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-当てられて砕けた-




 さて。
 一番最初に動いたのは、ソルであった。
「くれ」
 ずいっと差し出された手の意図を理解し、が、ぽん、とその手に杯を乗せる。
 座り込んだままのセルボルトさん(複数)の前に肴を広げると、空いた側の手を添えて、酒瓶を傾けた。
 つん、と、強いアルコールの匂いが、夜風に乗ってその場全員の鼻孔を刺激する。
 なみなみと注がれたそれを、ソルはしばし無言で眺め――
 そうして意を決すると、一気にそれを喉に流し込む。
 成人未満だからという理由ではなく、不要だからという理由で知らずにいた酒の味は、強烈だった。
 (後で知ったことだが、まーちゃん秘蔵の酒だったらしく、かなり強烈な部類に入るんだとのことだ)
 喉を通り抜ける液体は、すぐに、身体の内側から熱をもたせる。
 くらっと来た頭を一度振り、気を抜けばだぶりそうな正面のを見据え、ソルは、無言で杯を差し出す。
 心配そうな兄弟の視線は感じていたが、睨みつけるのはだけ。
「あんたも飲めよ」
「もちろんですとも」
 にっこり笑って、が、ソルの手から杯をとった。
 代わりに、酒瓶がソルに渡される。
 少しばかり乱暴に注いだ酒は、彼女の手まで濡らしてしまったけれど。
 く、と、喉を鳴らしてはそれを飲み干してみせる。
 そう酒に強いほうではないらしい彼女の頬も、みるみるうちに朱に染まる。月明かりでさえ、それははっきりと判った。
「知ってたんだな」
 疑問符などつけない、それは、問いではなくてただの確認。
 杯を両手で包んだまま、は、にへらと笑っている。
「知ってましたよ」
「よくすっとぼけたもんだ……あんた、実は天然ぶって策士だろう?」
「いや、策士ぶっても天然なんだよ」
 ソルから酒瓶取り上げて、まーちゃんが横から注釈入れた。
 杯なんてモノは出さず、直接口をつけてぐびぐび飲んで。
「ほれ」
 あっという間に空にしたかと思えば、新しい酒を取り出して、呆然と見守っているカシスたちに投げていた。
「っとと……」
 キャッチしたのは、二番目に硬直から解けたカシス。
 続いて投げられた杯も受け取ると、それらを抱えてソルとの傍にやってくる。
「あ……」
「ま、待って」
 妹の行動に、キールとクラレットがあわててそれを追いかけてきた。
 それを横目に眺めて、ソルは、自分の杯を兄弟に渡す。
 まーちゃんがさらに杯と酒を追加し、手酌だろうが対酌だろうがやり放題の量になったのはそれと同時。
 とりあえず酒瓶を傾けて、ソルはクラレットの杯に酒を注ぐ。
 すでに自酌で一杯喉を湿らせたカシスが、キールを担当していた。
「もう一回云ってくれ」
「はいはい?」
 兄弟姉妹がすべてアルコール入ったのを見届けて、ソルはに向き直る。
 自分では睨みつけているつもりだけれど、目の前の少女の表情が変わらず笑みであることを考えると、口の端が持ち上がったような今の顔筋の感覚は間違ってないということか。
「あんたは何を知ってるって?」
 の指が一本立つ。
「あなたたちの家名が、セルボルトだっていうこと」
 二本立つ。
 口を開いたのはまーちゃん。
「テメエらの目的は、魔王を召喚して世界を一旦壊すってぇこと」
 三本立つ。
「――首謀者はセルボルトさんちのお父さん。ちなみに名前までは知りません」
 四本立つ。
「でも、どうしてか、一度目の召喚は失敗して……それに、アヤさんたちが巻き込まれたってこと」
 五本。
「……あなたたちは、そのへんをアヤさんたちに知られたくないってこと」
 全部広げられた指が、そこで一気に曲げられる。
 つまり、拳になる。
「で、あたしたちは、自分からそのへんをアヤさんたちに話す気はありません」
 ぐっ、ぱ。ぐっ、ぱ。
 小さな子供がそうやって遊ぶように、手のひらを閉じて開いて開いて閉じて、は告げる。
 どうして自分達にそれを告げるのか、疑問符を浮かべたソルたちに。
「でも、それとこれとは別にして」

 あたし、こそこそ動くの、本当はすっごく苦手なんです。

 これでも頑張ったほうなんですよ。数週間だけど。
 しみじみつぶやくに、セルボルトさん(複数)は、どう返事を返せばいいのか判らなかった。
 うまいことばも考えも浮かぶ前に、へら、とは笑う。――自棄っぱちにすがすがしく。
「だもんで、カシスさんに話聞かれたのをこれ幸い、当たって砕くことにしました」
 ……当たって砕ける、の、間違いじゃあなかろうか。
 そんな考えがセルボルトさん(複数)の脳裏によぎったが、あいにく、口を動かす元気は彼らになかった。
「・・・は・・・」
 代わりに。
「は……はは」
 ひきつれた、乾いた笑い声が、彼らの口から零れる。
 笑おうとも思ってないのに、どちらかというと、どんな感情を見せればいいのか判らないのに。
 途方に暮れた子供みたいに、笑い声が口から、涙が双眸から、ただ零れた。

 どうして、こんなに、安心してしまうんだ――

 くるくると……
 舞い落ちる、たったひとつの疑問の解は、すぐに出る。

 ……この身の罪を、知る人がいる。

 たったそれだけの、こと。

 一所懸命隠した秘密。
 一所懸命秘めた罪悪。

 一番に贖罪しなければならない相手ではなくとも、……それを、知る人がいた。ただ、それだけの事実。 


 ごめん、と。

 紡ごうとした口は、の手のひらで止められた。
「それは、あたしたちに云うことじゃない」
 間違えないで。
 いつかあなたたちが、自分でそれをあの人たちに告げて。
 ……約束、したんでしょう?
 彼女がどうして、荒野でのそれを知っているのか、深く考えはせず。
 彼らは、何度も頷いた。

 ひとしきり零れつづける涙がようやく落ち着いたのは、もう、月が西に傾き始めた頃。


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