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-類は友を呼んだ?-




 ――なんて云って誤魔化したか、そのへんのことはよく覚えていない。
 というか、しどろもどろに挙動不審になったを哀れんだアヤが、解放してくれたような印象さえある。
 てか、開き直ろうとは思ったけど、やっぱりバラすわけにはいかないでしょうよ。
 それでも一応その場を切り抜けられたと云えるのか判らないままに、部屋に戻るアヤに手を振ってみたり。
「おやすみなさい」
「お、おやすみなさーい……」
 ちゃんのおかげでゆっくり眠れそうです、とアヤは云っていたが、逆には眼が冴えた。
 自分の発言で墓穴を掘って眠気が飛んでしまったのだから、これぞ自業自得の鑑。
 部屋で寝転んでるだろうバルレル誘って、夜の散歩にでも出かけたろか……
 そう思ったとき、ふと。
 ちょっと死角になって見えづらい廊下の角っこに、人影発見。
 人影は、が気づいたことを悟ったらしく、壁にもたせかけていた背を起こし、ゆっくりと近寄ってきた。
 窓から入る月光が、ようやくその人を照らし出す。
「人の思惑も知らんで、好き勝手云ってくれるな」
「ローカスさん……」
「だいたい、人をコーハクモチコーハクモチって……なんなんだ、それは」
「・・・・・・」
 険悪な顔してそんなこと訊かれても、とっても対応に困るんですけど。
 だけども、ご要望にお応えしないわけにはいかない。
「赤と白の餅です」
 一瞬考えて、結局見たままを云ったのことばに、ローカスの眉がますますしかめられる。
「……モチ?」
「食べ物です。やわらかくて伸びて焼くとぱりっとなって海苔巻いて醤油つけて食べると美味しいの。黄粉とかつけても可」
「……………………いや、判った。判らんが判った。もういい」
 そもそもの理解を諦めたらしいローカスは、手のひらを額に押し当てると、もう片方の手をに向けて振る。
 それから、すぐに姿勢を元に戻すと、
「――あんたらが、ここの関係者だったとはな」
「びっくりしました? でも、あのときは本当に住むところなかったんですけどね」
 なんとか召喚主にも逢えましたし、ここの方たち親切で、お世話になってるんですよ。
 と、これは、“”としてのセリフである。
 本音の部分での心情も入っているのだが、ローカスはそこまで読み取れない。
 はっ、と強く息を吐き出すと、気だるそうに髪をかきあげた。
「こういうのはな、ありがた迷惑とかお節介とか云うんだよ」
 俺は、あのまま死んだって良かったんだ。
「こんな生き恥をさらすくらいなら――」
「……生きることは、恥ですか?」
 ローカスのことばを最後まで紡がせず、もとい、それを途中で打ち切らせるために、は途中で割って入る。
 あからさまに不機嫌になったの空気は、たぶんローカスにも伝わったんだろう。
 一瞬戸惑った表情を見せたあと、睨み返される。
「当たり前だ。仲間が全部とっ捕まって、自分だけおめおめ逃げ延びちまったんだぞ」
 あいつらの仲間として、率いてたリーダーとして、恥以外のなんだと云うんだ。
「でも、仲間の人たちが殺されたわけじゃないじゃないですか」
「だからどうだってんだよ。領主の気が変わらねぇ限り、厄介者はまず間違いなくほぼ終身、強制労働なんだ。脱獄の手助けでもしに行けっていうのか」
「やろうと思うなら、やってください」
「…………オイ。それこそ間違いなく殺されるだろーが」
「死にたい云って自殺するよか、遥かに有意義です。失敗してまた逃げたって、あなたが無事だったことは牢の人たちに伝わるかもしれない」
 そうしてそれは、捕まった人たちの希望になるかもしれない。
 いっそとっ捕まって、中から脱走するって手もある。
「あたしは牢に繋がれたことってないけど、……ほんの少しでも道が開けて、気力を取り戻した人を知ってる」
 仲間の人に申し訳ないって思うなら、何かをしようと思うなら、死ぬのなんて選ばないで。
 恥だろうがなんだろうが、生き延びてそれくらいやってみせる根性出しましょうよ。

