「そこまでよっ!」
兵士達が地を蹴ろうとした刹那を見計らい、は、だぁんと木箱に片足ついて、腰に手を当て兵士達を指差して、勢いつけて立ち上がる。
全員の視線が、に集中した。……なんか快感。(ちょっと待てテメエ:バルレル談)
「あー! !」
ぱ、とナツミが表情を輝かせてその名を呼ばわった。
結構距離が離れているけれど、今度はこちらに届かせようとしての声だから、ちゃんとにも聞こえる。
「さっすが“とおりすがりのフラットの味方”っ! ナイスタイミング!」
ビシィと親指立てるのはハヤト……って待て。それをここで云うな。
の代わりに額を押さえたのは、アヤである。
「ハヤトくん……出現のタイミングはともかく、なんでここにいるのかは疑問に思わないんですか?」
「フラットの味方さん……ですの?」
真ん中で守られていたモナティが、ぱちくりと目をまたたかせてつぶやいた。
売られる哀しさより驚きの方が勝ったのか、溜まっていた涙が少し退いている。……いや、それは嬉しいけど、なんか複雑。
その間に、は山積みの道具と床を走って跳んで飛び越えて、彼らの元へ走り込む。
めんどくさげに後ろからついてくるバルレルの気配も、ちゃんと確認しながら。
「ということは、超人さんですのねっ!」
「違ッ!」
「ああ。彼女はハヤト曰く“スーパーウーマン”だからな」
「肯定しないでトウヤさん!」
てゆーか勇人兄ちゃん、元の時間に帰ったら本気で覚えてろ。
「新手ですか……」
云いようのない衝動に震えるを見て、金色男がつぶやいた。
どうやら召喚師らしく、杖を持っていない側の手で、ふぁさと髪をかきあげて、
「お嬢さん、何を誤解なさっているのか知りませんが、私は怪しいものではありません。契約を履行しようとしたところ、ジャマをされたので、不本意ながら力ずくでお願いをきいていただくところ――」
「背後関係はどうでもいいです。あたしが判るのは、嫌がるその子をあなたが無理矢理つれていこうとしてるってことだけ」
口上をみなまで聞くことなく、はにっこり微笑み、きっぱりはっきり云ってのける。
「ついでに云うと、あたしはこの人たちの護衛をするのが役目なので。そちらの事情はどーでもいいです」
「わぁいっ、フラットの味方さん、かっこいいですのー!」
「きゅー!」
「くっ……彼女のハートをがっちりキャッチするとは! こうなれば容赦はしませんよ!」
「……妙なトコロで敵対心燃やされてんな、テメエ」
ひときわまったり歩いてきたバルレルが、ようやく追いついてそうつぶやいた。
って。君、もしかして、参加する気か?
「おう。まァ、こんなヤツらはコイツでじゅーぶん」
の引っ張り込むリィンバウムの力という目途がついたせいか、バルレル、久々に戦闘意欲満々である。
適当な木箱を蹴り倒し、衝撃で蓋の開いたそれから、たぶんデモンストレーションか何かに使うんだろう穂先の潰された槍を引っ張り出すと、ニヤリと笑ってそう云った。
その、人を舐めくさった態度に拍手したもの5名と一匹、そうですかと呆れたもの1名、激昂したもの他全員。
女子供の集団と侮っていた空気が一変し、しばき倒すぞガキども、としか形容できない雰囲気が漂いだす。
「ふっ……末弟とはいえ一級の召喚師たるこの私、華麗なるカムラン・マーンの名に誓って、制裁をくだしてあげましょう!」
「あァ!?」
「マーン!?」
どことなくナルシーなかほり漂う名乗りに、とバルレルは、踏み出そうとしていた足を盛大に滑らせた。
――マーン三兄弟には気をつけてくださいね。
そう教えてくれたカノンのセリフが、期せず、同時にふたりの脳裏に去来した。
あ、いや、でも。
今は一応ソルたちの護衛獣って立場があるし。
余計なコトせず、肉弾戦でやればいいんだよ。うん。
と、自己完結したとき。
ふたりの驚きをマーン家の著名故とでも思ったのか、なんとなし勝ち誇った表情で、カムランが召喚術を発動させていた。
「今さら後悔しても遅いですよ!」
このかわいらしいレビットのハートをキャッチするのは、私です!
「……なんかレイムさん入ってる気がする、あの人……」
「云うな、胸くそ悪ィ」
そんな会話を声もなくするふたりの横で、
「いや、それムリ」
ぱたぱたとハヤトが手を振ってカムランに突っ込むが、術の詠唱に入った彼には届かない。
ほとばしる、紫の光――サプレスに由来する召喚術!
それを戦端とし、兵士たちも怒りの混じった空気のまま、一行に向けて迫り来る!
肉迫するそれらを迎え撃つため、ハヤトたち、たちもそれぞれ構えをとり――
それに気づいたのは、意外にもモナティだった。
「メイトルパの力がありますのっ!」
「へ!?」
カムラン操るサプレスの召喚術にしか注意していなかった一行は、それを耳にした瞬間、あわてて視線をめぐらせる。
そして見つける。
紫の光に半ばかき消されていたけれど、兵士たちの向こう側で、たしかに展開されてる若草色の光。
しかも、発動はこちらのほうが早い!
「誓約に応え、出でよペトラミ――」
が。
ペトラミア、の、ア、まで、彼が呪を紡ぐことは出来なかった。
「ガウム、行くですのー!」
「きゅきゅーっ!」
サーカスでの演し物よろしく、ボール状に身体を丸めたガウムを、モナティが両手でもって頭上に振りかぶる。
ぼよーん。
実に気の抜ける、だけど衝撃を感じさせる音が響いた。
「げふぅッ!?」
「おおっ! モナティ選手、ナイスコントロ――ルッ! 見事顔面にヒットしました、鼻血出てます、これは情けないぞ名も無き召喚兵ッ!」
即座に剣を持ち替え柄を口に向け、唐突にさん、エセ実況者。
ああ、なんか、いつだったかゼラムの片隅で似たようなことをやった記憶が……
どーでもいい既視感をさらに倍増させるかのように、バルレルが、翼を大きく羽ばたかせた。
そうそう、実況してたらバルレルが空から降ってきて――
「わああっ!?」
「うわー!」
さすがにそう、同じことは起きないか。
バルレルが翼を羽ばたかせたのは飛び上がるためでなく、風圧と、それにさりげなく潜ませた魔力波で、迫る兵士達にたたらを踏ませるため。
良い意味で目論見を外れ、転がる者まで出る始末。情けないぞあんたら。
「くぅッ!?」
そうして。
戦いの中心から外れた場所にいたはずのカムランまで、詠唱を中断してよろめいていた。
ほんとに体力ないなあ、召喚師。
だけど、こっちを害しようとしてる相手に、それ以上の同情を向けるつもりはない。
やんごとなき事情ってんならともかくも、当人の意思を無視して売買契約結んだ挙句に拒否されたからって実力行使に出るような奴に、遠慮する気もない。
それは、ハヤトたちもたぶん同じ。
完全に浮き足立ち、包囲が崩れたのを見てとったハヤトとは、期せずして、同時に拳を持ち上げた。
「行くぞ、みんな!」「総員突撃ー!」
「すごいですの、みなさんヒーローさんですのー!」
……無邪気によろこぶモナティのことばは、とりあえず、黙殺するとして。
半ば一方的などつき倒し大会が開催されたのは、ふたりの号令の一瞬後であった。