ばたばたばたばたばたばた。
どたどたどたどたどたどた。
わーわーわーわーわーわー。
きんがんごんどんげすどか。
つい何秒前かまでの、ささやかなざわつきなどどこへやら。
蜂の巣をつついたような騒ぎのなか、人垣かきわけてたちは走る。
いったい何が起きたのかというと、いわゆる暴動というやつだ。
最初からすべて計画してあったのか、ローカスが起こした行動が、すべての始まり。
彼の叫びに呼応するように、が違和感を感じていた数ヶ所から数人が立ち上がった。それが追い風。
そのなかには、微笑んでいた金髪の女性もいた。
見事なスキンヘッドのおじさんもいた。
オールバックにエプロンつけた、どこのサ店のマスターだって感じのおじさんもいた。
だけど、そんな彼らより。
何より人々がざわめいたのは、最後にひときわ大きな追い風を起こした、赤い鎧の男に対して。
――アキュートのラムダ。
その頃にはもう、収拾のつかなくなっていたざわめきのなか、かろうじてそれだけは聞き取れた。
「わあっ!」
「きゃっ!」
当然のことだが、走っているのはたちだけではない。
それまで人垣を形成していた全員が、我先にと逃げ出そうとしている中、さらに全力疾走を強いられているのだ。
ハヤトやトウヤならともかくも、スカートのアヤやナツミにとって、これは辛い。
まして、打たれ弱いのも彼女達だ。
通り過ぎていく人々にぶつかり、足をとられ、よろめいて、前に進むこともままならないでいる。
助けに行きたいのはやまやまだが、この人の激流のなかで逆走しろと云われるのは、にとってはチョウチンアンコウの浅瀬上陸より難しい。
「トウヤ! ナツミのほう、頼む!」
見ていられなかったらしく、ばっ、と、いち早く混乱を抜けていたハヤトが、再び激流に飛び込んだ。
「判った!」
少し遅れて、トウヤも。
それから、ふたりは揃ってたちを振り返る。
「先に行っててくれ! アヤたちをつれて戻るから!」
「え、あ、はい!」
そんな会話を交わす間にも、人の流れに逆らって進むハヤトたちと、何ら対策を講じず押し流されるたちの距離は広がるばかり。
いっそ、このまま流れに任せて進んでみたら、いったいどこまで辿り着くだろうか。
そんなことを考えてしまったの腕を、誰かがぐいっと引っ張った。
「え?」
バルレルじゃない。
だって、バルレルは今、の右隣に立っている。
で、引っ張られた腕は左。
「早く。こっちです」
このまま表通りを行ったんじゃ、騎士団の増援にぶつかっちゃいますよ。
「カノンさん!?」
「キムラン・マーンが出向くって、騎士たちが云ってます。あなたたちは、公の召喚師に見つかるとまずいでしょう?」
つい、この間。
頭からご飯をぶちまけてしまった彼の出現に、は時と場所も忘れて遠い目になってしまったのである。
あの節は本当にごめんなさいでした。
いえいえ。
「えっと……アヤさんたち。あの人たちなら、下手に表に出て召喚術なんて使ったりしなければ、たぶんだいじょうぶだと思います」
まーちゃんさんと違って、姿かたちはこっちの人間と一緒ですから。
ふたりを引き連れて、スラムの人間くらいしか知らないだろう路地裏に案内したカノンは、の息が整うのを待ってそう云った。
バルレルがちっとも疲れた様子を見せてないのは、やはり、精神生命体だからだろうか。それとも、青年姿だと体力があるせいだろうか。
どっちにしても羨ましいぞ。
「……でも、カノンさん、どうしてあたしたちを?」
オプテュスとフラットは、仲が悪いのに。
そうして彼は、その筆頭である、バノッサの義弟なのに。
問うて、それから思い出す。
最初からこの人は、つとめて普通に接しようとしてくれていたことを。
同時に、カノンが小さく笑った。
「この間の夜、お世話になりましたから……そのお礼です」
さっきあそこにいたのは、ただの偶然だったんですけどね。
「世話っていうのかよ、アレ」
ご飯ぶちまけの現場にいたバルレルが、至極胡乱げにつぶやいた。
再びは遠い目になる。
「それに……」
小さな小さなカノンの声がこぼれたのは、ちょうどそのとき。
――バノッサさんは、今……――
「え?」
「あ、なんでもないです」
ぱっと振り返って聞き返すも、カノンは曖昧に笑ってかぶりを振った。
“それに”しか結局聞こえなかったの頭上には疑問符が浮かぶが、それをつぶやいていたカノンの表情を思い出し、断念する。
かといって、今しがた生まれた微妙な沈黙にひたりつつ、暴動の嵐をやり過ごすのもちょっぴり不毛だし……
「あ」
そうだ。
「はい?」
ぽん、と手を打ったに、カノンが、地面に落としていた視線を持ち上げた。
「“あきゅーと”って、カノンさん、ご存知ですか?」
「アキュート……ああ、さっきの人たちですね」
この街の住民なら、名前くらいは聞いたことがあると思いますよ。
話題が変わったせいか、少しばかりほっとした表情でカノンは続ける。
「アキュートっていうのは、サイジェントの今の施政をひっくり返そうとしてる集団の名称です」
「テロ組織?」
「そんな大きいものじゃないです。主要メンバーも数人だし」
その主要メンバーの容貌をカノンは話してくれたけど、いずれも、さっきローカスにつづいてあの場を煽動した人たち、そのもの。
女の人がセシル、スキンヘッドがスタウト、んでもってサ店の人がペルゴというらしい。
繁華街の一角に拠点があるのは判っているそうだが、街の住人たちの極一部から支持を受けてたりもするらしいんで、ちょいと騎士団も二の足を踏んでるんだとか。
「それから、リーダーの名前はラムダ。さっき、最後に叫んだ赤い鎧の人で――」
「あー」、
カノンのことばの途中で、バルレルが、さっきのよろしく、ぽん、と手を打った。
「あのカニみたいな奴か」
・・・・・・
「カニ!?」
「ってなんですか!?」
速攻入るとカノンのダブルツッコミ。
だけども、さすが魔公子。動揺した素振りも見せずに云い放つ。魔公子関係ないけど。
「どう見てもカニじゃねーか、ありゃ。色といい形といい」
つまり何か。
キミはあの鎧から、甲殻類の横ばい歩きのイキモノを連想したというのか。
……さすが魔公子。発想が人と違う。
だから魔公子関係ないって。
そうして。
思わず、あの人が。
遠目に見ただけだけど、あの鋭い目をした、ちょっぴりルヴァイドに似た雰囲気の人が。
両手にでっかい赤いハサミをつけてるところを、は、想像してしまって。
「……赤バルタン……」
ぷくく、と。
怪訝な顔で見下ろすバルレルとカノンの前で。
おなか抱えて、は、その場にしゃがみこんでしまったのだった。
本人にそんなコト云ったら、たぶんその場で斬られるぞ?
斬り返します。