乗するんじゃねえ」

 モーリンの家で出発準備を整えていた一同の処に戻り、出かける前とあとで1名ほど増えた理由と顛末を簡単に話したところ、現役召喚師たちを中心に、おおよそこんな反応が返ってきた。
 そんな、一部で見られる過激な反応に、ぽかんとしているユエルの肩を、は笑ってぽんぽんと叩く。
「ね? 云ったとおりでしょ。あたしたちの仲間は優しいんだから」
「……優しいっていうか……」、
 ちょっぴり放心した表情でつぶやきかけて、はっ、と、
「でも、ユエルだって、にひどいコトしたのに……!」
 心配そうな顔で見上げられて、はふと、額に手を当てた。
「ちがうわよ、それ、むしろ私のせいだわ。ごめんね。だいじょうぶ?」
 まだ髪にちょっと血がこびりついてるなぁ、とのんきに考えていたら、カラウスへの怒り大爆発といった感じでみんなに事情を説明していたミニスがこちらにやってくる。
 ちなみに傷はモーリンによって治療済み。ありがとうストラ。便利だストラ。召喚術よりこれを習いたい。
 そうやって応急に傷口をふさぎ、それから近くの水道を借りて、顔半分にべったりだった血を洗い流したのである。いくらだって、血をぼたぼた流したままでファナンの街を下町からこの家まで横断するほど神経太くない。
 そんな状態で抱きしめたりしていた割に、ユエルの方に血がしたたらなかったのは幸いと云えば幸いか。
 その代わりに、の服は当然赤く染まった。あげく、時間が経つにつれて変色していってて、ちょっとしたスプラッタ風味だった。
 着てたのが、もうかなり着れないなと思いはじめていた、件のシルターン服だったのが助かった。今は、モーリンが急いで調達してきてくれた、安物の旅服をとりあえず着てるのだけど。
 昨日そうしようと思ってたとはいえ、本当に新しい服が緊急に入用になったのには困ったものである。
「……パッフェルさん」
「はい?」
 ちらり、は戦うアルバイターさんを見上げて訊いてみた。
「ほんとうにあのカラウスってのからお金ぶんどってきたなら、ちょっと服代をお裾分けとか――」
「世間はそんなに甘くありませんですよ、さん」
 にみなまで云わせもせず、パッフェルはにっこりと微笑んだ。
「……鬼。」
 つぶやき、心配そうに見ているミニスとユエルの視線に気づいて、「平気だよ」と表情をゆるめた。
「ほら、頭にも別に異常ないし」
「……なんかそれ、とらえ方によっては妙なセリフだよな」
「フォルテさん。よーするにあたしの頭の中身に異常があると仰りたいので?」
「だー! とらえ方によってはって云ったじゃねーか!!」
「そういうコトを云うってことは、フォルテさんがそうとらえたってコトでしょうね」
 あわてて弁解に走ろうとしたフォルテの横から、シャムロックがぽつりとつぶやいた。「ぎく!」とわざわざ口に出して云いながら、硬直するフォルテ。
 ……もしかして昨夜のお祭りで無理矢理フォルテにお酒を飲まされたコトを根に持ってたりするんだろうか、こちらにおわしますトライドラの騎士様は。
「そそそそそそういえばシャムロック! おまえさっきまで姿が見えなかったけどドコに行ってたんだ!?」
 あからさまに話をそらそうとしているのが見え見えな感じで、フォルテがシャムロックに問いかける。
 で、シャムロックはというと、
「レナード殿に、スルゼン砦でのことを話していただいていました」
 にっこりと笑いながら答えるその様子には、なんとなく黒いものが含まれているような。
「一応、そういうことはトライドラの人間にちゃんと話しておいたほうがいいかと思ってな」
 それに気づかぬわけではなかろうに、いや判っていて無視しているんだろう。平然とタバコをふかしながら、レナードが横から補足する。
 そしてお約束どおり、ケイナに裏拳を叩き込まれているフォルテの姿を、全員があたたかい目で見守ったのだった。
 唯一、ユエルはぽかんとしてたけど、それも少しの間。
「ぷっ……あははははっ」
 情けない顔で逃げまわっているフォルテを見て、耐え切れないといった感じでふきだした。
「あ、やっと笑ってくれたね!」
 そう云うトリスのことばに、戸惑ったような表情になったけど、
「……うん! ありがとう!!」
 そう、大きな声で応えてくれた。



