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-とおりすがりの○○の味方-




 夢を見た。
 遠く北の地、デグレアで、ルヴァイドたちと笑いあってる、なつかしい現在の夢を見た。

 ――デグレアへ行けば、ルヴァイドがいる。イオスがいる。……ゼルフィルドがいる。
 逢いたいな。
 そう思うけど、逢ってはいけないことも判ってる。
 だって自分の記憶には、“”がデグレアに“来た”記憶も、“”が“来た”記憶もない。

 だから行けないし、行かない。

 第一、行ったら――きっと泣く。



 朝食は、宣言どおり野草のごった煮になった。
 嬉しい予想外として、お魚もプラス。
 スラムのどこぞに捨てられていた鍋を持ち、荒野に出たところ、昨夜は気づかなかった川の存在を発見したのはバルレルだ。
 これはイケルと速攻で釣り竿をつくり、ふたりは野草狩りと魚釣りに勤しんだ。
 どっちがどっちで働いたのかは、とりあえず秘密である。……バルレルの名誉のためにも。


「オマエ、こういう野外料理は手慣れてんだなぁ」

 こんがり焼けた魚をかじりつつ、バルレルがしみじみとそう云った。
 じっくり煮込み、甘ささえにじみ出た野草スープをかっこみつつ、は「へへー」と笑ってみせる。
 早朝から始めた食料調達もひとまず終わり、和やかな朝食の時間である。
「そだねー。あたしもこういうのの方が、つくってて楽しいかなー」
 いかに人間が食べられる味に仕上げるか、っていう工夫のし甲斐があるというか。
 そう云ったら、何故か、
「いや、そりゃ何か間違ってんだろ……」
 と、力なくうなだれる、珍しい魔公子の姿が見れたけど。



 食事が終われば、次にすべきはフラットの見張りだ。
 いそいそとゴミを片付けて、また使うかもしれない鍋持って、ふたりはスラムに戻ってきた。
 道中大通りを抜けて、まだ朝のために少ない通行人からなけなしの情報を集めたところによると、サイジェントのスラムは北東と南西にあるとのこと。
 それぞれ、北スラムと南スラムといわれている。――それくらいは、たちも知識としてなら知っていた。
 あと手に入れた情報といえば、その南北スラムことフラットとオプテュスの対立の話、あと城の位置、ついでに金の派閥の3人兄弟のこと。
「キムラン・マーン、イムラン・マーン、カムラン・マーン……」
「洒落で名前つけたとしか思えねーな」
 街指定のゴミ捨て場に、本日の朝食分のゴミを捨て、鍋を適当なところに置いて。
 晴れて身軽になったふたりは、またしても、フラットのご近所に居座っていた。
 近所といっても、周囲には崩れかけた家や捨てられたゴミの山が散乱するばかり。探せば住人の数名も見つけられるのかもしれないが、近辺に住まう者はいないらしい。
 フラットとオプテュスの対立の巻き添えを避けるためだろうか。あながち、ありえない話でもなさそうだ。

「お、出てきた」
「あ、リプレさんとガゼルさんが一緒だ」

 フラットの方を見ていたバルレルの声に、は周囲を見渡すのをやめ、振り返った。
 ちょうど、一行がぞろぞろと、門から出てきたところである。
 リプレを筆頭に、何故かうんざりした顔のガゼル、それから緊張気味の綾、勇人、籐矢、夏美たち。
 フィズやアルバの元気なお見送りの声も聞こえるが、塀に阻まれて姿は見えない。残念。
「うわー、なんか懐かしいなあ」
「何が?」
「あっちの制服とか。あたしももしかしたら、あんなふうにしてたのかなあって」
「んじゃ、戻ってからでもつくらせろよ」
「……戻れたらね……」
 ちょっぴしへこみ気味な会話しつつも、たちはリプレ一行の尾行を開始した。


