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-そこに薬屋があったから-




 袖擦りあうも他生の縁――とは云うけれど。
 果たして、遠い遠い明日で出逢った人と、過去において出逢うのは、果たして縁といえるのでしょうか。

 ……答えはまだ出ない。

「私の顔に何かついていますか?」
 そう、怪訝な顔で問うてくる『あかなべ』の主人に、は、すさまじく生ぬるい笑みを浮かべることしか出来ずにいた。
 隣に立っているバルレルも同様だ。
 前は蕎麦、今度は薬(だろう、おそらく)。
 この人いったい、いくつ、手に職を持っているんだろうかと。
 そんな思いも、少なからず、の胸には去来していた。


 ――コトの始まりは、リプレに頼まれたお使いである。
 買い物自体は至極簡単。
 商店街まで赴いて、料理の材料の買い溜めをしてこいとの仰せ。
 断る理由もなく、はバルレルと一緒にここまでやってきた。
 やってきて――
 目に入ってしまったのだ。

 赤いのれんに書かれた、達筆な『あかなべ』という文字が。

 微動だにせず自分を凝視するを、さすがに不審に思ったのだろう。
 店主、もといシオンの目が、すぅ、と細められる。
「当店に何か?」
「……いえ……その、ちょっと知り合いに似てたので……」
 ベタベタだな。
 無言のバルレルのツッコミが、身にしみた。
 シオンも、無言でふたりを見ている。
 傍目、奇妙な光景だろう。
 水撒きをしている店主と、何を買うでもなく立ち止まっている二人連れが、見つめあってる光景というのは。
 ・・・どうしよう。
 今、何云っても、なんかわざとらしすぎる気がする。
 だからってこのまま、何も云わずに立ち去るのも心証悪いし……っていうか、目をつけられそうだし。
 どきどきどき。
 心臓が早鐘のように鳴り出したとき、
「お師匠ー!」
 元気のいい少女の声がして、シオンがそちらを振り返る。
 そうしては、いつの間にか止めていた息を吐き出すことに成功した。

 道の向こうから駆けてくるのは、赤みの強い茶色の髪を後ろでまとめてかんざしを刺した、髪と同色の丸っこい目を持つ女の子。
 年の頃は、より――少し下だろうか? もっとも、背丈は彼女の方が高そうだ。
 首に巻いた黄色のマフラーや、オレンジの強い衣服が、街を歩く人々のなかで浮いている。
 手に持っているのは、スコップとビニール袋。
 透明のその中には、草が何種類か詰まっていた。なかには、が何度か目にしたものもある。
 それらは、薬草として用立てられるものばかり。
 やっぱしシオンさん、薬屋か。
「あっれ、お客さんですか?」
「いいえ」
 やってきた少女の問いに、シオンはあっさり首を振る。
「ふーん?」
 少女は首をかしげると、今度はに向き直った。
「ねえ、あんたたち、店の前で何してんの? そりゃ確かにあんまり流行ってるとは云えないけどさぁ、ずっと立ってられると営業妨害なんだよね」
 ちっちっち、と、スコップを持った手をメトロノームしつつお説教。
 その少女の頭に、コン、と、シオンの手にしていた柄杓の柄が乗せられた。
 何気にいい音だ。
 夏場の、程よく熟れたスイカでさえ、こんな音は出さないかもしれない。
「お師匠ーっ、何するんですか!?」
 で、叩かれた少女はというと、頭を押さえて柄杓の持ち主を振り返るわけで。
 で、柄杓の持ち主はというと、今も昔も変わらない笑顔で。
「頼んだ薬草をとってくるのに何時間もかかる店員ほどには、営業妨害をしていないと思いますけどね。アカネさん?」
 実にさらりと、少女ことアカネさんの抗議を封じてのけたのだった。

 ……そうか。この人が、いつか話してくれてた、曰く『不肖の弟子』さんか……

 よけい笑みが生ぬるくなってしまったの前で、「う」とアカネは口篭もる。
「だ、だって〜、そりゃあ、薬草見つけるのにちょっと時間はかかっちゃいましたけど、でも、途中まではいつもより早かったんですよ」
 なんたって、平原から全力疾走で戻ってきたんですから!
「ほう。それでは、いつも以上に遅れた理由は何ですか?」
「走ってたら、道の途中で、ヘンな奴にぶつかっちゃったんです! それで、薬草ばらまいちゃって、拾うのに時間が……」
「そうですか」
「そうそう、そうなんです!」
 頷くシオンに、我が意を得たとばかりにアカネも頭を上下させる。
 が。
 とバルレルは、こっそりお互いをつつきあった。
 だって、あの笑みは。
 どこかの聖女さんとか赤青双子の青いほうが、時折垣間見せるそれに似た、あの笑みは。

「――いいですか、アカネさん。もし暴走している馬車が通行人を跳ねた場合、悪いのはどう考えても馬車だとは思いませんか?」

 ・・・・・・・・・・・・

「お師匠、ひどッ!!」


 あの笑みは――相手にトドメを刺すときのモノだから。



 予想どおりの展開に、生ぬるくため息をつくとバルレルの後ろから、
「あ、いた!」
「おーい、さっきのぶつかった人ー!」
 薬草まだ、道に落っことしてたぞ!!
 そう叫びながら、アカネに『ヘンな奴』呼ばわりされた勇人たちが走ってきたのは、ちょうどそのときだった。


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