 仲間もひとり増えたところで、改めて仕切りなおし。

 さあ、レルムの村へ行こう。
 アメルの真実を知るために、アグラお爺さんの真意を訊くために。
 ――未だに記憶から薄れるコトはない、紅い炎の記憶の場所へ。

 ようやく全員落ち着いて、わきあいあいと準備を始めた一行を窓の外から覗いていた、ひとつの目があったコトに気づく者はいなかったけれども。



「レイム様ァ。魔獣ちゃんから報告でェす♪ キャハハハっ♪」
 るんたったー、と擬音のつきそうな感じでスキップ踏みながら、ビーニャがレイムの執務室に入ってきた。
 崖城都市デグレア、その王城にある一室だ。
 ちなみにガレアノとキュラーは、先日トライドラから連れてきた屍人と鬼の兵隊たちを教育中である。
 どういう教育なのかは謎。
「おやおや。さんたちが、何か動き出しましたか?」
 執務室と云っても、元老院議会はとっくの昔に役立たずと化している――もとい成り果てさせた――状況下のなかで、いったい何の仕事があろうというのやら。

 実際、レイムの手元にあるのは決済書類などではなく、いつぞや海辺の街のお祭りのなかを歩いていた少女の写った写真だし。

 しかも大判に引き伸ばされてるし。
 しかもキラキラ加工が施されてるし。
 しかも点々と紅い染みがついてるし。

 もしこれをルヴァイドが見たら、たとえ反逆者の汚名を雪ぐことが二度と出来なくなろうとも、この顧問召喚師を全力で潰しにかかるに違いない。
 まあ、それ以前にレイムからすれば、こんな大事な写真をルヴァイドごときに見せるわけがないのだが。

 えーから少しは真面目に動け。

 との楽屋裏との交渉があったからかなんのかは謎だが、とりあえずいとおしげに写真をひとなでし、レイムは改めてビーニャに向き直る。
 無言で報告をうながされた彼女は、魔獣からのそれを思い出すべく、一瞬だけ虚空を見た。
「やっぱり、一度ゼラムへ戻るみたいですよォ。金の派閥のオンナから、親書とか預かったみたいですしィ」
「そうですか」
「……レイム様」
 うなずきだけを返して微笑んでいる主を、ビーニャはじっと見る。
 瞳に浮かぶのは疑問のイロ。
「まだ、ちゃん取り返しちゃダメなんですかァ? アタシ、寂しいんですけどォ……」
「ふふ……悪魔たる者、そんなに弱気なことを云っていてはいけませんよ。ビーニャ」
 不満げなビーニャのことばにも、レイムは微笑んでみせるだけ。
 ――悪魔と。
 彼女を呼ばわったその口元を優しくほころばせ、ご機嫌な素振りで彼女の頬をなでてやる。
 ――悪魔と。
 称された彼女は、それを嫌悪するでもなく……むしろ悦ばしい心持ちで受け入れた。

