……振り返ってみれば、そこには大人数。
生傷がそこかしこに発生しているフラットご一行が、何故だかたちを睨んでいた。
その傍には、先日ここで遭遇したスウォン少年が、泣いてるのか怒ってるのか呆れてるのか、それとも全部ミックスか、そんな表情で佇んでいる。
「どーしてあなたたちはここにいるんですかっ!」
こないだ、森には入るなってあれほど注意したじゃないですか!
「……いや……最初は、入り口のあたりで訓練するつもりだったんですよ?」
「ここが入り口に見えるんですかッ!?」
「見えないけど、えっと、つい調子に乗っちゃって。それに獣さんくらいだったら、誠意を持って接すればきっと判りあえるかなって」
注 : 誠意をもって接する=力と力で語り合う
「俺っち、その厄介な獣ってのと戦ってみたかったし!」
「出たら出たで、ブッ飛ばしゃいいだけだろ?」
3人の答えを聞いて、スウォンの肩ががっくり落ちた。
いや、スウォンだけではなく、周囲にいたフラットの面々も似たようなものである。
「おかしいと思ったんだ……荒野で手慣らししてるって云っていたのに、あたりにいもしなかったから」
籐矢が、剣を持ってない側の手のひらを額に押し当ててそう云った。
いつまでも、折れた剣だの間に合わせの剣だのじゃあこれから不安だと、先日購入したばかりの新品である。
レイドと一緒に行ったおかげか、店の親父もかなり我侭を聞いてくれ、勇人と籐矢は片手剣を、綾と夏美は短剣を、それぞれに合わせて調整してもらったとか。
その勇人たちも、籐矢と同じように頭を抱えていた。
そして、それ以上に脱力し、今にも地面に手をつきそうなのがソルたちである。
「……君たち、今、それを食べるとか云ってたが」
「うん。焼いちゃえば、多少の胞子や毒くらいなんとかなるかと」
「ならねぇよッ!!」
ガゼルの絶叫再び。
「え? そう? でも、一応ホラ、毒消しとか持ってますし」
「うん。俺っちのストラもあるし」
「だから! そのキノコどもは、そういう次元の問題じゃない!」
そいつらは、メイトルパから喚び出され、はぐれになった召喚獣なんだ!!
――ぜえ、はあ。
周りの勢いに呑まれたか、それともどこかの線がプチ切れたか。
どちらにせよ、キールが全力で叫ぶ光景というのは、そうめったに見れるものでもあるまい。
傍の兄弟たちでさえ、目を丸くしているのがその証拠。
そうしてたちは。
今まさに、その召喚獣を食料にしようと企てていた3人は、顔を見合わせて、
「「結論として、キノコはキノコですよね(じゃん)(だろ)」」
とか、云ったものだから。
「「「だ――か――ら――!!」」」
追いついてきた、全員の大合唱になった。
そのキノコの胞子が原因で、この森の主であるガレフが気を違え、スウォンの父の命を奪った仇であると3人が知らされたのは、その直後。
「……ごめんなさい、スウォンさん」
「俺っちたちが悪かったです」
「ふふふ……いいんです、気にしてませんから……ふふふふふふふふふ」
「おー、どす黒い感情がおどろおどろと。食っていいか、コレ」
「なるほど、やはり悪魔は負の感情を好むのか」
「何気にメモとってないで、どーにかしろよアレ」
必死に謝り倒すとジンガ、視認出来るほど高密度の真っ黒オーラを漂わせて微笑むスウォンと、ご機嫌にそれを取り込むバルレル、ついでにそれを横目に戦闘準備しているその他一同。
何はともあれ、当初の目的である敵討ち&キノコの被害を防ぐため、目の前の食料もといトードスだかなんだかいう召喚獣には申し訳ないが、ご臨終していただくこととあいなった。
一部で周知の事実だが、召喚されたものは召喚した者にしか還すことは出来ない。
だが、トードスを召喚した者が誰かは、今のこの状況では判らない。
加えて、調査している時間もない。
ご臨終、すなわち、この世界における生を絶つということだが、異論はどこからも出なかった。
スウォンや、彼に協力するために着いてきていた一行は云わずもがな、食料にしようとしていたたちも、活け造りを食べる気はない。
「……って、そういえば、みなさんどうしてスウォンさんと知り合ったんです?」
