とある早朝、本当にスウォンがキノコを持ってフラットに遊びにきた。
「早ッ!」
「前回も云ってましたね、それ」
はい、と手渡された籠を、おそるおそる覗き込む。
一緒に行動することの多い、というか必然であるバルレルと、ちょうど仕事場に出かけようとしていたエドスとジンガも頭を寄せてきた。
ちょっぴり感じた不安に反して、中身は極普通のキノコさんたちだった。
保存用に乾燥させていたものらしく、ほんのり漂う香りがとっても食欲をそそる。
ほう、と、大きな息をついたを、スウォンがくすくす笑って眺めていた。
「安心しました?」
「はい」
バカ正直なやつ。
背後でバルレルがつぶやいていたが、この際それはあえて無視。
リプレにキノコを預け、せっかくだから、と、はスウォンを伴って街に出た。
森暮らしで、あまりサイジェントを訪れたことのない彼と一緒に、街の観光でもしてみよう、という思惑である。
「……それで、どうして僕らもなんだ?」
「いや、なんか、キールさんとクラレットさん、あんまし外に出てなさそうだから、つい」
「つい、で、とおりすがっただけの人間を外に引っ張り出すんですか、は」
「こいつはこーいう奴だよ」
ま、とおりすがったのが運のツキ、ということである。
玄関口が騒がしいのが気になったのか、台所から顔を覗かせたクラレット。
それから、こちらは純粋にただ通りすがっただけのキール。
ふたりの苦笑を一身に受け止めて、はあははと笑ってみせた。
「それにほら。護衛獣だけで放り出すと、何するか判らないですしー」
「護衛獣当人が云うことじゃないだろう」
お説ごもっとも。
そう頷こうとした刹那、目をまん丸くしたスウォンの表情が視界に入る。
「……護衛獣? ってことは……さん、召喚獣なんですか!?」
「はい、そうですよー」
ウソは云ってません、ウソは。
そもそもあたし、綾姉ちゃんたちと同じ世界から召喚されたんだもんねー。
あっけらかんと頷いたを、スウォンは丸いままの目で、上から下まで凝視する。
それから、隣に立つバルレルと交互に見比べて。
「まーさんは判りますけど、さん、すごくリィンバウムの人間らしいのに……」
バルレルは、まーちゃんに次いでまーさんという呼び名を手に入れた!(ちゃららっちゃちゃー)
「ちょっと待て! 何がまーさんだ!!」
「え? だって、まーちゃんってさんや皆さんが呼んでるから……」
「なるほど、『まー』が名前だと思ったわけか」
「当然の解釈ですね」
嗚呼もう何がなんだか。
納得顔で頷くキールとクラレットをギロリと一瞥し、バルレルは勢い荒く踵を返す。
「あれ、まーちゃん?」
「付き合ってられっか! オレは寝る!!」
まだほんの数歩離れただけだったフラットの門に、ずんずか、狂嵐の魔公子は帰っていく。
「……怒らせちゃいました?」
少しばかり冷や汗流しつつのスウォンの問いに、けれど、は笑って首を振る。
そんなことないよ、と。
それから、まだ浮かんでいる疑問符を取っ払うべく、も一度笑って付け加えた。
「――なんだかんだ云って、“まーちゃん”で返事してくれてるから」
面倒見、いいんだよね。結局。
そう云って、ほんわか笑うを見て、クラレットとキールが顔を見合わせていた。
サイジェントの観光自体は、それなりに滞りなく――というか、むしろ意外と和気藹々。
含め、4人が4人とも地理にうといせいで、あっちにふらふらこっちにふらふら。だけど、それさえ会話を弾ませる栄養剤。
スウォンも、これまで森で暮らしててあまり人付き合いはないと云っているけれど、なかなかどうして会話が豊富。
ガレフの森に生息してる植物はだいたい頭に入ってる、と、そう聞いた瞬間、が食べられる植物の名前と特徴を一から十まで吐かせたせいかもしれない。最後のほうは自ら、身振り手振りで熱く語りだすありさまだった。
でもって、カシスの明るさが普段は目立つけれど、キールもクラレットもその気になればよくしゃべる。
植物談義に花を咲かせるとスウォンの横から、やっぱりあれこれ注釈とか質問とか。
フラットから始まって、アルク川、商店街、それにお城、繁華街――
西の果ての辺境だと云うけれど、その気になれば見るところは結構あちこちあるものだ。
だもんで、北スラムに辿り着いたときには、4人とも疲れ果てていた。
別の意味で。
「…………」
「…………」
さて、いったいどこをどう間違えて、自分たちはこんなトコロまでやってきてしまったのだろう。
かといって思い返してみても、繁華街の出店で買った軽食の最後のひとつを誰がとるかで、じゃんけんしていた記憶しかない。
以外の3人は辞退しようとしたのだけど、それじゃ不公平だと当のがしぶった結果だ。
ちなみに勝者はキール。
だけど食べきれないからと、二位になったと半分こ。
もぐもぐもぐ。
ごっくん、と、口に入れてたそれを飲み込んで、は周囲を見渡した。
「このごみごみっぷりは間違いなくスラムだけど――」
「どう考えても、南スラムじゃありませんよね……」
「道、間違えたみたいですね。?」
クラレットさん、無表情のまま口の端持ち上げないでください。
そんな妹の横でキールが困惑顔のまま、やっぱり口のなかの食物を胃におさめるべく喉を上下させる。
「君は、方向音痴なのか?」
真顔で訊かないでくださいキールさん。
「困りましたね……森だったら、ある程度方向感覚働くんですけど」
街はやっぱり、いろんなものがごったがえしていてよく判りません。
のんきに云うのはスウォンである。
北スラムにいったい何が生息しているか、まだ知らない彼だからこそのセリフだろう。
知ってたら絶対、誰だって、さっさと踵を返すはずだ。
だけど、4人のなかのただひとりとして、身体の向きを変えることさえしなかった。
少なくとも、3人は、この北スラムに何があるか知っているはずなのだけれど。
その上で動かないのは何故かというと、話は簡単。
「――あ……」
「何見てんだ、あぁ!?」
何故だか頬に痣つくって座り込んでるカノンと、たった今腕を振り下ろしましたと云わんばかりの姿勢を保ったバノッサが、彼らの目の前にいたからである。
……現実逃避、無駄でした。