「……死んでしまったら、もう、何も出来ないんですよ」

 死んでしまった人には、もう、何もしてあげられないんですよ。


 のポケットの中には、小さなものが入ってる。
 それは自身とバルレル以外で唯一、あの時間から一緒に飛ばされたモノだ。
 リィンバウムではまず存在しない材質と形状を持つそれは、だけど、にしてみれば至上の宝石。
 それこそ、命に代えても手放せない、ひとつ。
 硬質なそれが、服の布地越しに示す存在感をたしかめて、は、じっとローカスを見上げる。
「……おまえ、いったいどういう人生送ってきた?」
 無言でにらみ合いがつづいたあと、とうとうローカスが先に折れた。
「どういう、て……」
「まるでどこぞの英雄もかくや、だ。おまえを召喚した奴は、いったい何をやらせてたんだ」
「…………いや、別に……普通の護衛獣やってますけど…………」
 一応、今は。
 いやむしろ、『護衛[しない]獣』とか云われても反論出来ない。今日の事件然り。
「考えてみりゃ、おまえと、あともう一人であの野盗どもを壊滅させてたな。それだけの力があるくせに、ただ召喚主に従ってるのか」
 従ってない。
 従わなくていい云われたし。
 ていうか、まともに護衛してさえいないぞ、今日は。
 ……いかん、バルレルのせいで、彼の対応が普通の護衛獣のそれだとか染められかけてる気がする。
「召喚術の力ってのは、そんなに強大なのか?」
「――あ、いいえ。違います」
 少なくとも、あたしたちにとっては。
「召喚はただのきっかけです。そのあと、あたしたちが今みたいになったのは、あたしたちがそう選んだからです」
 今は遠い時間の果て、笑いあう仲間達。
 そう在ろうと望んだのは彼ら、自分たち。頑張ったのも彼ら、自分たち。
 ……決めたのは、あたしたちだから。
「・・・・・・」
 は、と。ため息ひとつ。
 零して、ローカスが壁から背を離す。
「まったくも、英雄かくや――だな」
 そう云う彼の口の端は、ほんの少しだけ持ち上がっていた。
「おまえみたいなのが領主なら、さぞや面白い街が出来ただろうに」
「そんな無茶な」
「冗談だ」
「笑えません」
 そう云ったとたん。
 ぽん、と頭の上に手のひらが置かれた。
 撫でるとか叩くとかそういうのではなくて、本当に、単純に、一瞬だけ置かれた手のひら。
「じゃあな。その召喚主が睨んでるから、俺は退散させてもらう」
「・・・は?」
 こちらの返事も待たず、すたすたと歩き去るローカスの背を。
 ぽかんと見送ったの後ろから、新しい足音と気配がひとつ。
「なんだ、気づかれてたのか」
 じゃあ、別に隠れなくても良かったな。
「って、ソルさん……」
「別に立ち聞きしようと思ったわけじゃないぞ。中庭から戻ったら、おまえたちが道をふさいでたんだ」
「・・・あ」
 云われてみれば。
 台所を通るこの廊下は、玄関に通じている。逆方向なら寝室とか個室へ。
 ぽりょぽりょと頬に手をやったを、ソルはおかしそうに眺めて――曰く、
「大した熱弁だったよ。俺たちの護衛獣にしておくには、本当にもったいないな」
「ソルさんまでー」
 むくれかけて、ん? とは首をかしげた。
「今、中庭からって……」
 記憶がたしかなら、たしか、中庭にはナツミがいたはずだ。鶏が二羽ではなく。
 問えば、ソルの笑みが苦笑に変わる。
「……ちょっとな。あいつらがあんまり落ち込んでたもんだから、おせっかいをしにいった」
 ハヤトたちのほうも、カシスたちが行ってるはずだ。
「ソルさん……」
「正直、ローカスの意見も当然だとは思うぜ。だけど、あいつらのやったことだって無駄にはならないと思う。おまえだって、そう思ったんだろ?」
「――――はい!」
「ま、あとはあいつらの気持ち次第。とっとと立ち直って、また無鉄砲やってみせてくれるのが一番あいつららしいからな」
「・・・・・・」
 なんかそれ、バルレルがあたしによく云うセリフと類似性を感じるんですけど。
 かつ、あたしがトリスたちに感じてた感情と、そこはかとなくそっくりなんですけど。


 これはあれか。類は友を呼ぶ。

 ……喜んでいいのだろうか。


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