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-サプレス講座後Gotoサーカス-




 結論として、ハヤトたちは実に精彩に欠ける数日間を過ごすこととなった。
 それでもどん底まで落ち込んだりしなかったのは、ソルたち曰くのお節介とか、ローカスが何気に薪割りなんかしてたりしたのもあるんだろう。
 あとはもう、自分で気持ちに折り合いをつけてもらうしかない。
 フラットの一同はそう結論を出し、表面上はとりあえず、いつもの日常が戻ってきていたのである。

 それが再び崩れたのは、その日の朝。
 朝食後、リプレがハヤトたち4人を呼び寄せて。
「――はいこれ」
 ぽん、と、彼らの手のひらに、何かの紙切れを乗せたことに端を発する。


 何の説明もなく渡されたそれを見る4人の頭上には、当然疑問符が浮かんだ。
「……サーカス?」
 ハヤトが紙切れに書かれた文字を読み上げたものの、疑問符は消えるどこか増えるばかり。
 よくよく見れば、文字の他にも印刷だとか透かし加工だとかで空中ブランコや玉乗り、ジャグラー、綱渡りなんかのイラストも。
 裏を返してみると、こちらには開催場所が黒字でくっきり印刷されていた。
 ――“サイジェント”と。
「この間買い物に行ったときにね、知り合いからもらったのよ」
 そんな4人をおかしそうに眺めて、リプレがそう云った。
「そのチケット1枚で、ふたり入れるの」
 フィズとアルバとラミを、そこにつれていってあげてくれない? あの子たちもやっぱり、こういうの好きだから。
 残った一人分は、誰か適当に選んでもいいし、7人で行くことにしてもいいわよ。

 おそらく、沈んでいた自分たちを気遣ってのことだろうリプレの心遣いに、ハヤトたちは顔を見合わせ、それを快諾したのである。


 それはいいが、さて、残る1人は誰にしようか。
 適当に暇そうな人を探してみよう、と、4人はフラット内をうろついてみることにした。
 サーカスの開演時間までには、まだ余裕がある。
 一周してもう一周しても、身支度まで入れておつりがくるほどだ。
 ……だけど。
 今日に限って、人がいない。
 リプレに捕まってる間に、みんな、自分たちの用事で出かけてしまったらしい。
 エドスとジンガは石切り場で肉体労働。
 レイドは剣術道場。
 んでもってガゼルは中庭で薪割り……いや、誘ってみたんだけど、「そんなガキくさいもんいけるか」と一蹴されてしまった。
 ならばソルたちはどうだと思ったが、訪ねてみた部屋はすっからかん。
 スウォンを誘いにガレフの森に行くには、ちょっとばかし難しい。っていうか彼の住んでる家が森のどこにあるかを知らない時点で、無理。
 さてどうするかと首をかしげた一行だが、ふと。
 朝食以来まだ見かけていないコンビ一組に、そこでようやく思い至った。
「おーい、リプレ」
 台所で食器を洗っていたリプレは、ハヤトの声に、飛び交うシャボン玉のなか振り返る。
「何?」
とまーちゃん、どこに行ったか聞いてる?」
 と、問うのはナツミ。
「あれ? いないの?」
 別にどこに行くとは云ってなかったと思うけど――
 頬に泡がつくのも気にせず、指を当てて答えるリプレのことばに、「そうですか」と、ちょっぴり落胆した様子のアヤだったけど。
「いや、帰ってきたみたいだ」
 玄関で、扉が開く音を聞きつけたトウヤが、耳に手を当ててそう云った。


