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-友達になろう-




 で、何してたの?
「……何してたんでしょう」
 駆けてきた勇人、プラス少し後ろをやってきた綾と夏美と籐矢がアカネに薬草を渡すどさくさに紛れて、とバルレルもその場をとっとと退散。
 シオンに目をつけられる二次弊害は、このさい考えないことにした。
 だって、1年後何も云われなかったんだから、きっとイコールだってことには気づかれてないさ。
 そう自分を慰めながらも、背中にちくちく刺さっていた、シオンの物問いたげな視線の名残が今も痛い。
 遠い目をして答えるを見て、綾が心配そうに首をかしげた。
「もしかして、あんまり外にいたから、お日様に当たりすぎて気分が悪くなっちゃいましたか?」
「いえいえ、日射病でも熱中症でもありません」
 単に、本当に、ぼーっとしていただけなんです。
「突発的自己喪失症なんてあったかな……」
 籐矢が、顎に指を当てて空を仰ぐ。
 どうやら、頭のなかで『家庭の医学』をめくってるらしい。
 黙って見守ってみたけれど、時折彼の口から零れる『早発性痴呆症』とか『人格剥離』とかがなんだか恐ろしい。
「……そ、そういえばさっ」
 夏美が慌てて話題を変えた。
 さすがに、ぶつぶつとつぶやく籐矢を眺めながら往来を歩くのは、それこそ精神的に辛すぎる。
「今日ってよく、人とぶつかる日なんだよね」
「え? アカネさん以外にも?」
「犬かテメエら」
 呆れたようにバルレルがつぶやく。
 よく知ってるな、名も無き世界の諺なんて。
「なんだかね、頭にツノのある子でさ。赤い髪と緑の目――そういえば、と色一緒だね」
 頭の横に人差し指だけ立てたこぶしを押し当てて、そのぶつかったという人の物真似をしていた夏美だったが。
 今思いつきました、というように、手を叩いてそう云った。
 そうしてそのことばに、バルレル以外のみなさんの視線がに集中する。
「そういえば一緒だな。って、もしかしてツノ隠したりとかしてない?」
「してませんしてません」
 ぽんぽんと頭をなでる勇人の手がくすぐったくて、答えるの声は笑み混じりだ。
 その横から、綾がひょっこり顔を出す。
ちゃんって、頭撫でられるの好きなんですか?」
「あ、はい。子供っぽいっていわれるんですけど、なんか安心しちゃって」
「そうですか……それじゃあ、わたしも」
 少し遠慮がちに伸ばされた綾の手が、やわらかく髪を撫でていく。
「思い出すなあ……前に話した、わたしの友達の子も、こうしてあげると喜んでくれたんですよ」

 うわあい。

 懐かしげにつぶやく綾のことばに、とたんに心臓レッドヒート。
 何故か、少し後ろを歩いてるはずのバルレルが、額を押さえて天を仰ぐ光景が見えた。
 あまつさえ、「・・・バレるの時間の問題じゃねーのか」とつぶやく声も。
 いや。
 いやいやいや。ちょっと待て。
 なんていうか、ホラ。
 こう、ドキドキしちゃうからいけないんだよ。
 あたしはで。じゃなくて。
 だから、バレるバレないじゃなくて。
 あたしは、なんだから。
 ならドキドキして当然だけど、にはそんな理由ないんだから。
 だから。
「そしたら、あたしをそのお友達の代わりと思ってくださいっ」
 にっこり笑って。そう云えばいいんだ。
 ――と。
 テメエにしちゃ、実に、一世一代の名演技だったな、と、珍しくバルレルが誉めてくれたのは、まあ、後日談。
 そのことばを聞いた綾は、最初ぽかんとして。
 次に、それこそ、にっこりと微笑んでくれた。
ちゃん、優しいんですね」
 ありがとうございます。
「あ、そしたら俺もいい?」
 実は俺も、その子の友達。
 変わらずの頭をなでくりまわしつつ、勇人が、軽くを抱きしめる。
 ……ああ。変わらない。
 ずっと明日で、同じようにしてくれたこの人の腕は、変わらない。
 バレるかどうか心配するより先に、安心してしまう自分の神経ってのが、どうなってるのかちょっと謎だけど。
「――じゃあさ、今さらだけどさ」
 夏美が、えへへっと笑って一行の前に身を躍らせた。
 ステップを踏むその姿は、とても軽やか。
 元々着ていたセーラー服を模した衣装の襟が、ふわりと動きに沿って持ち上がる。
 真っ白い布に手首までを包んだ腕が、真っ直ぐに、たちに向かって伸ばされる。

