目立ちすぎだっつーの。
そう云われて、は遠い目になって明後日を見た。
もちろん、そんなことで誤魔化されるバルレルではない。
無言で手を伸ばし、の頬を掴むと、左右に景気よく引っ張った。
「いひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「テメエには、陰から助けるっつー発想はねーのかよ!?」
「ひゃっへ、ひゃららひゃひゅひょひひゃんひゃひょう(だって、身体が動いたんだよ)〜〜!」
涙目でじたばた暴れるから手を放し、魔公子は盛大なため息をついた。
「……ちったぁ成長しろや」
「だって、綾姉ちゃんたちが危なかったし」
「あんなぁ」
しょんぼりとしゃがみこんだにあわせて、バルレルもしゃがみこんだ。
傍のゴミ溜まりがちょうど壁になって、そうしてしまえば、ふたりの姿は表通りからは見えない。
彼らが今いるのは、繁華街の裏手にある小ぢんまりした路地である。
先ほどの騒ぎのあと、どさくさに紛れてとっととこちらに駆け込んだ。
完膚なきまでにやられたオプテュスのゴロツキとやらは、しばらくは起き上がれまい。ガゼルが引っ張っていったのだし、無事にフラットに帰るだろう。そう見越してのことだ。
「曲がりなりにも、もーちょいしたら誓約者になる奴らだろーが? あれぐらい自分らで切り抜けさせろ。あんまり手ェ出してんじゃねーよ」
「だって」、
綾姉ちゃんたち、全然戦いとか知らないんだもん〜。
そう云って、はますます不貞腐れる。
……再会したとき、彼らはすでに誓約者だった。
大まかな成り行きを聞いてはいたものの、そういえば、彼らは戦いなんかとは縁の無い世界の住人だったことを、その時点では失念していたのだ。
なにせ、自分が軍隊で育ったのだから。
そのギャップが、にとっては、余計に彼らの危うさを強調する結果になったのだろう。
ただでさえ大事な幼馴染みである綾とその友人を、そのまま見過ごせるわけがなかったのである。
がしがしと頭をかいたバルレルが、ぐきっとの首をひねって自分に視線を向けさせる。
また怒られるかと思っただったが、予想に反して、バルレルは別のことを口にした。
「さっきの光」
「……ひかり?」
単語をおうむ返しにつぶやいて、すぐに思い至る。
「あ……」
ごろつきが最後に迫ったとき、それを退けた光。
あの4人の内から迸った、強い光、強い力。
――アレは、
「あの光は、サプレスのもんだ」
誓約者の力じゃねえ。
……今のあいつらはまだ、そんな力を持っちゃいねえ。
「守りたくなるってのは判るけどよ……あの光がある分、ピンチのときにゃなんとかなる。てゆーか、させろ。オレたちゃ、身元が知れたらマジでヤバイの判ってんだろ?」
真顔でそう告げるバルレルの意見を肯定すべく、は大きく頷いた。
……心持ちと行動は、実は意外にかけ離れたものになるということを、この後何度も経験することになるとはつゆ知らず。
いや、予想はしていたのかもしれないが、その時点ではまだ、小さな小さなものでしかなかった。
が、綾たちから聞かせてもらった話は、実はそんなに事細かではない。
ある日突然リィンバウムに呼び出され、ガゼルと出会い、フラットに招かれ、マーン三兄弟とかいうのといざこざを起こし。
バノッサと諍いを起こすことが一番多く、そうこうしているうちにどんどんエスカレート、魅魔の宝玉を用いた彼の手で、サイジェントの城がほぼ壊滅させられたこと。
そのときにリィンバウムのエルゴが、彼らを試練の地に導いたこと。
――そして彼らは試練を受け、結果としてそれを乗り越え、エルゴの王になった。
なおも魔王召喚のために暗躍するオルドレイクを倒し、魅魔の宝玉の乱用によってほころびた、リィンバウムの結界を張りなおした。
……そんなところだ。
初めてサイジェントを訪れたあの日、彼らから聞かせてもらった物語は。
「ねえバルレル、あたし思うんだけど」
つらつらとそのときのことを思い返し、は、今では自分より背の高い魔公子を見上げる。
「もしかしたら綾姉ちゃんが話さなかっただけで、そのなかに、赤い髪の女の子がいたかもしれないね」
「……“通りすがりのフラットの味方”がか?」
ありえねー。
「やっぱし?」
あはは、と笑って、照れをおさえるために微妙な表情になったと、こめかみを押さえたバルレルは、その後ようやく、本来の目的である野盗ぶちのめしのために荒野へ繰り出すことにした。
その数日後、はしみじみつぶやくことになる。
「――冗談から独楽。」