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-友達、だよね-




 とバルレルが見つけた野盗のアジトは、その午後だけでふたつ。
 うちひとつは、相当の古株であるらしく、でっかいアジトにおいおいこれでもかと云いたくなるほどのお宝を蓄えていた。
 んが、いくら古株と云えど、その道のプロである軍人さんと狂嵐の魔公子のタッグに敵うわけもなく。

 響く爆音、鳴り響く剣戟、野盗の悲鳴。
 それらがおさまったころ、哀愁を帯びた煙が一筋、荒野の空を昇っていた。

「……とりあえず、当座、10万バームもあれば足りるか?」
「宝石とか売ると足がつくもんね。現金だけもらって、残りはどうする? サイジェントにばら撒く?」
「あー、いいかもな。どうせ盗んだもんだろーし、景気よくいっちまうか」

 死屍累々。

 実際殺したわけではないが、そんなコトバがぴったりのアジトの宝物庫でそんな会話をするふたりの姿はちょっぴりユカイで、ちょっぴり哀愁を誘う。
 倒れ伏した野盗のひとりが、彼らなりに苦労して集めたそれらがすべてパーになると知り、ほろほろと涙した。
 それだけならば、特筆することもなく、その場は終わっただろう。
 だが、世の中やっぱり、そうそうスムーズに事は運ばないものだ。

「――おいおい、こいつはいったいどうなってんだ?」

 もバルレルも、外から入ってくる人間の気配には気づいていた。
 実際、その足音もちゃんと聞こえていた。
 それでも何の反応もしなかったのは、その気配と足音が、すでに壊滅させられたアジトを歩くにはやけに悠然としていたため、野盗たちの仲間だとは思えなかったからだ。
 騎士団が野盗の征伐に来たと考えるにしては、あまりに数が足りないし。
 どうも足音はこちらに向かっているようだったため、ここは相手の出方待ちと決め込んだ――そんな理由である。
 で、今の声。
 とバルレルの真後ろ、つまり、この宝物庫の入り口から、それは発された。
 ゆえに、ふたりはくるっと振り返る。
「こんにちは」
「あ? ――あ、ああ。こんにちは」
 ってそうじゃねえ!
 意外に付き合いが良いらしく、やってきたその男性はにつられて頭を下げ、すぐ我に返ってそう叫んだ。

 男はローカスと名乗った。
 サイジェントで活動している義賊のリーダーなのだそうだ。
 赤の強い紫の髪は肩までで、軽くウェーブがかっている。衣服は、対照的に白でまとめられていた。紅白餅とか云ったら怒られるだろうか。
「はー、それで、今回はこちらのアジトに狙いを定めてらしたんですか」
「ああ。あんたたちに思いっきり先を越されたけどな」
 倒れ伏した野盗たちは、ローカスの部下が手際よく縛り上げてひとまとめにしている。城に突き出すつもりなのだろう。
 そんな様子を横目で見ながら、とバルレルは何故かそのまま、ローカスと談笑していた。
 ……いや、バルレルはどちらかというと、むっつりとたちを見ているだけなのだが。
「じゃあ、あの人たちはお城に突き出すんですか?」
 さっさか外に運び出される野盗を見送って、はそう尋ねてみる。
 果たして予想通り、ローカスの首は縦に振られた。
 獲物を第三者に先に壊滅させられていたというのに、何気に機嫌がよさそうだ。
「ああ。騎士団の奴らも、これを引き渡されちゃぐうの音も出るまいさ。――特に顧問召喚師の奴が、どんな顔で出迎えてくれるか楽しみだ」
「ははあ……一泡ふかせるつもりですか」
「そのとおり。いつもは顔合わせるたびにドンパチだが、今回ばかりはそうも出来んだろう。ジレンマってやつだ」
 そんな騎士団や顧問召喚師とやらのご尊顔を想像するだけで楽しいのか、ローカスの口の端に浮かんだ笑みはなかなか消えない。
 案外、ご機嫌な理由はそんなところなのかもしれなかった。


 井戸端会議は終始和やかに進み、ローカスたちの荷造りが終わった頃には、すでに空は橙色。
 赤どころか真紅に染まった髪を弄び、とバルレルは、いつになくゆったりと荒野を歩く。
 先んじて別れた、ローカスたちの姿はとっくにない。
 ……まあ、義賊と一緒に街に戻って、それで騒ぎに巻き込まれてはたまったもんじゃないからだけど。
 送っていこうかとのありがたい申し出を辞退したのも、そのためだ。
 その代わりと云ってはなんだが、寝床に困ったらいつでも来いとの仰せを頂いた。上記の理由があるものだから、きっとお世話になることはないだろうとは思うのだが。
「サイジェント着く頃には、もう夜かなあ」
 地平線にその姿を半分ほど隠した太陽をふと眺め、ぽつりとはつぶやいた。
 だろーな、と横でバルレルが頷く。
 そんな彼に視線を移し、はふと考えた。

 ――自分たちは、他者から見て、どーいうふうに見えているんだろうかと。

 荒野で出逢ったバノッサは、バルレルを指して召喚獣だと云った。それは大正解だ。
 だからは召喚師だろうと云った。――それは大間違いだ。
 召喚獣と一緒にいれば召喚師、そんなわけでもあるまい。
 召喚術なんてもの使わなくたって、異世界の住人と心を通わす者はたくさんいる。
 かつて自分のなかにいた彼女の記憶も、そう語る。・・・彼女自身も、そうだった。
「ねえ」
「ん?」
 袖を引っ張って、バルレルの注意を自分に向けさせる。
 子供の姿に比べて鋭さを増した双眸は、だけど、敵意の欠片も見当たらない。
 ――あの旅の一番最初、警戒心の混じった視線を向けられた初対面の夜が、まるで遠い昔のようだ。……遠い未来の話だけれど。
「友達でいいよね?」
「・・・あ?」
 とたんにしかめられる眉。
「主旨はどこだ。全然意図判んねーよ、オマエ」
 うーんとね。
 頭上からぐりぐりかまされる拳骨を笑って避けて、はもう一度、バルレルの袖を引っ張った。

「あたしが召喚師でバルレルが護衛獣かって訊かれたら」

 そうじゃないよ、って。

「友達だよって答えていいよね?」

「・・・・・・」

 しばしの間。
 それから、
「そだな」
 と、バルレルは頷いた。
「オマエに召喚師の真似事させたって、すーぐボロが出るし」
 前にサイジェント来たときに、つくづく実感した。
 何気に失礼なセリフだが、事実でもあるし、さっきの提案は可決されたし、そんなわけで失礼な部分にはあえて目をつぶることにして。

 ありがとう、と、は笑った。

 そんな彼女を見て、バルレルが少しばかり安堵した表情を浮かべたことを、すぐに身を翻して歩き出した当人は、だから知らない。
 髪の色を変えて長さも変えて、眼の色も変えて――
 戦いの只中で舞う赤い髪に、そうさせた当のバルレルも、まだ慣れてない。
 だから。
 たった今見せられたその笑顔が、ちっとも変わらないであったことに、魔公子は安心したのである。
 ――柄じゃないとは思いつつ。


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