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-同じ穴のなんとか-




「紅白餅、違う、ローカスさんがいるんですか!?」


「「「……は?」」」


 ばたーん、と。
 勢いよく扉を開け放ち、帰ってくるなりのその一言に、その場にいた人間は一律、『は』現象を巻き起こした。

 いや、そもそも、紅白餅ってなんなんだ。

 そんな疑問が全員の胸に去来したあと、おもむろにリプレが立ち上がる。
 ちなみにここはフラットの台所。彼女のテリトリー。
 ついでに云うなら、収容能力の問題もあって、たいていの話はここで展開されるという暗黙の了解さえ出来上がっていた。
 今も例にもれず、フラット在住のほぼ全員が詰めて、何事か話していたところ。
 はそこに乱入したというわけだ。
「おかえりなさい、。買い物の荷物は?」
「第一声がそれかよ!」
 ズビシとガゼルがツッコミ入れるが、リプレにとっての重要事項は一に家事で二に家計、三、四がなくて五がきりもり。
 ……何が云いたいかというと、立派に主婦だということである。
 リプレの笑顔の裏にあるモノの迫力に圧され、は、知らず後ずさっていた。
「まままままーちゃんに預けてきましたっ。あとでカシスさんと一緒に帰ってくると思います!」
「あ、そうなんだ。おつかれさま」
 笑顔の裏のモノが消えたことに、心底安堵したであった。
「ハヤトたちと一緒にいた、と聞いたが……暴動ではぐれたあと、どうしてたんだ?」
 そう問いかけるキールの頬にも、なんだかうっすらと傷の跡。
 は、と。
 改めて見渡してみたら、みなさん、大なり小なりケガの痕跡が見え隠れ。
 蛇足だが、一番それがでかいのはジンガだ。……きっと、一人で突出してたんだろうな。
 思いつつ、フィズとラミがふたりがかりで引っ張ってくれた椅子に、礼を云って腰かけて。
「えとですね、表通りに流されようとしたんですけど、なんか、キムラン・マーンってのが出てくるって聞いたんです」
 カノンから聞いたとは、さすがに云えない。
「なんでも、イムラン・マーンの同類だそうで……まーちゃんが見つかったら難癖つけられそうだったから、路地でやり過ごすことにして、周りが落ち着くまでそこにいました」
 マーン。
 その名を出した瞬間、ガゼルがあからさまに顔をしかめた。
「なんだ、おまえらもかよ」
「え?」
 あたしたちも、とは?
「俺たちはちょうど、そのキムラン・マーンと一戦やってきたところだよ」
 カシスから、何も聞いてないのか?
 ソルが、片肘ついて苦笑して。
 みんなが一斉に頷いた。


 どうしてもね、捕まった人たちのことが気になってたみたいなんだよ。
 持ってあげようか、ということばを却下されたにも関らず、笑顔でバルレルから荷物をぶんどったカシスはそう云った。
「率先切ったのはハヤトだったかなあ。で、トウヤたちも渡りに船って感じで飛び出したの」
「あー、やりかねねぇな」
「でもって、あとはさっきざっと話したとおりよ。ローカスがいて、キムラン・マーンがいて――」
「で、アキュートの連中が、あの騎士崩れとごちゃごちゃ話した、と」
「そそ」
 あのラムダって人と、レイド、なんか知り合いみたいなのよね。
「ま、あたしたちには関係ないんだけど」
 視線を少し前にずらして、カシスはそう付け加えた。
 普段浮かべている、愛嬌のある笑みはそのままながら、どことなく、周囲を拒絶するような空気を漂わせて。
 もしここにいたのがなら、ことばもなくしたに違いないけど。
 あいにく、バルレルは、召喚主でもその友人でもない相手に配慮するほど、出来た悪魔ではないのである。いや、悪魔としてはよく出来ているのだが。
 故に、
「関係ねえってんなら、なんで、わざわざ戦いに手ェ貸したんだよ」
 ――とまあ、彼としては至極当然の疑問を口にした。
 もしこの問いを受けたのが、もしくは彼の知っているニンゲンたちなら、「そうするもんじゃない?」とか云っただろうけど。
 あいにく、カシスも、伊達に腹に一物二物抱えているわけではない。
 真面目な顔になってこっくり頷き、
「そうなのよ。どう転んでも命まで奪われるわけじゃないんだから、別にほっといてもよかったんだけど」
 つぶやいた後、ふ、と、目を細めて。
「でもね、……なんていうのかな、あの人たちの後先考えず飛び出しちゃう無茶苦茶さに、あたしたちも引っ張られてるみたいでさ」
「主体性、ねえのな」
「……うん」
 どっちかというと。
 みたいに、ムキになって反論する姿ってのを、バルレルは想像したのだけど。
 極々少量ではあるけれど、そういう感情も、一応彼の食糧となるから。
 だけど、カシスの表情は変わらない。
 むしろ、つい今しがたまで浮かべてた苦笑にも似た感情さえ、消え去っていた。