「友達になろうよ、あたしたち!」

 召喚獣とか、ソルたちの護衛獣とか、そういうの関係、考えるのナシで。
 あたしたちは友達になろう。
「……オイ。召喚主ほっといて、召喚獣に決めさせるかよ」
 呆れたようにバルレルが云うけれど、その声は、少しだけ……ほんの少しだけ、笑みを含んでた。
 だって知ってるんだよ。こういう人を。
 だって知ってたんだよ。この人たちを。
 護衛獣としてでなく、1対1の個人として、お互いを認めあってたトリスとマグナたちを。
 召喚する者とされる者でなく、願うものと応えるものとして、互いを尊重していた遠い未来のこの人たちを。
 知っているから――
 こんなにも、懐かしくて、暖かい。
「夏美さ……」
「ナツミ」
 腕の主の名をつぶやこうとしたら、先ほどのアカネを思い起こさせる格好で、夏美は指をメトロノーム。ちっちっち。
 単語の、微妙なニュアンスの違い。
 その意味するところは。
「郷に入っては郷に従え、か」
 真っ先にそれを察したのは、頭の中の家庭の医学をめくり終えたらしい籐矢だった。
「そうそう。なんかさ、ずっと気になってたんだよね」
 みんながハヤトとかトウヤとか呼びかけてくれるのに、あたしたちだけ新堂とか深崎とか呼び合うの。
 それは、夏美の云うとおりなのだろう。
 リィンバウムには、苗字というものはない。
 せいぜい一部の召喚師、そして一部の特権階級において家名が存在する程度。

 そういえば、あたしも、って苗字があったんだよね……
 遠い、生まれ故郷に繋がる、今となってはただひとつのもの。
 捨てるつもりなど皆無だけれど、それを思い起こすのさえ久しぶりだった。

 だからさ、と、夏美が笑う。
「いつかはあっちに帰るとしても、あたしたちは今、リィンバウムにいるんだから――そのこと、もっと楽しんじゃおうよ」
 バノッサとかオプテュスとかとの諍いは、あるけど。
 ついでに、帰る手段も、まだ見つからないけど。
「随分前向きじゃねーか」
 一同を見渡し、バルレルがつぶやく。
「こないだ黙って出かけたとき、何かあったか?」
「え? 知ってたのか?」
 きょとんと首をかしげる勇人を見、とバルレルは顔を見合わせた。
 それから、おもむろに4人に告げる。
 どこに行くかまではさすがに判らなかったけど、わざとらしくバラバラに出かけた彼ら4人とあっちの残り4人が、おそらくは示し合わせて出かけたんだろうとリプレが云っていたことを。
「……さすがリプレ……」
 額押さえて、籐矢が天を仰ぐ。
「ばれちゃってちゃ、仕方ないですね」
 わたしたち、あの荒野に行ってたんですよ。
 それでも、こっそり耳打ちするのは綾。
「なんでオレをつれてかねぇ」
 仏頂面で云うバルレルの本心は、たぶん、形だけでもソルたちの護衛獣におさまっているから――というわけではない。
 なにせあそこは、周辺とは比べようがないほどサプレスの霊気が満ちているのだ。
 儀式の暴発だかなんだかで霧散したはずだろうに、それでもまだ、感じ取れる者であれば、それこそ息を呑むほどの濃度で。
 要するに、バルレルにとっては格好の餌場のようなもの。
 特に、青年姿でいることを強要されている今の状況では、何かと口実をつけて出向きたいところなのだろう。
 あまり頻繁に単独行動すると、それはそれで怪しまれるとの意識もあって、出かけるのはもっぱら夜だけど。
「出来れば誰にも云うな、っていうのが、キールたちの要請だったんだ」
 そんなに惜しいなら、また、機会をつくって行けるようにするよ、と、慰めるような籐矢のことば。
 が、バルレルが着目したのは、少し違うトコロだった。
「……誰にも云うな、って、……怪しさ大爆発だな、あいつら」
 オレたち以上に。
「自分で云わないでよ」
 先ほどの籐矢と同じく額を押さえ、でも頭は逆に俯かせ、は力なくバルレルの身体を手の甲で叩く。
 それを見て、勇人と夏美が声をたてて笑った。
「何云ってるのよ。君たち、クラレットたちの護衛獣でしょ」
「おんなじくらい怪しいって! 充分!」
 いや、そんなん笑顔で保証されましても。
「でもね」、
 ますますうなだれたの頭を、綾がぽんぽんとなでて。
「――ソルさんたちは、わたしたちを元の世界に帰す、って、約束してくれましたから」
「他について怪しかろうがなんだろうが、そのことばと、そう云ってくれた彼らの気持ちを僕たちは信用してるつもりだよ」
 つまり、君たちのことも同じくらいにね。
「籐矢さん……」
 いつかの、お月様をバックに微笑んでいた、云いようのない凄み込みでなくて。
 本当に、ゆっくり微笑ってくれてる籐矢とか。
 昔そうしてくれたみたいに、頭をなでてくれる綾の手とか。

