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-ひー・いず・らびっと-




 笑いつづけることしばらく、騒動がある程度鎮静化したのを見計らって、たちは路地から這い出した。
 お日様の位置が、最後に見たよりちょっぴり傾いている。
 買い物に出かけたのがお昼ご飯の後だったから、それなりの時間をこの騒ぎ(とカニ発言)でつぶしてしまったことになるんだろう。
 あの騒動のなかでも死守した荷物を抱えたとバルレル、それからカノンは路地を抜け、分かれ道までやってきていた。
「それじゃあ、ボクはここで……」
「あ、はい」
 今日は本当に、ありがとうございました――
 ぺこり、頭を下げたところ、物云いたげな視線を感じて。
 は顔を上げるついでに、疑問符乗っけて視線の主ことカノンを見た。
 やわらかく微笑んでる印象の強い赤橙の双眸は、今も、かすかに細められていたけれど。
 その奥にあるのは笑みではなくて、何かに怯えているような、そんな色。
「……さん……」
「はい?」
 呼びかける声も、どことなく、力がない。
「あなたは、バノッサさんをどう思いますか?」
「バノッサさんを?」
「戦闘好きな色白野郎」
 即座にバルレルが答える。
 アイツの感情は美味そうだが、ま、極上モンは最後にとっとくのがいいよな、とか独り言つきで。
 悪魔ならではの感想に、は思わず笑みこぼす。
 それから、カノンに向き直った。
「すごく、すごーく個人的主観なんですけど」、
 そう、前置きして。
「うさぎさんに似てますよね」

 ・・・・・・

「うさぎ!?」
「どこがだオイ!!」

 さっきのバルレルよろしく、はダブルツッコミの憂き目に遭ってしまったわけだが。
 そこはそれ、魔公子とある意味タメ張れる神経は伊達ではない。
 笑ってぱたぱた手を振って、
「いやー、ほら。あの白い肌とか髪とか、そのなかで輝く真っ赤な眼とか……」
 どう思うって云われて全体図想像したら、浮かんだ感想がそれだったんですよ。
 などとのたまうの前で、カノンはぺったりその場にへたりこんだ。
 身体をかしがせ女の子座りで。
 何気にスポットライトが当たって泣き出しそうな光景だが、そこはかろうじて男の子、わりかしすぐに立ち直る。
「……さんたちって…………いろんな意味ですごいなぁ……」
 カニとかうさぎとか。
 って途方に暮れたように云われても、反応に困るんですが。
「――でも」、
 たちが何か云うより早く、カノンはよいしょと立ち上がる。
「あなたたちが、そういうふうに思ってくれてるの、ちょっと嬉しいです」
「うさぎ呼ばわりが?」
「だって、オプテュスのリーダーとか、そんなのナシに見た感想でしょ?」
 本当にバノッサさん個人を見てくれたんだな、って。
 そう云うカノンの笑みは、本当に嬉しそうで。だけど同時に、やっぱり寂しそうで。
「だから……」
 ひとつ、訊かせてください。


「・・・え?」

 その問いに。
 ぽかんと彼を見返したから、何を得たのだろう。
 カノンは小さく頷くと、それ以上のことばを待たずに踵を返す。

「それじゃあ、これで……」
「あ、ちょっと!?」

 咄嗟に伸ばした手は、けれど、カノンにかすることなく空を切った。
 追いかけようにも、手にした荷物の存在がそれを阻む。
 何しろ、フラットに住んでる全員分の数日分の食料、及び日常用品。生半可な量じゃないのである。
 が、それをとバルレルの二人だけに買いに行かせたのはリプレママであることを、そうして普段買い物に行くのは彼女であることを、忘れちゃいけない。
 所在なさげに手を振って、は、ちらりとバルレルを見上げた。

「どういう意味だろ?」
 ――あなたたちは、
「ことばのまんまの意味だろ?」
 ――殺すこと、出来ますよね?