「どうしてって、きっかけはおまえさんだろ」
ふと問えば、斧の具合をたしかめていたエドスが、至極当然と云いたげにそう答えた。
「は?」
目を丸くしたところに、勇人の追加。
「おまえたちが、スウォンの話をガゼルとエドスにしたんだろ?」
「あ? ……んなこともあったか?」
「あったよ」
数日前だろう、と、こめかみ抑えて応じたのはソル。
バルレルとソルのやりとりを見て、ぽん、とは手を打ち合わせた。
「あーっ、そうそう。ほらバ……っ違、まーちゃん、ソルさんと一緒に荒野行ったときだよ」
「バッチが?」
「いやいやいやいや、それはいいから」
何気に綱渡りな一瞬もあったものの、バルレルもまた、納得顔で頷いた。
「あったな、そういや」
「それでまあ、厄介な獣というのが気になってな。今朝薪を切りに行くついで、ちょっと奥の様子も見てみようと思ったのさ」
……そういえば、荒野で手合いしてたとき、エドスさんに似た人影が通っていってたような。
それこそ覚えとけよ。
つまりアレか。
中途半端に時系列で説明すると、
たちまだフラット在住 エドス森へ
↓
たち荒野にレッツ出陣 エドス、スウォンと遭遇
↓
たち荒野で手合わせ中 エドス、スウォンと話す
↓
こりずに荒野で手合わせ中 エドス、一度フラットに戻り一行と共にガレフ退治へ
↓
そろそろストラの話が出た 一行、ガレフ倒す。真相判明
↓
じゃあ森に移動しようかと 一行、ひとまずフラットに戻る
↓
調子に乗って奥へゴーゴー 根源を絶つべく、再び森へ
↓
お昼ご飯の相談をはじめる 追いついてどついた
「……こんな感じですか?」
「ええ、そんな感じ……って、あら?」
地面にがりがり書いたの字を覗き込んでいた綾が、ふと首をかしげた。
「ちゃんの字って、少しくせがあるんですね」
「え?」
「ほら、ここの……これ、かきかたのお手本だと平行線なんですよ。でも、少し右上がりになってる」
「どれどれ? ――あ、ほんとだ」
綾の指差した字を覗き込んだ夏美も、こっくり頷いている。
そういえば、彼らは会話は出来るし文字も読めるけど、唯一書くってことが出来なくて、今勉強中だったはずだ。
というのはともかくとして、そんな、指摘されるほど目立つクセなんでしょーか。
矯正すべきかと、ちょっぴり落ち込んだところに、再び綾が声をかけた。
「あっ、悪気はないんですよ。……ただ」
「ただ?」
「昔、よく遊んでた子も、字にそういうくせがあったから……」
うっわあ。
「そそそそそおですか? 偶然ってあるものなんですねえ!」
これは矯正せねば矯正しよう矯正するときっ!!(さ段活用)
あからさまに挙動不審なのセリフに、けれど綾は、「そうですね」と答えて微笑んだ。
さすがに、目の前の真っ赤な髪とか緑の目のカラフルな人間が、その幼馴染みのなれの果てだとは想像できようはずもない。
判っちゃいるけど、今のはちょっと心臓に悪すぎだ。
なにか気を逸らすものはないかと視線をめぐらせたら、実に痛々しげに綾たちを見つめる4人組。云うまでもないが、ソルたちだ。
けれど、の視線に気づいたカシスが、ぱっと表情を変える。
そのまま歩を進めて、ぽん、と綾の肩に手をおいた。
「だいじょうぶっ! ちゃーんと君たちは元の世界に帰してあげるから! そしたらまた遊べるよ!」
今逢ってますけどネ。
カシスの心遣いは実にありがたいのだけれど、綾と勇人は、そのことばに苦笑を浮かべ、顔を見合わせた。
「あっ、ひどーい。信用してないなっ?」
うりうりうり。
「違う違う、そういうわけじゃないんだけどさ」
「――つーか、テメーらいつまでじゃれてんだよ」
何しにここに来たのか、忘れてんじゃねーの?
さりげなくの前にまわったバルレルが、半眼で、じゃれるふたりを眺めて告げる。
「や、忘れてないヨ?」
「ウンウンウンウン」
どうして動きがぎこちないかな、お二人さん。
視界の端に、黒いオーラを発して鏃の調整をしてるスウォンが見えりゃ、そりゃぎこちなくもなるだろ。
そしてキノコは無事片付いた。
「――早ッ」
結局火攻めをくらったソレらが、当初の予定たちの胃袋におさまったかどうかは……とりあえず、彼らのみぞ知る事実である。