「サーカス?」
「パス」
 4人の走っていった玄関には、トウヤのことばどおりとまーちゃんがいた。
 なんで扉の開いた音だけで、誰が帰ってきたのか判ったんだろうとかいう凡人的疑問はさておいても、
「……なんでアルバまで一緒なの?」
 「サーカス行く?」との第一声のあと、ふたりの返答までもらっておいて訊くのもなんとなく間抜けだが、気になったんだからしょうがない。
 並んで立つとまーちゃんの間には、それこそまるで親子図のごとく、ちょこんと立つアルバの姿。
 そのアルバは、ナツミのことばに、へへ、と頬を染めて笑う。
「ちょっと、相談に乗ってもらったんだ」
「相談?」
「あー、なんだかですね。ここんとこアルバ君が、通ってる剣術道場に行きたがらない、って、レイドさんが気にしてたんです」
「で、コイツが首突っ込んだってワケだ」
 ほっときゃいいのによ、と、付け加えてまーちゃん。
 とか云いつつ、なんだかんだでに同伴してるあたり、ただの憎まれ口にしか聞こえないんだけどね。
「うん。おいら、ねえちゃんに聞いてもらってすっきりした!」
 を見上げるアルバの表情は、それこそ雲のない晴天のよう。
 なるほど、リプレがサーカスチケットをゲットしてきたのには、こんな背景もあったのかもしれない。
 子供たち3人は仲がよくて。ケンカもするけどそれにも増して仲良しで。
 そんななかでアルバが沈んだら、フィズもラミも意気消沈してしまう。兄弟みたいに育ってるんだから、それは当然なんだけど。
 ただでさえ、自分たちがどんよりしてた数日間。
 ある意味清涼剤である子供たちまで沈んでしまったら、それこそずんどこ、もといどん底。
「そうなんだ。良かったな、アルバ」
「うん!」
「良かったついでなんだけど、今日サーカスがあるんだ。行くよな?」
 ハヤトのことばに、ぱ、とアルバの表情が輝いた。
 さっきまでのが晴天なら、今のそれはピーカン真っ青青天の霹靂……ちょっと違うか。
「サーカスっ!?」
 行く行く行く!!
 大好物のホネだかなんだかを目の前にした犬みたいな、そんな様相で。
 意味もなく両手をぶんぶん振り回し、アルバはその場で飛び跳ねる。
「じゃ、用意しておいでよ。フィズとラミも、もうしたくしてるよ」
「うん!」
 ばたばたばた……と、足音がだんだん遠ざかっていく。
 途中、「静かになさい!」とリプレの一喝があり、直後ぴったりやんだ足音は、走行から歩行に変わる。
 アヤたちは顔を見合わせて、思わず小さくふきだしていた。
 そうして、がちょっと首をかしげてまーちゃんを見上げる。
「サーカスだって」
 行く?
「だから、パス」
 なんでオレが、そんなノー天気な場所行かなきゃいけねーんだよ。
 答えるまーちゃんの表情は、さっき中庭でお伺いを立てたガゼルのものと似ていた。
 そこに、チケットをひらひらさせつつハヤトが割り込む。
「あー、ごめん。実はさ、チケット4枚、1枚でふたり。俺たち4人とアルバたち3人で、あと1人分しか枠余ってないんだ」
 だから、悪いけど、かまーちゃんかどっちか、って思ってたんだけど。
「悪くねーだろ」
 即座にまーちゃんはそう告げる。
「オレが行かねえ、コイツが行く。それで1人分うまるじゃねーか」
「一緒じゃなくても、いいんですか?」
 そう問うのは、アヤだ。
 自分たちが何かと4人でいることが多いみたいに、ソルたちがなんとなく固まっているように。
 ――いや、フラットの人たちともあれこれと交流はしてるけど。
 やっぱりなんとなく、そんな感じになることが多いのだ。
 そんなふうに、とまーちゃんも、ふたり1セットで見かけることが多いから。
 だから、そんな問いが出たのだけど。
「なんでだ」
「どうして?」
 きょとーん。と。
 とまーちゃんはふたり揃って目を丸くして、アヤを見返した。
 それから、ああ、と、が手のひらを合わせる。
「護衛獣同士だからって、四六時中一緒にいる必要ないんですよ。そもそも、ソルさんたちだって、あたしたち置いてまーたどっかに行ってますしね」
 さりげなく、置いていかれた恨みがこもっているように思えるのは、ソルたちとたちの微妙な関係を、ハヤトたちが知らない故なのだが。
「そういうこった。行くなら行ってこい、オレは寝る」
「……まーちゃん、オヤジみたいだよ」
「うるせぇ。いくらサプレスの霊気がこの辺濃くたって、昼日中にうろちょろすんのは消耗がでかいんだ」
 だから昼は寝る。つーか寝せろ。
 ガキどもも一緒にいなくなるってんなら、これほどありがたい環境はねえ。
「え?」
「サプレスの霊気?」
 なんでそんなもんが、まーちゃんの健康に関係するのか。
 今度は、ハヤトたち全員の頭上に疑問符が浮かぶ。
 それは――、そう、が説明するより先に、
「サプレスの住人っていうのは、精神生命体なんだよ」
 ひょっこりと。
 まだ開いたままだった玄関から、どこぞに行って戻ってきたらしいカシスがそう云った。彼女につづいて、ソルとキールとクラレットの姿も見える。
「あー、どこ行ってたんですか、護衛獣置いてー」
 わざとらし、と、まーちゃんがため息混じりにつぶやいたことばは、幸い、誰にも聞こえなかった。
 キールが苦笑して、に応じている。
「別に、君たちの手を煩わせるようなものでもないと思ったんだよ」
「それより、なんでいきなりサプレスの霊気がどうのこうのって話になってたの?」
 そそくさと。
 キールのことばの語尾にかぶせて、カシスがそう云った。
 心持ち早口なのは、あんまり、行き先とやらに触れてほしくないからだろうか。
 ハヤトとトウヤ、アヤとナツミは顔を見合わせて、ちょっと複雑な表情になる。
 ――荒野で。
 とまーちゃんにも内緒で行った、あの荒野で。
 隠し事をしててもいい、帰してくれるって信じる、って。たしかに自分たちは云ったけど。
 やっぱり、どうしても、それは気になってしまうから。
 4人の胸中には気づかず、が、つとまーちゃんを示す。
「ほら、まーちゃんが昼に動くのめんどくさがるでしょ。だから、それがなんでってことになって」
「あぁ……そうですか。たしかに、まーちゃん並の体積を維持するのは、大変ですよね」
「……体積って……」
「実体として維持できる容積の大きさは、当人の魔力に比例する。顕現出来る力の大小も、同じ理屈だからな」
「容積……」
 どこの物理学講座だヨ。
「ってことは……まーちゃんって、もしかして結構スゴイとか?」
 ナツミのことばに、ふと、全員の視線がまーちゃんに集まる。
 ぱっと見の彼の姿は、青年というのが一番近いだろう。なんとなく、まだ年若い印象もあるけれど。
 サーカスより先に見世物になってしまったまーちゃんは、ケッ、と云いつつそっぽを向いた。
「そうだな。誓約を離れてしまったはずなのに、それでも自力でその姿を構築できてるんだ。潜在的な力は、一般の召喚獣の比ではないはずだ」
「……ソルさんたちって、そんなすごいひとを護衛獣にしていたんですね」
「・・・・・・」
 そうアヤが云ったとたん、とまーちゃんとソルたちは、実にビミョーな顔になる。
 素直に感嘆してたアヤたちは、それをきょとんと見るばかり。