「――あたしたちは、自分で何かを決めたことって、なかったから」

 それは。
 魔王召喚の儀式に臨んだことか。
 それとも。
 もっともっと昔から、それこそ彼らが物心ついたときからの、連綿とつづくものなのか。
 バルレルが、それを問おうとしたのかどうかは、果たして誰にも判らない。
「ああもうっ! なんでキミにこーいう話をしてるのかな、あたしはっ!」
 ぱっ、といつもの笑顔を貼り付けて、カシスがそう云ったからだ。
「悪魔に身の上相談するほど、無意味なモンもねぇな」
 ケケケと笑って、バルレルがそう応じたとき。
 今度こそ、カシスが食ってかかろうとしたとき。

「おかえりー!!」


 いつの間にかもう目の前だったフラットの門の前で、ぶんぶんと手を振りつつ叫ぶ少女の声がした。
「ほらほら、キミの相棒」
 小走りにやってくる赤い髪の持ち主を指して、カシスが意味ありげに笑う。
「相棒、ねえ……」
 語尾の一句をとらえ、バルレルは少し眉をしかめた。
 相棒、と云うならば、たぶん、1年後に自分を召喚するだろう、どこぞの因縁もち一族な兄妹の、妹の方だろう。
 自分が認めた、『召喚主』。
 誓約はによって解かれたのに、未だトリスの元に留まる理由は、バルレルなりに彼女を気に入っているからだ。
 どうせ限りなど見えない生命だ、彼女と彼女に連なる人間たちが輪廻に戻るまでは、付き合ってやってもいいと思っている。
 だから――相棒はトリス。
 少々業腹だが、あの気弱なメトラルの少年も、そういう意味では相棒か。
 じゃあ、は?
「違うの?」
 カシスがひょいっと首を傾げ、彼を見上げた。
「・・・同じ穴のムジナ?」
「は?」
 珍しく真顔で考え込んだバルレルが、そうつぶやいて、カシスの目を丸くさせたとき。

「カシスさん、ごめんなさい! 荷物まーちゃんに全部持たせても良かったのに!」

 少しばかりあわてた様子で、がその場に駆け込んできた。
 頭を下げて謝罪するついでとばかり、カシスの手から荷物を受け取ろうとするけれど。
「ううん、あたしが持つって云ったんだよ」
「っつーかテメエ、いい根性してんじゃねーかオラ」
 荷物放り投げて一人でたったか走り出しやがって、いったいどういう了見だ。
 笑って辞退するカシスの目の前で、まーちゃんによるちゃん脳天ぐりぐりの刑が敢行された。
 といっても、元々かなりすばしこい印象のあるのこと、危なげもなく避けまくっている。
「だって、ローカスさんがフラットにいるって云うから、びっくりしたんだもん!」
「紅白餅ぐらいいつでも見れるだろうがよ!」
「……紅白餅?」
 何、それ?

 そういえば、リィンバウムに“モチ”なんてあったのだろうか。

 微妙な笑みを浮かべてふたりのやりとりを眺めるカシスを見たが、一瞬固まったのは。
 そうして結果として、避けていたぐりぐりの餌食になった理由は。
 そんな、しょうもない自問故のことであった。


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