大成功のうちに終わった催しの名残も消えぬうちに、たちはフラットに駆け戻った。
「リっプレさーん!」
大量大量ー!
「ですのー!」
のかついだ袋のなかと、脱いだままのモナティの帽子のなかには、最終的に手に入れたおひねり、約56000バームが入っている。
じゃらっ! と勢いよくテーブルにそれをぶちまけると、さしものリプレもガゼルも一瞬絶句した。
「うわすげっ!」
「すごい……これなら、しばらく生活費の心配しなくてよさそうだわ」
あ、念のために税金分でいくらかは取り分けておくとして。
即座に思考がそう動くあたり、さすが家計を預かる主婦。
「おつかれさまー。ほんと大量だね」
これだけあれば、もしかして、眺めてるだけだったアレとかソレとか買えるかなあ。
足音と騒ぎで、たちの帰宅に気づいたんだろう。
自室から出てきたナツミが、女の子らしくそんなことを云う。
商店街にアヤやカシス、リプレに子供たちとよく買い物に出かけては、ウィンドウショッピングに余念がないからこその発言かもしれない。
リィンバウムの品物は名も無き世界で見ないものばかりで――当然といえば当然なのだけど――物珍しさ、満点だからだ。
いつか見かけた黒曜石の指輪なぞ、怒涛の勢いで野盗叩きのめして現金を稼いだ思い出もあるそうだ。……野盗哀れ。が云えた義理ではないが。
「とんでもねえな、あんたら」
「うわローカスさん、いたんですか」
「いちゃ悪いか」
悪くないけど、子供部屋から自然に出てきたあたりがどうかなって思います。
「義賊のみんなの話聞かせてもらってたんだよ!」
彼の後ろから、アルバがひょっこり頭を覗かせた。
「まったく、うっとうしいったらありゃしねえ。話すまで出さねえとか云いやがるし」
「でも、すっげえ楽しかった! 今捕まってるけど、やっぱかっこいいよ!」
「――そうか。そりゃどうも」
苦い記憶もあるだろうに、無邪気なアルバのことばを聞いて、ローカスは苦笑と共にそう答えている。
もしかしてこの人、意外に子供とかには優しいんじゃなかろーか。
初対面のときだって、野盗撲滅キャンペーンするほどお金に困ってると思ったらしく、何かあったらオレを探せとまで云ってくれてたし。
とか思ってると、
「うわ、壮観!」
「小銭もそんなにあると、重かったんじゃないか?」
「みなさん、おつかれさまです」
ナツミに遅れることしばし、ハヤトとアヤとトウヤが食堂にやってきた。
4人で部屋にこもってたらしく、何をやってたのかと問えば、
「あ、今日は久しぶりに、一日かきかたの勉強してたんだ。キールたちに教えてもらってさ」
お子様向けにやさしい字で書かれた『かきかたの本』を持ったままのハヤトが、それを目の前に示して答える。
訂正。
8人で部屋にこもってたのか、あんたら。
そうしてそのとおり、わらわらと部屋から――キールとクラレットだけが出てきた。
「あれ? ソルさんとカシスさんは?」
一緒じゃないんですか?
「あ、ソルとカシスなら……」
「ここにいるぜ」
答えようとしたクラレットのことばを遮って、ソルの声が響いた。――たちの入ってきたほうから。
「ちょっと、とあるモノを見物してたの」
「とあるモノですの?」
含み笑いしつつカシスが云って、モナティが首をかしげる。
「――どっかの赤い髪の女の子と男の子の、丁丁発止のやりとりをね?」
そんな彼女と、ついでに周囲のたちを示して、カシスの笑みが深くなる。
……ってことは。
「うわ見てたんですか!?」
「ああ、ちょうど通りかかって……、なんでしゃがみこんでるんだ?」
「えぇー? ソルたち見に行ったの!? ずるい!」
「え? なんで? 見に行けばよかったじゃない」
「それが、たち、恥ずかしいから見に来るなってうるさかったのよ」
顔真っ赤にしてしゃがみこんだ。
それを不思議そうに見下ろすソル。
声をあげるナツミに、きょとんと返すカシス。
そうして、すべての仕掛け人でありながら、口にしたその事情により、見物には行かなかったリプレ。
喧々轟々のやりとりが繰り広げられるなか、ぽん、とトウヤが手を打った。
「そうか。そういえば、ソルもカシスも朝からいなかったな」
今朝方出た大道芸の案も、たちの“見に来るな”も、知らなくて当然か。
「あ……そうだったっけ?」
もう、ソルやらカシスやらキールやらクラレットやらが、何かにつけてふらりとどこかに出かけることに、すっかり慣れてしまったぽいハヤトのことば。
もっとも、それに関しては、フラット一同似たようなものだ。
増えつづける居候の動向に、あれこれ目を光らせてもいられないのが、元々の住人であるリプレやガゼルたちの本音だろう。
――それに。
なんだかんだ云って、それなりの期間同居を決め込んでいるのだ。
全部が全部じゃないけれど、気の置けない仲になってきた、ってコトでもあるんじゃなかろうか。うん。
「どうでした? ちゃんたちのお披露目」
やっぱり気になっていたのか、アヤがつつつとカシスに近寄った。
口元に手を当てて小声を演出してるつもりらしいけど、そんな、本人達の目の前でやるか?
「うん! すっごいかっこよかったよ!」
対するカシスに至っては、笑顔全開、両手を広げるというパフォーマンスつきで感想を述べてくださる始末。
「…………どんなこと、してたの?」
「そうよ! おかげであたしたち、一日外に出れなかったんだから、訊く権利はあるわ!」
フィズの云うとおり。
万一とおりかかられたら泣く、という、主にの必死の願いで、フラットの皆さん、お仕事持ちの方々を覗いて本日おこもりと相成ったのだ。
ソルとカシスのお陰で、それ、台無しになったけどネ。
「そんなにすごかったの?」
発案者のリプレが、少し首をかしげて話に加わる。
「ああ。相手に触れずに攻撃を出し合うなんて、なかなかできることじゃないと思うぜ」
「実際見たら判るよ。なんかもう、あたしたち、思わず飲まれちゃったもん」
「ふーん、そういうものなんだ」
「当たり前だろーが。攻撃なんて、相手に当てるのが本当なんだぞ」
それを、いくら観客ウケさせたいからって、当てないようにやり合わそうなんて、実際戦ったことある奴なら云わねえよ。
「でも、面白そうだって云ったのは、とジンガじゃない」
「……いや、出来れば頻繁にやりたいものじゃないデス」
「俺っちも疲れた。やっぱ、ドカバキやって解決するほうが早くていい」
それもどうかと思うがな、格闘少年。
横から口を出したガゼルの頬を引っ張っていたリプレだけれど、しみじみとしたふたりのことばに、ぱっとその手を放して。
「そう? それじゃ、ちょっと早いけど夕飯の支度にしましょうか」
くるくると腕をまくりつつ、頼もしいおことば。
「疲れてるだろうから、たちは休んでていいわよ」
しかも、嬉しいおことば付き。
その代わり、
「あ、みんなは一日家にいたから、暇だったわよね?」
一部で悲鳴のあがる、そんな地獄の宣言も最後についてきたのだけれど。