 どうやら、目的は買い物らしい。
 リプレの案内でいくつかの店に入った綾たちが、それぞれ生活に必要なものを選んでいるようだ。
 あとはフラットの人々のものと思われる、食事の材料など。……その荷物持ちにガゼル。
 約一名、荷物持ちが不機嫌な以外は、彼らはけっこう和やかに買い物を済ませていた。
 そのあとは街の案内なのだろう、やっぱりリプレが先頭に立って、城や川などに立ち寄っていく。
「意外に元気そうじゃねーか。今日は何もないかもな」
「バノッサさんの襲撃一回目は夜だったって云ってたよね。夕方まで、野盗探しに行く?」
 あたしたちの日銭のためにも。
 そんなことをいいつつ、たちも歩く。
 歩いて――ふと、気がついた。
「バルレル、あれ、もしかしてキールさんじゃない?」
 人込みのなかにちらりと見えた、跳ね気味の黒い髪と白いマントが対照的な、長身の少年。
 綾や勇人たちのように、ぱっと見て判るほど深い付き合いではないけれど、姿かたちくらいは記憶していた。
「へえ? ありゃ、ヤツらをつけてんな」
 自分たちがそうだから、判る。
 手を額にかざしてすがめ見たバルレルのことばどおり、キールはたちの少し前を、リプレたちから一定の距離をおいて歩いていた。
 当然、たちとも一定の距離を保って歩くことになる。
 ここが大通りだから良いものの、閑散とした路地なんかでは、きっと怪しいことこの上あるまい。
「やっぱ、監視って綾姉ちゃんたちのことなんだ……」
「だな」
 頷き、だがよ、と、バルレルはつづける。
「どーせ奴らはアッチ側につくんだろ、心配しなくてもいいんじゃねえか?」
「んー……うん、そだね」
 それじゃあやっぱり、今はだいじょうぶってことで、日銭稼ぎに出る?
 今度は繁華街へ向かおうというのか、方向転換した一行を目で追いながら、は立ち止まる。
 バルレルも立ち止まり、遠ざかる綾たちと、キールを見送って頷いた。
「そーすっか。街中で行き倒れなんてごめんだしな」
「だよねー」
 からからと笑い、ふたりは身を翻す。

 もとい、翻そうとしたときだった。


「ケンカだ――!」
「オプテュスのゴロツキがいるぞっ、からまれたくなかったら逃げろー!」

 そんな、叫び声が、まさに綾たちの向かった繁華街から聞こえてきたのは。

 まさに踏み出そうとしていた足を止め、片足を軸に、とバルレルは180度方向転換。
 即座に全力ダッシュで繁華街へ向かったのだった。




「すみません、どいてください!」
「オラどけジャマだ!」

 たかった人垣をかき分けて、たちはようやくその場を目にすることが出来た。
 目にした瞬間、「げ」「わ」と絶句する。
 そもそも、スポーツとしての格闘ならともかく、一歩間違えば命のやりとりにもなるようなケンカを、あちらの世界の高校生が経験済みのわけがないのだ。
 人数の方はほぼ五分だけれど、オプテュスのゴロツキと思われる見覚えのない男達とまともに刃を交えているのはガゼルだけ。
 腰から小振りのナイフを引き抜いて投げ、的確に相手の急所に突き立てていく姿は、なかなか様になっている。
 綾たちはというと、勇人と籐矢がふたりがかりで一人のゴロツキを抑えこみ、夏美たちが背後からどつき倒すという実に危なっかしい戦法。

 ってゆーかペーパーナイフとか折れた剣とかで戦うな――ッ!

 声に出して叫べない分、手をぎゅっと握り締め、は心のなかだけでそれこそ全力でツッコんだ。
「やべぇな……あいつら全然戦い慣れしてねぇ」
 チ、と小さな舌打ちとともに、バルレルも苦い顔でつぶやく。
 だけど、それは仕方ない。
 デグレアで一から戦い方を教えてもらったと違って、綾たちは何の準備も心構えもなく、戦いの場に引き出されたのだ。
 幾度かの攻撃で破れた制服の端々や、にじむ鮮血が痛々しい。
 ガゼルの奮戦のおかげで、決定的に不利というわけではないけれど、このままではそのうち倒されてしまう。