「……それに、あなたもどうせなら、きちんと再会したいでしょう……?」

 つむがれるレイムのことば。
 記憶の琴線を爪弾くことば。

 遠い遥かな記憶の果てで、微笑んでいた彼女。

 ――ただ惹かれていた。

 ビーニャはレイムを昔から慕っている。
 それこそ、遠い昔、レイムの持つ本来の力が、あの忌まわしいニンゲンどものつくりだした兵器……天使の残骸によって封じられるよりも以前から。
 力の欠片だけを封じられる寸前に切り離し、長い年月をかけて蓄えた力でもって準備を整えた後、彼はビーニャを選び、こちらに召喚してくれた。
 そうして再会したときに、どれほどの歓喜が胸を満たしたか。
 ビーニャはあの子を昔から好いている。
 レイムへ向ける感情とは別物の、けれど、壊れれば捨ててしまう玩具なんかに向けるそれとは比べるべくもない、強い気持ち。
 リィンバウムを支配した暁には壊しつくしても構わないと思っていたニンゲンたちのなか、ただひとり。――ただひとりの彼女。

 それは、ガレアノもキュラーもそうだ。
 だからこそ、6年間……ずぅっと大切にしてたのに。

 だからこそ、あの子が記憶をなくして、よりにもよって聖女たちのもとにいると知ったとき、あれほどのいらつきを覚えたのに。
 大体、それだけならまだしも、アイツが傍についてるし。

 だけど彼女の主は、それを好機と云う。
 その目隠しを取り外すとき、もうひとつの目隠しも消えるのではないかと云っている。
 よほどの力と条件が揃わなければ、目隠しを外すことは叶わないからだ。
 そうして今の、常に危機と絶望に隣合せの彼女の状況は、まさに絶好なのだと。
 あの子が、あの子の見ていた世界を忘れている――自分の生まれた世界を忘れている今なら――この世界とのえにしを、より感じているなら。

 その瞬間は必ず訪れるはずだと。

 レイムは微笑む。ゆっくりと微笑む。
 それはビーニャに向けたものではなく、遠い彼方の彼女へ向けたものだと判って、それは少し寂しいけれど。あの子にならしょうがないかと思う自分がいる。

「私たちは、当初の予定どおりに動けばいいのですよ。あの人にばかり期待していないで、私も早く本来のそれを取り戻さないといけませんから、ね……」

 うっすらと。やわらかく。けれどその微笑みはどこまでも凄絶だった。

 じゃあこれからどうします? とのビーニャの問いに、
「とりあえず、イオス特務隊長に報告してさしあげなさい。すでにキュラーとガレアノが、あのなかに数人ほど、紛れ込ませているそうですからね」
 屍人と鬼の兵隊を。それと気づかれることなく黒の旅団に紛れ込ませていると。
 そう答え、そして言外に告げたレイムのことばに、ビーニャはこっくりとうなずきを返す。

「じゃあ、アタシ、キュラーちゃんたちのトコロに行ってきまーす♪」
「ええ。お疲れ様です」

 駆け出すビーニャと、それを微笑んで見送るレイム。
 事情を知らない者が見れば、まるで我が子を見守る優しい母親のような構図だった。
 あいにくと、彼らの間にも親子の概念が通用するならば、の代物だったが。そして当然、彼らの間にそんなもんはない。
 悪魔と。
 レイムが称したそれは、けして、戯れや繰言ではないのだ。
 悪魔と。
 ――それは性質だけのことではなく。
 実際、レイムをはじめとする彼らは、自分と自分の大切だと認識したもの以外は、まるでどうでもいい、むしろ塵芥とばかりに扱っている。
 果たしてサプレスにいるという悪魔にも、それが適用されるのやらされないのやら。残念ながら立証した者はいないけど。
 出来る前に、たいていは、ご機嫌を損ねて壊されてしまったからだ。

 ……でも。
 本当の本当に――彼らが、いや、彼らとて。
 ひとつを望むときには、どんな手間も厭おうとはしないのだろう。


 知っている?
 生きる者、命ある者……意志を持ち、歩き、進み、目指す者の。
 心は……そんな部分では、同じなのだと。
 みんな忘れてる?

 君は――知っている?

 祈りと願いと。希望とゆめと。
 それはいつでもだれのこころにも。


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