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-護衛獣参戦-




 出遅れた。
 つらつら考えてるうちに、完璧にこれは出遅れた。
 目の前で始まった、オプテュスVSフラットな戦闘から、はきれいにはじかれている。
 ぼーっとしていたのが悪かったのか、もともと最初から、オプテュス一行にとっては敵の頭数として数えられていないのか。
 理由はともかく、金属のぶつかる音とか召喚術の炸裂する地点とか、そんなものたちから結構近い位置にいる割に、の周囲は平穏だった。
 ……いや、まあ。
 戦場突っ切って、すたすた歩いてきてるどっかの誰かが、そーいうのばしばし弾いてるせいも、あるかもしれない。
 ああ。
 三つ目が三つとも、思いっきりこっちを睨んでる。
「テメエ――」
「……ごめん」
 何か云おうとしたバルレルのことばを遮って告げ、は差し出された手をとった。

「判ってるつもりなんだけど」

 これは過去で。
 変えられるはずのない、過ぎ去った日々で。
 知ることはなかった、目の当たりにはできないはずの、出来事で。

 ――遠い遠い未来、誰かの物語として、耳にしただけの。
   けして、それ以上ではなかったはずの。

「……、バルレル」
「おう」
 呼びかけに応えるバルレルの声には、疑問符さえついていない。
「テメエはそーいうヤツ、だよな」
 トリスに負けず劣らず、っつかむしろそれ以上。
 諦めとか、苦笑とか。
 浮かべたまま、彼は、向かってきたオプテュスのメンバーを片手でどつき飛ばす。
 尻餅ついたメンバーに、バノッサの怒声。
「そいつらはほっとけ! 手前ェらじゃ、向かうだけムダだッ!!」
 それは、言外に。
 ふたりが参加するようなら、自分がやると、云っていて。
 その意を、目を白黒させているメンバー以上に正確に読み取り、とバルレルは顔を見合わせた。

 ・・・じゃあ。
 ご期待に、お応えしまして。

 どちらが先だったか判らない。
 けれど、ふたりは地を蹴った。
「いちばん、! 加勢しまーす!」
 陽気に乗り込んできたを見て、オプテュスのメンバーがざざっと退く。
 さっきのバノッサの一言は、やはり記憶に新しいらしい。
 もちろん、当のバノッサも、それまでやりあっていたレイドとエドス組を一薙ぎで払いのけ、繰り出した短剣を受けてのけた。
「あのですね、バノッサさん」
「なんだ!」
 結構真面目に剣をぶつけ合いながら、それでもは呑気に云った。

「――あたしが勝ったら、何でそんな、フラットに拘ってるか、話してもらえますよね?」
「うぬぼれんな!」

 ブン、と、横薙ぎの一閃を軽く避ける。
 あ、やっぱりだ。
 フラットの人たちと戦ってるより、たぶん、関係ないあたしと戦りあってるほうが、この人楽しそう。
 純粋に、力比べが出来るからだろうか。
 どーでもいいけど。
 うん。
 もう、どうでもいいやって思う。
 過去も未来も知ったことか、って、思っちゃう。思っちゃえ。

 あたしが未来の人間だろうが、今ここに本当ならいるべきじゃなかろうが、ここが、あたしの現在だもん。

! 無茶はするな!」
「はーい」
「とか云いつつ、さらに前に向かうな!!」

 ソルのおことばに良い子のお返事、でも行動は、ガゼルのツッコミどおり。
「こらあ! 護衛獣ならこっち護れーっ!」
 横から、カシスの声。
 ふと見れば、オプテュスの一人に接近戦を挑まれて、しのぐのに精一杯。
 比較的近場にいたはずのジンガは、カノンにかかずらってて援護に行けないようだった。
 ……うーむ。
 かなりの力持ちさんなジンガを、ひとりで押さえきるとは、カノンおそるべし。
「護衛獣? 手前ェが?」
 だけども、の目の前には、怪訝な顔してそうつぶやくバノッサがいる。
 ちょおっと、手を抜いて勝てる相手ではないですよ、この方は。
「まーちゃん!」
「へいへい」
 呼べば、と同様、腹をくくったらしい魔公子がカシスの方へ向かった。
 ごろつきくらい、魔力使わなくても倒せるせいか、ちょっぴり協力的なのが嬉しい。
「そういや、手前ェらも召喚術使ってやがったな」
「いや、あたしは素人です」
 何故か剣呑さを増したバノッサの問いに、律儀に応えて。
 ちょっと大きく地面を蹴って、距離をとる。
 視界が開けたせいか、横手で召喚術を繰り出している、綾や夏美が目に入ったのだろう。
 バノッサの表情が、ますます険悪になる。
 ガゼルと同じで、召喚術や召喚師が嫌いなんだろうか。
 サイジェントで権力を握ってる、マーン三兄弟の評判は芳しくないというし、スラムの人間でなくてもそう思ってる人は多いというけれど。

 ――ドン!

