必死に謝り倒す彼らを、もういいですからと笑って送り出し、カノンが自分たちのねぐらに戻ったのは、もう暁闇も近いころ。
ちなみに、頭からかぶった料理は、途中の水道で洗い流した。
髪が短いせいか、夜気になぶられて、もう半ばほど乾いてしまっている。
「――遅かったな」
「……バノッサさん」
起きてたんですか?
てっきり眠っていると思って、こっそり扉を開けたのだけれど。
真っ先に目に入ったのは、見慣れた部屋の内部と、それから、まんじりともせずに待っていたらしいバノッサの姿。
昼間……というか、もう、昨日か。
小競り合いでつくった傷がそこかしこ、あまり色の強くないバノッサの肌に浮いていた。
「はぐれ野郎どもはどうした?」
「さっき、別れてきましたよ。ボクが起きるまで、ずっと付き添っててくれたんです」
さんに抱きついたままだったから、随分迷惑かけちゃったみたいで――
北スラムで夜中のピクニックをしていた、ということはおいといて、とりあえず大まかなところだけを口にする。
そんなこと聞いたら、バノッサがまた、なんだかんだといちゃもんつけに行きかねない気がしたし。
「ったく……お前がバカやりやがるから、妙なことになったんだぞ」
「あはは、すみません」
でも、どうしてボク、さんにしがみついてたんでしょうね?
「知るか!」
呆れ返って、語気も荒く、バノッサは云う。
他の人間なら怯えかねないそれも、カノンにとってはもう、日常の一幕。
……けれど。
「ねえ、バノッサさん……」
「なんだ」
「……召喚術、って、そんなに必要なものでしょうか」
ギ、と。
カノンを睨みつける赤い双眸は、燃えさかる炎もかくや。
荒れた、とか、恐ろしい、とか表現されることの多いバノッサだけれど、ここ最近は、ますますその度が増してきたように思える。
それは――たぶん。
召喚師として何かを学んだ、というわけでもなさそうな、あのフラットの客人たちが、召喚術を自在に使う光景を見てから。
もともと、バノッサが召喚術に対して何かの拘りを持っていることは知っていた。
サイジェントに顧問召喚師としてやってきた、マーン三兄弟に関してなぞ、名前を出しただけで睨まれるほどだ。
だけど召喚術は、その家系に生まれ、そして教育を受けねばまず手の届かないもの。
そうした諦めを――おそらく、バノッサも些少ならず持ってはいたのだろう。
でも、彼らがやってきた。
彼らは召喚術を用いて、いつか、あのイムラン・マーンさえ退けたという。
出自も、元いた世界も――はっきりしない、彼らが。召喚術を使ったときから。
そうしてそれを目にしたときから、バノッサは――
けれど。
「・・・バノッサさん」
「なんだ!」
「さんは……強いですよ。召喚術なんて使えなくても……とても」
おぼろげに覚えてる。
タガを外した意識の外、白くかすむ視界。
そこに立っていた、の姿。
一撃でもかすれば命の保障がないことくらい、おそらく判っていただろうに。
それでも。
手を伸ばして、受け止めてくれた、彼女の姿。
――なんだ、手前ェ。ここはガキのくるところじゃねぇ、さっさと家に帰って母親の乳でもしゃぶってろ。
――……あ? 帰れねえ?
――そうかよ……お前も捨てられたのか。
……なら、来るか?
ああ、そっか。
この遠い記憶がどこかで、彼女と重なったから。
懐かしくて。
あったかくて。
・・・もう顔も覚えてないけれど、それはどこか、母親に似ていて・・・
「懐柔されたか、手前ェ」
「ちっ、ちがいます!! ――ただ」、
召喚術なんてものに頼らなくても、あの人みたいに在ることはきっと出来ると。
だけれど。
そうカノンが、続けようとしたときには――遅かった。
「……これはまた、随分と奇妙な縁もあるものだな」
まるで、夜の闇からにじみ出るように。
やってきた第三者の声が、低くゆっくりと――けれど抗いようのない何かを有して、カノンとバノッサの身体をその場に縛りつけていたのである。