サーカスの名残か、いつになく人通りの多い道を、前を歩く4人を見失わないように付かず離れず追いかけていくのは、意外と骨が折れた。
それでも途中からある程度楽になったのは、おおよそ行き先の見当がついたからだ。
南スラムを抜け、商店街を抜けて歩くハヤトたちの目的地は、たぶん、あのサーカスだろう。
まかりまちがっても、童心に返って市民広場で遊ぼうというわけではないと思う。思うったら思いたい。
だが。
目的地がわかっても、そもそもの目的は判らない。
まさか、二度も見に行くほどサーカスを気に入ったとは思えないし。
首をひねるたちには気づかず、4人はサーカスの設置されている広場にとうとう辿り着いた。
ナイトパレードの準備をしている横を素通り、ついでに昼間通ったテントの入り口も素通り――
「?」
どうやら、彼らの向かう先はテントの裏っ側らしい。
使い終わったセットやら、小道具やら、猛獣入りの檻やらの横をすり抜けた先で、ようやく、4人は足を止めた。
「あ」
「――あー」
そこでようやく、とバルレルは得心。
ハヤトたちの目の前に立ってるのは、どうやらパレードの道具を箱から出そうとしていたと思われる、小柄な少女。それにちっちゃな動物。
そっかそっか。
そういえば、サーカスが縁でサイジェントに来て出逢ったとかなんとか。
別の世界から来た、って彼女の紹介を気にしてはいたけど、そっか、そういうことだったんだ。
唐突な客人に驚いたらしい少女と一匹――ええい、めんどくさい。モナティとガウムは、きょとんと彼らを見上げていた。
よほど人懐っこいのか、ハヤトたちと一言二言交わすうちに、すぐ笑顔になってる。
話の内容はいまいち聞こえないけれど、手を大きく広げたり、ガウムがぽんぽん跳ねていたり、なんとなく楽しそうなのは伺えた。
「やっぱ、元々はメイトルパから喚ばれたらしいな」
超絶的な聴力を誇るバルレルが、向こうに聞こえない程度の声でに囁く。
「最初の召喚主が死んで、途方に暮れてたトコロをこのサーカスに拾われたんだとよ」
はぐれになったヤツの末路にしちゃ、まともな方かもな。
バルレルがそうごちるのも、なんとなく判る。
のいた時間では、もう屈託無く笑ってるユエルのことを、そのことばで思い出した。
「……召喚師の責任……か」
常にネスティが口やかましく告げるそれを、今さらながらに思う。
同時に、召喚術の繁栄する傍らで、けして廃れることのない――すでに召喚術の儀式の一手順と化した送還術のことを。
「しっかしあのタヌキ、今の生活が辛いってんじゃなさそうだぜ。なんでフラットに拾われる羽目になったんだ?」
「タヌキって……」
バルレルが首をかしげる理由よりも、そのなかの単語のせいで脱力したを、誰が責められようか。
というか、リィンバウムにもタヌキがいたのか。それは初耳だ。
冬場にはタヌキ鍋なんかいいかもしれない。……デグレア時代に味わってみたかった。
って、それはどうでもいいから。
どんどんわけの判らない方向に走る思考を放棄して、も、バルレルと同じく首をかしげた。
「そうだよね。別に無理して明るくしてる、ってワケでもなさそう」
極々普通の聴力であるには、彼らの話し声は変わらず聞こえない。
ただ、遠目に見えるモナティの笑顔と、その傍で跳ねるガウムは、至極楽しげで――
「……ん?」
たちの反対側――ハヤトたちの向かいから、近づく気配がふたつ。
積み上げられた道具の陰に隠れているからまず見つからないだろうけど、念のためとばかり、とバルレルは身体をさらにちぢこませる。
かろうじて頭半分だけ箱の陰から揃って出して、
「――うあ。」
「げっ……」
やってきた気配の主たちのおもに片方を見て、思わず絶句してしまったのである。
まず、絶句の対象にならなかった男に、の方は見覚えがあった。
真っ黒いシルクハット、ちょび髭、それに蝶ネクタイ、タキシード、もとい燕尾服。が唯一目にしたフィナーレにも出てた、このサーカス一座の団長だ。
で、その隣。
黒めの色彩で統一された団長と対照的に、きらびやかと云えば聞こえがいいのかもしれないが、きんきらきんとしか形容できない格好の金髪の男性。これが絶句の原因。
今時赤と黄色のちょうちん袖ぽい服かよ、とか。
なんでそんな、しゃなりしゃなりと歩くんだよ、とか。
ちょっと道具から埃が落ちてきただけで、いちいちハンカチ口に当てるなよ、とか。
実にツッコミどころ、多数。
だが、服装のセンスとか行動とかはともかく、なんだか上流階級っぽい印象を受けることは否めない。
……それとも、サイジェントの上流階級の人ってのは、あんな人がデフォルトなのか?
「オイ。なんか揉めてるぞ」
立ち直ることより先、といってもほんの数秒。
繰り広げられるやりとりを耳にしたらしいバルレルが、眉根を寄せてにそう告げた。
「え?」
ちょっとくらくらしていた頭をそれで覚醒させ、も改めて視線を戻す。
……なるほど、たしかに揉めてる。
団長と、連れ立ってきた金色男は、どうやらモナティに用があったらしい。
別にそれはいいのだが、何やらモナティ、それを嫌がっている様子。ハヤトたちも、なんだか団長たちにくってかかってる。
「あの金色が、タヌキを買うんだと。もう売約済みだとよ」
役立たずには用はねえとさ。
チ、と舌打ちして、バルレル、通訳再開。
「もしかして……嫌がってる?」
「見りゃ判るだろ」
「だよねえ……」
首を振って嫌がっているモナティの腕を引っ張ろうとした金色男の腹に、ボールになったガウムが激突。
あれよあれよという間に、いったいどこに潜ませていたのか。
たぶん、身分故の特権なのだろうが、金色男の護衛と思われる兵士の集団が、どこからともなく現れる。
人数差でいえば、明らかにハヤトたちのほうが数で負けていた。
『力』を使えば切り抜けられるかもしれないが、彼らにそうする気はなさそうだ。
護身用の意味もあったのだろう、携えていた武器をそれぞれ手にして臨戦体勢。
……ちなみに、団長は、暴力沙汰になると悟った瞬間逃げ出していた。根性のない男である。
そうして、ハヤトたちを包囲するように展開した兵士たちは、じわじわと輪を縮めていく。いかに4人で四方を守ろうと、八方からこられては防げるものじゃあるまい。
さて、こうなると。
護衛獣としましては、どうするのが妥当でしょうか。
――考えるまでもありません。