 ああもう。
 この複雑微妙な関係が、たまにどーしよーもなくうっとーしい。

 そんなの心のつぶやきは、誰に聞こえるわけもなく。
「……で」、
 うんざりした顔のまま、バルレルがを見下ろした。
「オマエ、サーカス行くのか?」
「えーと……」
 話題は再び転換され、とたんに話は原点に戻る。
 サーカスという単語に首をかしげるソルたちに、ハヤトたちが説明開始。
 それを横目に見つつ、ちょっと思考。そういえば、サーカスなんて初めてだ、と。
 デグレアみたいな雪に囲まれた地、おまけに旧王国領は出入自体が厳しくて、そんな興業団体が立ち寄っていったこともない。
 名も無き世界にいたころ、つれてってもらった覚えもあるが、果たしてこっちも同じような感じなのか。
 ちらりと目をやったハヤトたちのチケットには、おぼろげな記憶を刺激する絵がうっすら見えた。
「んー……」
 行ってみたい気もする。
 ただでさえ、ここんとこフラットの空気が重かったし。
 それに、アヤたちがなかなか楽しそうだし、同伴するのも悪くないだろう。
 でも、
「カシスさんたち、サーカスとか興味ありません?」
 のことばに、たった今サーカスの説明を受け終えたカシスたちが、そろってこちらを振り向いた。
 そうなのだ。
 ハヤトたちの説明を受ける彼らは、いつかお花見について訊いてきたソルを彷彿とさせて。
 だからも、今の問いを発するに至ったのだけど。
「……、いや、いいよ」
 少し考えて、結局、ソルがそう云った。苦笑混じりに。
「そういう賑やかなところは、苦手なんだ」
 つづいてキール。
 じゃあカシスはどうかと思ったけれど、
「あたしも、ちょっとパス」
「カシスも? なんか意外」
 率先して挙手しそうなのに。
 そんなナツミに、カシスが「あたしをいったいどーいうふうに見てるのっ」と食ってかかる横で、クラレットが小さく頷いた。
「興味がないわけではないですけど、チケットの枠、残りひとつなんでしょう?」
 だったら、今から私たちの中で選ぶより、が行ったほうが話が早いと思います。
 彼女がそう云うと同時、奥から軽い足音が三つ、玄関に向かって駆けてきた。

「おっまたせー!」
「行こう行こうサーカス行こう!」
「……サーカス……♪」

 ――そう。
 玄関で彼らがわやくちゃやってる間に、ちびっこたちのしたくはとっくに済んでいたのである。


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