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-暴動寸前カウントダウン-




 人の流れに沿って歩くことしばし、辿り着いたのはやはり、サイジェントのほぼ中央に位置する市民広場だった。
 とっくに人垣が山と出来ていて、市民広場で何が起こっているのかまでは見えない。
 外周で待っていてくれたハヤトたちと一緒に、は人垣をかき分けかき分け、前に進む。
 ――と。
「あ、アネゴたちだ」
 ちゃっかり最前列に陣取っていたジンガが、相好を崩してこちらを見ていた。
 運がいいとばかりに、一同わらわらそこに雪崩れこむ。
「何してるの?」
 朝から姿を見なかったなと思いつつ問えば、そもそも今日、ジンガは仕事に行く予定だったらしい。でも、作業場に行ったら、なんでか欠勤が多くて。じゃあしょうがないからってことで、ちょっと片付けや道具の整理、簡単な下準備などして帰ってきたんだそうだ。で、時間が余ったから稽古に出ようかな、と、道を歩いていたところ、市民広場での騒ぎに気づいて野次馬に混ざったとのこと。
 意外にミーハーなのだな、君。
 そうして、やってきたばかりのたちに、ジンガが事の次第を話してくれる。
 人垣は文字通り野次馬、人々にそれ以上前に出るなと押しとどめてるのがサイジェントの騎士団の一部、でもって中央にいる人たちが、納税義務を果たさないからって引っ立てられた人たち。
「らしいんだけどさ」
 説明したあと、ジンガはちょっぴり納得のいかない顔で云う。
「あんな老人とか女子供まで、罪人扱いするのって……俺っち、ヤだな」
「――ガゼルの話だが、サイジェントの税率は相当に高いらしいよ」
 スラムに世話になっている身分としても、個人的心境としても、この事態を歓迎したくはないな、と、トウヤがつぶやいた。
 元々はそうでもなかったらしいが、金の派閥の召喚師を顧問として雇ってから、それが一変したらしい。
 このあたりにも、この街の一般市民が召喚師をうとましく思う根拠があるのだろう。
 うんうんとトウヤのことばに頷いて、は再び市民広場の中央に目を戻し――

「・・・」

 どっかで見た紅白餅なおにーさんを発見し、思わず遠い目になったのだった。
 の視線を追ったジンガが、やっぱり物知り顔で説明してくれる。
「あ、アイツのコトも俺っち聞いた。なんか、蟻の牙っていう義賊団のリーダーだって」
 知ってる。
 ちょいと前に、あの人たちの先越して野盗壊滅させたから。
 眺めるの視線の先では、とっ捕まってる紅白餅のお兄さんことローカスが、実に厳しい表情で前を睨みつけていた。
 そんな彼の挙動が気に食わないのか、周囲の騎士たちも、彼への警戒がことさら強い。


 ――もしも。
 もしもが、このあたりのくだりを詳しく聞いていたなら、カウントダウンでも始めたかもしれない。
 暴動の起こる5秒前……と。
 だが現実として、綾たちは実に大まかな話をしただけに過ぎない。
 ゆえには、不安混じりにその光景を眺めるしかなかった。
 騎士団のなかにサイサリスの姿を見つけ、そういえば世話になったなぁ、と思い返していたくらい。

 ――3秒前
 ふと人垣のあちこちで、誰かが動く気配がした。
 いや、こんな大勢の人間がいるのだし、誰もが微動だにせずいたとしたら、それはそれでちょっぴり怖いが。
 でも何というか。
 機を見計らってる、野次馬っぽくない気配というか。
 数ヶ所からそういったものを感じ、はひょいっと背後を振り返ってみる。

 ――2秒前
 真っ先に目に入ったのは、薄い金髪を肩まで伸ばした女性。
 猫に似た印象を与える目を心持ち細め、他の人々と同じく市民広場を見守っていた女性は、に気づくと、こちらに視線を合わせてきた。

 ――1秒前
 ふ、と、女性の瞳がより細められる。
 ・・・あ、笑うとなんとなく優しい印象。
 感じた違和感もほったらかして、はほんのり和んでいた。


 ……ゼロ。
 カウントダウン、終了。
 視界の端で、真っ白いコートに包まれたローカスの腕が、大きく振り上げられるのが見えた。

「もう我慢できん! 俺たちが、いったい何をしたっていうんだ!?」


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