「……遠慮したい気分なんだけど」
 だって、1年後って、バノッサさんもカノンさんも生きてたし。
 あたしたちがそんなことしたら、それこそ過去変えちゃうことになるじゃないか。
 てゆーか、個人的感情としても殺したくなんかないよ。
「なんか身も蓋もねーよな、そういう、過去変えるだのどうの」
「でも、やってることって同じだよ、あたしたち」
 欲しい未来があるんです。
 譲れない明日があるんです。
 あの頃は、見えない明日を望んであがいてた。
 今は、訪れるはずの明日を得るために暗躍中。
「でしょ?」
 とりあえず、もうフラットに戻ってるはずのハヤトたちが、やきもきしてるかもしれないと。
 思って、は歩き出す。
 隣を歩くバルレルを見上げるのは、同意を求めるため。
「…………」
 だけど返ってきた反応は、伏せたまぶたとため息ひとつ。
 それから、
「そりゃ、開き直りか?」
 問いかけひとつ。
「……そうかも」
 ちょっぴり考えて、それから肯定。
 ――したとたん。
 べし、と。
 なんとも派手な音を立てて、バルレルの手のひらがの頭を引っぱたく。
 ちびっこ姿ならまだしも、青年状態でそんなことをやられては、脳天へのダメージも倍率ドン。
「な、何するのよいきなり!?」
「遅ェ。開き直るならもっと早く開き直りやがれ」
「無茶苦茶云うなぁ! こんな状況じゃ、普通いろいろ考えるでしょ!?」
「考えたってムダなんだよ、テメエじゃ」
「うっわヒド!」
 ぎゃいのぎゃいのとわめく少女と異形の青年を、通行人が物珍しげに眺めて通り過ぎていく。

 そうして、その通行人の間をすり抜けるように走っていた人影が、とバルレルのやり取りを耳にして、足を止めた。
 きょろきょろと周囲を見渡すこと数度。
 進行方向から向かってくるふたりを見つけ、再び走り出した。
 もちろん目的地は、
! まーちゃん!」
 かけられた声に、とバルレルはいつの間にかどつき漫才と化していたやりとりを止めて、そちらを振り返った。
「あ、カシスさん」
「どこ行ってたの!? 暴動に巻き込まれたっていうから、心配してたんだよ!」
 ちょっぴり怒ってます、ってな表情で、カシスは小走りにたちのところへやってきた。
 そして、それに最初に気づいたのはだった。
「……カシスさん、傷……?」
 どう見ても、転んだとかぶつけたとかでは言い訳できなさそうな、それは、おそらく剣で切りつけられたと思われる。
 すでにリプシーあたりで治癒済みなんだろう、塞がってはいるものの、腿に走るうっすら赤い筋が痛々しい。
 なまじ、彼女は足を剥き出しにした衣装だから、なおさらそれは目立つのだ。
 の視線を追って、カシスは、まず自分の足を見下ろした。
 それから、
「あっちゃあ」
 ぺち、と、平手で自分の頭を叩いて。
 の表情に気づくと、ぱっと笑ってみせる。
「だいじょうぶだよ、ちょっと斬られちゃっただけ。それに、もう治ってるし」
「いや、あの」
 斬られたっていうのが気になるんですけど。
「ケケッ。暴動ついでに、騎士団のヤツらが税金払えって押しかけてきたか?」
「あー、うん、当たらずとも遠からず」
「……ええ!? フラットどうなったんです!?」
 つーか騎士団の猛攻にさらされたりなんかしたら、なんかひとたまりもなさそうなんですけど!?
 迫る、勢いに圧されて後ずさるカシス。
 どうどう、と、手のひらを身体の前で広げ、の進軍を押しとどめ。
「落ち着いてってば。まーちゃんのは、外れてはないけど、当たってもないの!」
「・・・え?」

 そうして、カシスが話してくれた事情を聞いて。
 はバルレルに荷物を放り投げると、全速力でフラットへの道を疾走したのである。


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