 ・・・そんな彼らの気持ちが。
 本当に――本当に嬉しくて。
 同時に、ひどく、息苦しくなる。

 その感情の名をなんと云うかと問われれば、罪悪感としか答えられない。

 だましてる、とか。
 ウソついてる、とか。
 こんなに優しく笑ってくれる人たちに、自分はウソをついてる。
 それが。
 ひどく痛くて、辛くて。
「あたし――」
 ざわっ……

 ことばが意図せず口からこぼれたその瞬間。
 通りを歩いていた人々が、一斉にさざめいた。


 一瞬遅れて、バルレルがの口を塞ぐ。
「テメエは……」
「……」
 小さく首を振ると、あきれたようなため息が、頭上でこぼれた。
 それから、解放。
 振り返って見上げたら、魔公子は見事なしかめっ面。
「覚悟が決まったと思ったら、またどん尻に戻りやがって」
「……後ろめたいんだもん」
「バカ。マジな話、バラしたら余計に後ろめたいことになるのは判ってんだろがよ」
「う・・・」
 正直は美徳、というけれど、この場においてそれは成り立たない。
 成り立たせるわけにはいかないのだ。
 俯いたの頭に、バルレルの手のひらが、ちょっと乱暴に押し付けられる。
 髪が乱れるのも気にせず、されるがままになったの目の前では、綾たちが困惑した様子で周囲を見つめている。
 それまで、のんびり通りを歩いていた人たちが、何故だけ一斉に動き出していた。
 統一性のあるものではなく、何か事件が起きたときの野次馬、という感じが一番近い。
 通りの向こう――たしか市民広場のあったほうから、徐々に波紋が広がるように。
 一人、また一人と、人々はそちらに向けて歩を速める。中には走り出す人さえも。
「・・・どうしたんだろ?」
 耳をすませてみれば、なんとなく、人々の向かう先が騒がしいようにも思える。
 疑問符を浮かべて、たちは顔を見合わせる。
 いったい何があってるのかと、うっすら不安もわいて出始めて――
「考えててもしょうがないな」
 まず、籐矢が歩き出した。
「別にケンカとかじゃなさそうだし、行ってみるか」
 つづいて勇人。さすが男の子たちと云うべきか、行動が早い。
 夏美と綾も顔を見合わせ、その後を小走りに追いかけた。
 そうして、最後にとバルレル。
「行く?」
「好きにしな」
 云われて、実は考えるまでもなく。
「じゃ、行こうか」
「そーそー。何も考えんな、動け動け」
 歩き出したの背に、そんな、からかうようなバルレルの声がかけられた。

 オマエは、それでいいんだよ。


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