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-どこのどいつさまだ-




「ありゃ? 綾さんたちは?」

 ガレフの森の騒動から、明けて翌日。
 朝食を終えて、今日も今日とて庭で軽く身体慣らししようと歩いていただったが、玄関までの道のりで、綾たち4人とソルたち4人の誰にも出あわなかったことに、ふと首をかしげて問うた。
 問われたリプレは、玄関先を掃いていた手を止め、
「ああ……そういえば、なんだか用事があるからって全員出かけたみたいよ」
 行き先違ってたし出た時間も微妙にズレてたけど、あれは間違いなく示し合わせてどこかに向かったわね。
 と、なんとも彼らの苦労を台無しにするようなママのおことば。
「……へー……そうなんですか」
 てゆーか、一応護衛獣なんだから、連れてってくれてもいいのになあ。
 ぼやいたを見て、リプレがくすくす笑う。
って、本当に召喚獣って感じがしないわね」
 今、護衛獣って聞いて、ああそうだったなって思い出しちゃったくらいだもん。
「そうですか? ……たしかに、護衛獣らしくはないと思いますけど」
 特に、たぶん今も部屋でごろごろしてるだろう魔公子あたりなど、いい例だ。
 護衛[しない]獣って注釈がつくのも、そう遠い日のことではなさそう……っていうか、元々バルレルはそういう性格だけど。
 彼が真面目に護衛するっていう光景のほうが、なんだか想像して背筋が寒くなる。
 ――などと思ったとき。
「っだーーーー! いいかげんにしやがれクソガキどもがーーー!!」
 どたどたどたどた!!
「逃げるなー!」
「待てー!!」
 孤児院の奥から、素晴らしい勢いで疾走してきたのは、当のバルレルであった。
 何があったのか、そのうしろから追いかけてくるのはフラットのお子様ことアルバとフィズ。
「ど、どしたの!?」
「逃げるぞ!」
「はあ!?」
 返答さえ待たず、バルレルはがっしとの腕を掴むと、そのまま大きく翼を羽ばたかせた。
「わー!?」
「あー! ずるいー!!」
「ひきょうものーっ!!」
「うるせぇぇッ!!」
「いってらっしゃーい。夕飯までには帰るのよー?」
 喧々轟々とした玄関先で、ただひとり、リプレだけがいつもと同じ笑顔で手を振ってくれたことを。
 ありがたく思うべきか、素晴らしいと感心すべきか。
 迷ったは、ひとまず、にこやかに手を振ってフラットの上空を離脱したのであった。



 空の旅はすぐに終わった。
 元々、目立つわけにもいかないから、人の多い商店街や繁華街まで飛行したりは出来ない。
 フラットから少し離れた、おそらくはもう誰も住んでいないだろうスラムの一角へ一直線に向かったバルレルは、適当な空き地を見つけてそこに着地。腕を引っ張られていたも、バランス崩しそうになりつつなんとか足を地面につけることに成功。
 そのまま、ふたり揃ってぺったり地面に座り込む。
 ……飛ぶのは気持ちいいから、ちょっとだけ、惜しい気もしたけれど。
「何があったの?」
 ぐったり座り込んでるバルレルをつついて、お伺い。
 するとまあ、ばっとこちらを振り返り、狂嵐の魔公子まさしく狂乱。
「ちょこまか小さいのが3匹いるだけで鬱陶しいのに、そいつらに羽やら尻尾やらつつかれてみろ!」
「いや、あたし、羽も尻尾もないから無理」
「……生やしたろか? あぁ?」
 とか云いつつ、子供たちに何もせず逃げるだけに留めたのは、当人なりに気を遣ってのことなのだろう。
 それでもかなり真顔で迫ってくるバルレルから逃げるため、はひょいっと立ち上がった。そのままくるりと身を翻す。
「やーだよーん」
 後で思えば、たぶん、それが、糸を繋ぐ羽目になった最初のきっかけだったのだろう。
「くあー! ムカつくぞソレ!」
「おほほほほほほ、悔しかったらここまで……」

 どん。

「おっとと……」
「わわ、ごめんなさい!」
「バーカ」

 そもそも最初に迫ってきた、ある意味元凶であるバルレルの呆れた一言よりも、ぶつかった相手の無事を確かめるほうが先である。
 視界にちらりと見えた白髪と、ぶつかったときの軽さが、おそらくかなり年のいった人だろうと予想させたから。
 体勢を立て直して目を向ければ、実にそのとおり。
 頭頂部みごとに輝かせ、白髪を肩まで垂らした、ちょっと血色の悪いお爺さんが、壁に背中をつけていた。
「す、すみませんでした。お怪我ありませんか?」
 が、老人は、差し出したの手も、かけた声にも応えず、じぃっとこちらを凝視するばかり。
「・・・・・・」
「……えーっと……お怪我は……」
「・・・何故、お主がここにおる・・・?」
「……はい?」
 深い――とは云えないまでも、それなりに皺の刻まれた老人の目は、これ以上はというほど見開かれていた。
 視線は、真っ直ぐに向かっている。まるで、断じてこの場にいるはずはない――幽霊だか物の怪だか見つけたような。
「……あの……」
「お主、まさか不老者か!?」
「浮浪者違う!」
「いや。浮浪じゃなくて不老。年とらねえほう」
 いつぞや、ソルやカシスたちに浮浪者呼ばわりされたトラウマがちょっぴり尾をひいていたに、横からバルレルが脳天チョップつきでツッコんだ。
「ウィゼルじゃ。ウィゼル・カリバーン」
 そこに、老人が名乗りをあげた。
 となれば、やはり応えねば不義理というものだろう。
です。こっちはまーちゃん」
「やはり……!」
 そうしてが名乗った瞬間、老人の双眸が輝く。
「覚えておらんのか!?」
 がっしとの肩を掴み、なんだか、すごい形相で迫ってきた。
 きたのはいいけど。
 いやよくないけど。
「何をですか何を!? あたし、ウィゼルさんとは初対面ですよ!?」
「何を云う! ならば、これも覚えてはおらんか!?」

 は偽名で、本名はエトランジュ・フォンバッハ・ノーザングロリアなのだとか戯言をぬかしたことを!!



 どこのどいつ様だそれは。


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