 そんな予想を裏付けるかのように、少し、また少しと、彼らは追い詰められていった。

 ――そして。
「きゃ……!?」
 とうとう疲れが出たか、綾が大きく体勢を崩した。
「樋口!」
 近くで戦っていた勇人が助け起こそうとするも、間にごろつきの一人が割り込む。
 籐矢と夏美はすでに分断されて、1対1の形で向かい合う相手から、自身を守るのに手一杯だった。
「チッ……」
 バルレルが懐に差し入れた手が、淡く紫に輝く石を引き出す。

 けど、それよりも、が地を蹴るほうが早かった。

「――オイ!」
「ごめん、行く!」

 一足飛びに地を蹴って、は、倒れた綾とそこに短剣を振り下ろそうとしているゴロツキの間に割り込んだ。
 下りてくる刃を持つ手を蹴り上げ、弾き、ゴロツキの手を離れて舞い上がったそれを、持ち主より先に奪いとる。
 空いた手で綾を引き起こし、呆気にとられた勇人に半ば投げつつパス。
「わ、わっ!?」
 咄嗟のそれに驚いた勇人は、当然人ひとりの重量を支えきれず、衝撃に流されてそのまま後ろに倒れる。
 そこに迫っていたゴロツキが一人巻き込まれ、倒れ、頭を打って気絶した。
「な、なんだおまえ!?」
「通りすがりのフラットの味方です!」
 正義の味方、なんて、そんなこと冗談でも云えなくて、はガゼルの問いにそう答えた。そちらの方が、ある意味よほど冗談じみてはいたけれど。
 答える間にも、ごろつきをもう一人、蹴り飛ばす。
 唐突な途中参加に驚いていたごろつきたちは、それを見て、に攻撃を集中しようとした。
 それまで追い詰めていた相手よりも、新手を片付けなければこの場における勝利はないと思ったのだろう。
 それは正しい。

 正しい、が。

「軍人出身を甘く見るな!」

 ――とはさすがに叫べないので、やっぱり心のなかだけで思うであった。
 そういう意味では、びみょーにフラストレーションが溜まり気味な今日この頃。
 結局傍観することになったバルレルが、後になって曰く、
「テメエのストレス解消は、昼寝より戦闘だな」
 とかなんとか、しみじみつぶやくことになったほどの戦い振りだったらしい。



 ――赤い髪が、視界を占領する。
 それを束ねる白の髪飾りが、陽光を反射して輝く。
 こちらの無事を確認しているのか、時折心配そうに向けられる双眸は、息を飲むほど深い緑。
「……強ェ」
 いつの間にか、オプテュスのごろつきども対その少女、という構図になってしまった戦いを見、ガゼルは知らず、つぶやいていた。
 それから、傷を負っていた彼らのことを思い出し、そちらに歩み寄る。
 ・・・召喚師なんて大嫌いだけど、彼らは違うと云うのだし、今もこうして一緒に戦った。
 それに、今は。
 そんなしこりを吹き飛ばすほど、鮮やかな、赤い色が心を占める。
 ガゼル以上に呆然として戦いを見守る4人に、ファーストエイドを放り投げた。
「あ……」
「使えよ」
 そっけなく、それだけ告げて、また戦いに目を戻す。



 ――勝負は最初からついていた。


 少女が手にするのは、ごろつきからたった今奪った短剣一本。
 だのにそれは、ずっと使ってきた武器のように、自然にその手に馴染んでいるように思えた。
 剣道部である自分だからこそ、そう思えたのだろうか。だとしたら、そういう部活動を選んでいた自分を少し誉めてやりたい。
 スポーツとはいえ、剣というものを扱うことがあったから、少女がどれだけ戦闘に長けているか、多少なりと察することが出来たのかもしれないから。
 籐矢は、ゆっくりと、唾を飲み込む。
 思っていたより大きく響いた音に、自分でも驚いた。

