「アネゴっ!?」
危ない、と、引き止めようとしたジンガを、だいじょうぶだからと笑って留めて。
「こ……こら、!」
それに気づいたエドスの、あわてた声にも笑ってみせる。
そうしてカノンがを見る。
エドスよりくみしやすいと見てとったか、瞬間、それこそエドスをも凌ぐ膂力を発揮して、彼を突き飛ばした。
「ぐあっ!」
「おわぁ!!」
「おい! 避けるか普通!?」
「いや、避けなきゃ潰されたって今の!!」
――エドスが飛ばされる方向にいた勇人とガゼルがあわてて横に飛んで避け、ソルからツッコミ入れられてる声を余所に。
そうして、ド、と、鈍く地を蹴る音。
迫る、乳白色の影。
振り上げられる、細めの――だけどとんでもない力を秘めた腕を見る。
軌道の予想は難しくない。間合いは剣より短め、動きが大きな分、懐に潜りやすいのはジンガと似てる。だから避けやすい。
何かのタガが外れたのか、緻密な戦術は立てられなくなってるみたいだ。となれば、連続攻撃か一撃離脱かどちらか。
そこで、思考を打ち切った。
「――っと……!」
思ったよりも速い振り下ろしに、少しあわてて身体を退く。
「!?」
がくん、と、身体のバランスが崩れた。
振り下ろされた腕に、髪がからまって引っ張られる。
――しまったああぁぁっ、ついいつもの髪の長さのつもりでー!
てゆーか、実体化さえ出来る幻ってもしかして便利だけど慣れるまで不都合ッ!?
が、カノンのほうも、予想外のそれに、連続攻撃に繋げようとした体勢を崩したらしい。
ぐらりとかしいだ身体は、当然、髪の持ち主であるの方に倒れこんでくるわけで――
前言撤回、好都合。
が広げた腕のなかに、ちょうど、カノンの身体はおさまったのである。
「るッ……あアァあぁぁぁぁッ!!」
「はーいはいはいはい、どうどうどうどう」
じたばたじたばた。
腕のなかで暴れるカノンをぎゅうと抱きしめて、頭や背を撫でることしばし。
一度肩に噛みつこうとしたらしいが、逆に頭を抑えこんで事なきを得た。
背中をどんどん叩かれたが、これは綾たちがリプシー喚んでくれたので問題なし。……痣にはなるだろうけど。
「……お、おい…………?」
さすがに動揺してるらしいガゼルの声に、ようやく応えるだけの余裕が出来たのは、暴れるカノンの動きが少しずつ鈍くなってきたときだった。
「うっ……ぅ……」
獣じみた雄叫びも、すっかりなりを潜めて。
だんだんと動作を緩慢にさせてゆくカノンを抱いたまま、はようやく横を振り返った。
いや、今まで、ちょっとでも気を抜いたらとたんに組み敷かれて喉笛食われそうな危機感があったもので。
「……何をしたんだ?」
静心をもたらす召喚術なんて、あったか……?
疑問符ばしばしのキールのつぶやきは、かなり的外れ。
「や、何もしてませんよ」
ただ抱っこしただけ。
「てゆーか寝てるしッ!!」
ビシィと勇人が指差した先に、一同の視線が集中する。もちろん、対象はカノン。
ことばどおり、にしがみついたまま目を閉じて、頭をもたせかけて、……やすらかな寝息をたてていた。
「手前ェ、何しやがった!?」
「だから抱っこしただけって云ってるぢゃないですか!」
カノンをぶんどろうと手をかけたバノッサを止めようとせず、はそのまま怒鳴り返す。
あの状態になるのはよほど負担がかかるのか、耳元で怒鳴られていながら、カノンは目を覚まそうとしない。
しないのに。
がっちり。
「・・・・・・」
しっかり。
「・・・・・・」
にしがみついて、離れようとしないのは、何故だろうか。
しまいにはエドスも協力して引っ張ってるのに、びくともしないのは、さすがだと誉めるべきだろーか。
ひとしきり、なんだかどこぞのカブにまつわる童話を思い出させる光景が展開されたのち――これはほっとくしかないと、ようやく全員あきらめた。
「……というか、だな」
ゴホン。
ちょっとわざとらしい咳払いとともに、ソルがカノンを示す。
「さっき、こいつから魔力を感じたんだが……もしかして」、
「違うッ!」
そっぽを向いたまま、声音も限りなく不機嫌なまま、けれどバノッサははっきりとそれを否定する。
「こいつは人間だ……少なくとも、半分は人間のはずなんだッ!!」
そのことばに。
導き出される答えは、ひとつ。
「……召喚獣との混血か……?」
「ああ……」
キールのことばへは、肯定。
バノッサの目は、けれど、どこか遠い場所を見ている。
過去か、それとも今への憤りか。
「カノンは魔物を父親にして生まれたんだ。ただそれだけの理由で母親に捨てられてよ、スラムにきたのさ」
人一倍優しいくせに、人以上の力を持ってしまったことであいつは迫害された。
「おかしな話だとは思わねェか? 自分より劣った連中に、こいつは居場所を奪われたんだ」
信じられねえバカ力も、今の暴走も、そのせいだ。
「……あ」
いつだったか。
そうだ、アルク川のほとりで出逢った時。
とまーちゃんが友達だよって話したときの、カノンの、なんともいえない微笑みを、は今さらながら思い出す。
誓約に縛られてない、召喚獣と人の関係。……そう云ったとき、カノンは何を思っていたんだろうと。
何を思って、あの笑みを浮かべたのだろうと。
身体にかかる重みより、ずっとずっと、重い何かが、のしかかってきたような錯覚を覚えて。
――強く、カノンを抱きしめた。その横で。
よりももっと、重いものを感じているのだろう――バノッサが、険しい表情で手のひらを握りしめるのが見えた。