「わっ!?」
「ご、ごめん!!」

 などと考えていた隙に、幸いバノッサは斬りかかってこなかった。
 が、別の方面――背後から来た予想外の衝撃に、はニュートンだかフレミングだかの法則そのままに前に突っ伏しかける。
 で。
 目の前には。
 たった今剣を交えてた、バノッサさんがいるわけなんですが。
「……あれ?」
 やっぱり、今度も予想外。
 刃はの上には下りてこず、あまつさえ、バノッサの腕は体当たりした彼女の身体を反射的に受け止める始末。
 けれど、バノッサの視線はを見ていない。
 今、を抱きとめたことさえ、もしかしたら気づいていないんじゃないだろうか。

 ――真っ赤な眼は、前を見ていた。
 ジンガを吹き飛ばし、にぶつけたそもそもの原因を。
 ……カノンを。
 そうして。
「やめろ、カノン!!」
 叫んだバノッサの声は、戦っていた全員の動きを止める。
 それほど大きく、それほど切羽詰った声。
「うわわ!」
 あっさりを放り出し、バノッサはカノンの元に走る。
「アネゴ!」
 今度こそ衝撃に備えたものの、スライディングしたジンガの背に倒れて、とりあえず危機一髪。
 といっても、この子がぶつかってこなければ、こんな目にも遭わなかったわけなんですが、それはそれ。
 ひとまず礼を云って身を起こし――かけた、ところに。
「アネゴ、伏せ……!!」
「ジンガ抱け! 飛べ!」
「――!?」
 ジンガの声と、エドスの声と、それから、声にならないの驚き。
 ふわりと身体が宙に浮き、あっという間に視界が反転する。
 たった今までとジンガがいた場所で、何かと何かがぶつかる鈍い音がした。
 次いで、
「グ」、
 響いたのは、

「るああアああぁぁァアアアああアッ!!」

 まるで、人のものとは思えぬ声。
 だけど何より驚いたのは。
「カノン!!」
 その声の主に、呼びかけていると思われる、懸命なバノッサの声にだった。


 再び視界が反転する。
 肩にを担いでいたジンガが、やっとおろしてくれたから。
 礼を云う暇もなく、視線をめぐらせて――見つけた。
 まるで、大きな手がそうしたかのように抉られた地面と、その先にいるカノンとエドス。
 方向とこれまでの状況からして、地面を蹴って飛び込んだのはカノンのほう。それを受け止めたのがエドスといったところか。
「……ぐ……っ」
 エドスの額に、汗が浮いている。
 筋骨隆々としたエドスの身体がいつになくふくらんでるように見えるのは、カノンを抑えるために全身の筋力を動員しているせいなのか。
 対照的に、カノンの外見はぱっと見何も変わっていない。
 細い、どちらかというと小柄な少年が、巨漢の男を圧している姿は、少し滑稽で――だけど怖い。
 光景そのものもだけど、カノンの眼。
 赤橙色の、丸っこい目。
 そんなかわいい表現の名残はどこにもなく、見開かれた双眸は、果たして自分の組んでいる相手がエドスだとちゃんと認識できているのだろうか。
「カノン! やめろ! “本気”は出さなくていいんだッ!!」
 ――そう叫ぶ、バノッサの声も。
 たぶん、届いていない。

 気づけば、その狂態を目にした故か、周囲の戦闘はなりを潜めていた。

「カノン!」
「近づくな!!」

 力ずくでも止めようというのか、カノンの肩を掴もうとしたバノッサの腕は、けれどエドスの鋭いことばに動きを止める。
「……ッ、こいつは、今、何をしでかすか、判らんぞ……!」
「だからってこのままにしとけるかよ!」
「そうさせたのは、おまえだろう!」
 手負いの獣。
 敵を眼前にした獣。
 そういったものたちに、横から手を出せば、たぶん容赦のない攻撃がくる。
 エドスのことばは、そんなニュアンスを含んでいた。
 けれど、バノッサの焦りようも尋常ではない気がする。
 カノンのその姿についてではなく、もっと、深刻かつ火急な何か。
「……どうなってんだ?」
 戸惑いがちなガゼルのことばが、たぶん、その場の全員の心を代表したものだったろう。
 そんななか。
 皆の意識が、彼らに向かっているなか。
 は、ついと視線をめぐらせて、めんどくせぇとか云いつつカシスの護衛をやり終えたらしいバルレルを見つける。
 ――問いは一瞬。応えも一瞬。
 ん、と、ひとつうなずいて、はゆっくり立ち上がった。


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