 ――赤い髪は、なおも、舞う。

 ――深い緑が、見開かれた。

「後ろ!」

「!?」

 叫ぶように放たれた少女の声に、考える間もなく、彼らの身体は動いた。
 突き飛ばされたような勢いで振り返り――剣を腰だめに構えて突進してきたごろつきの姿を、視界におさめる。
 さっき、勇人が倒れこんだときに巻き込まれ、気を失っていたはずの男だ。
「――うわ……ッ!」
 突進する男の目の前にいた勇人が、その場に立ちすくむ。
 さっきまでの、自分たちを弄っていた遊びのようなそれとは違う、ごろつきの殺気。
 加勢が入ったことで優勢を覆された怒り、それに汚されたメンツへの憤り? どちらにしても、こちら側にしてみれば理不尽な云い分だ。
 頭は冷静にそう分析する。

 けれど。

 ここまで明確な殺気を向けられ、即座に動けるような、そんな人間は彼らのうちの誰にもいなかった。

 凶刃が迫る。
 誰か一人は確実に血に染まることを見越したか、ごろつきの顔が狂気さえ含んだ笑みに歪む。
 それがますます、彼らをその場に縫い付ける結果になる。
「避けろ、おまえら!!」
 視界の端。
 ガゼルが叫んで、かばおうというのか、ナイフを構えて飛び込もうとしている。
 でも、少し間に合わない。

 間に合わ――


「諦めるな!!」


 声がした。
 自分たちじゃない。
 ガゼルじゃない。

 その声は。――数多の修羅場を抜けてきた、その声が。

 彼らの心を、奮わせた。



 “諦めるな”

 ドクン

 “諦めれば”

 ド ク ン

 “命が潰える”

 ドクン ドクン ドクン――


 “命果てたくなければ”



 “戦え!”




         ド      ン







「……え……?」

 呆然と。
 勇人が、籐矢が。綾が、夏美が。
 目の前のごろつきを、見た。
 その凶刃が勇人に届くまで、もう人間ひとり分ほどの距離もなくなった瞬間。
 迸った、光の残滓を、見た。

 予想もしなかった衝撃に、ごろつきはそのまま声もなく、人垣の中に吹っ飛ばされる。
 巻き添えを食いたくないのか、その方向にいた人々が慌てて避けた。
 そして。
 すべての人々の視線が、たった今窮地を脱出した、4人の少年少女に集中する。
 ざわめきは、始めは小さく。徐々に大きく。
 口々につむがれるたくさんのことばは、まるで巨大な動物が唸っているよう。それほどまでに、彼らが人々に与えた衝撃は大きかったのだ。
「……今の……」
 勇人が、震える声でことばをつむぐ。
 あとを続けるのは夏美。
「何……?」
 ひかり。
 ほとばしったひかり。

 自分たちの内から、まるで外敵を退けんとばかりに、噴出したひかり。ちから。

 これは 何?

 知らないよ。
 俺たちは、私たちは、こんなもの、知らないよ。

 どうして、こんなことが出来るの?
 どうして、こんなものを持ってるの?
 どうして――

「おい!」
「あ……ガゼル……?」

 どん、と、ガゼルが籐矢の背中をどついていた。
 苦々しい、けれども少しだけ安堵したような表情で。
「とっととずらかるぞ!」
 籐矢の意識が覚醒したのをたしかめると、次に勇人の後頭部を殴り、夏美と綾の手を引っ張って立たせ、走り出す。
「ま、待ってください!」
「なんだよ! 買い物の荷物なら、リプレに預けたろ!?」
「そうじゃないよ! さっきの女の子――」
 人垣に突進しようとしていたガゼル、そして籐矢と勇人が、綾と夏美の声に動きを止めた。

 だけど。

「いない……?」

 振り返った彼らの口から、異口同音にそれはこぼれる。
 遠巻きにガゼルたちを眺める人々のなかには、さっきの赤も、白も、緑も、見当たらなかった。
 まるで白昼夢でも見ていたような気分になった一行のなか、真っ先に我を取り戻したのはガゼルで。
「縁がありゃどっかで逢うだろ! 礼はそのときに云えよ!」
 そう云い、今度こそ全員を引き連れて、その場を後にしたのである。



「……縁がありゃ、ね……」

 とある一人の横を通り過ぎたとき、そんな小さな小さなつぶやきが降ってきたけれど、あいにく、誰の耳にも届くことはなかったのだった。


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