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-ネタばらしは爽やかに-




 ずばーん! と。
 静まり返ったフラットの、奥にある一室の扉を開け放って。
 酒と肴を抱えて登場したの第一声に、深々と物思いに耽っていたセルボルトさん(複数)は、

 ずべっ――ソルが窓枠からコケた。
 ごつん――クラレットが壁に頭を打ち付けた。
 どがしゃっ――キールが椅子からずり落ちた。
 どすん――カシスがベッドから落ちた。

「「「「ッ!!?」」」」

 そしてセルボルトさん(複数)は、電光石火で跳ね起きようとした。
 だけども、彼らが行動を完了するより先に、の背後から音もなく、残像さえ見せずに彼らの前にまわりこんだまーちゃんが、いったいどういうからくりでだろう、4人を一気に抱え上げる――腕を使わずに。
 自分たちの身を包む、ひやりとした黒い何かに、セルボルトさん(複数)は、思わず声をなくしていた。
 悪魔。
 かつて自分たちがこの世界に喚び出そうとした、絶対的な悪意のカタチ。
 それを操る存在が、今、この目の前にいたのだから。



 空間転移、という術がある。
 リィンバウムの人間には決して為しえない、場所から場所へ瞬時に移動する術だ。
 空間の概念が異なる他の界――特に、精神的存在に重きを置くサプレスやシルターンの一部の住人がそれを得意とすることを知るのは、おそらく、この世界の召喚師たちのなかでも高位に位置する一握りの者たちだけだろう。
 そうして、今。
 思いっきし、禁じ手であるはずの空間転移をかまして、人間を一気に5人ほど移動させた、とんでもない悪魔がいる。
 平然とそれで移動させてもらった一人がいる。
 残り4人は、移動させた側でもないし、その一人のように平然ともできなかった。
 普段かぶっている仮面をつけることも忘れ、限界まで目を見開いて、ただ、目の前に立つ主犯と共犯を眺めるばかり。――いや、どちらが主犯でどちらが共犯かというのは、どうでもいい。
 肝心なのは、ただふたつ。
 このふたりが、自分たちの想像のつかない場所で共犯関係にあるということ。
 このふたりは、自分たちの想像のつかない何かの方法で、自分たちの家名を知っているということ。

 そこから導かれる結論は――


 4人は、声の主を見る。 
 いや、見る、という単純な表現ではおっつくまい。
 それは敵意とか、殺意に分類される感情だ。それを乗せた視線だ。
 けれど。
「やめとけ」
 今のテメエらの使える術じゃ、オレにゃ傷ひとつつけられねーよ。
 それ以上に冷たい視線で応えるのは、悪魔。
「物騒ごとはさておいて、お月見しましょう」
 お互い、腹割って。
 何故か、普段と変わらない笑顔で云ってのけるのは、
 一旦口を閉ざして、彼女は4人を見渡す。
 後ろに組んでいた手を、思わせぶりに前に移動させ、はことばの続きを告げた。

「でもって、共犯者になりましょう」

 アヤさんたちの知らないことを知っている点で、あたしたちとあなたたちの立ち位置は、元々近い。
「お酒でも飲んで」
 そう云うの右手には、『魔王殺し』と書かれた、皮肉なほど状況にそぐわない一品。
 左手には、どこから出してきたのやら、スモークチーズやさきイカといった肴の類。
「あたしたちの手持ちは、どうしても明かせないモノ除いて全部出しますから」
「僕たちにも、それをしろと……?」
 そんな提案に、素直に応じられるわけが――
 晴れやかに告げるに対し、戸惑いを隠せないキールのことばは、最後までつむがれはしなかった。
 いっそ見ている方が気が遠くなるほどの清々しさでもって、が、先刻扉を開けたときのように、ずっぱり云い切ってのけたからである。


「セルボルトさんちが魔王喚ぼうとして儀式かまして事故ってアヤさんたち喚び出してその結果そこのセルボルト4兄弟があの人たちの監視のためにもぐりこんだことは判ってます」

 はっはっは。ネタは上がってるんだぜこんちくしょう。


 ――その清々しさがかなりやけっぱちであることを知るのは、この場ではまーちゃんだけであった。


 だけども。
「…………は………………」
 その清々しさに、セルボルトさん(複数)が毒気を抜かれてしまったのは、紛れもない事実。
 必死こいて隠していた家名とか事故の真相とかを、思いっきり爽やかに云い切られれば、さもありなん。
 ……いや、最初に出逢ったときの彼らの話からして、魔王を喚び出そうとしてたのはバレてて当然だと思ってた。
 フラットに来てからも何も云わずにいてくれたことを、ありがたいと思ったことも本当だ。
 ・・・そうか。
 すべてがすべてではないけれど、同じものを、自分たちは、彼らに対して隠していたのか。



 ――最初に感じた奇妙な連帯感は、たぶん、そこからも起因したものだったんだ……


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