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-コードネームは火事場泥棒-




 たしかに、妙な癖がついたのかもしれねー。


 バルレルがそう云ったのは、いもしない神さまに、恨みつらみを200個ほど並べ立て終えたときだった。
 蛇足だが、ミモザには並べ立てていない。
 彼女にそんなことしたら(たとえ察されていなくても)、何が起こるか判ったもんじゃない。
 とりあえず、壮年の男や4人組が戻ってくる可能性も考えて、儀式跡から離れた場所で。
 ふたりはようやく、事情の追及をするだけの気力を取り戻していた。
「……“癖”って、そんな……」
「考えてもみろよ。メガネ女が企んでたのは、時間跳躍だろ? ――なんでオレたちゃ、場所まで飛び越えてんだよ」
 予定外の幅で時間越えたならともかく、この距離はいったいどう説明つける?
 しかも、今のアレ、どう考えても2年前の話そのものじゃねーか。

 いつになく真面目な顔のバルレルのことばに、は、反論するだけの材料を持たない。
 肯定するための材料なら、今、目の前で嫌になるほど展開されていたけれど。

 はい、そのとおりです。

 そのとおりなんですが。


「……認めたくない……」
「認めろ」
「なんでバルレルってばそんなにすぐ現実に即応出来るかなー」

 ぐずぐずと地面に突っ伏したの頭を、そんなバルレルの手のひらが叩く。――あくまでも軽く。

「何でも何もあるかよ。対応しないで逃避してるんじゃ、帰る手段も見つからねえだろが」

 “帰る”

 そのことばが耳から入り込み、脳へ到達して、意味を理解するまでにおそらくコンマ何秒もかからなかった。
 うだうだと揺れていたの身体が動作を止め、そのままがばりと持ち上がる。
「そうだよ、どうやって帰るの、あたしたち!?」
「だから、それを今から考えるんだよ」
 再び意気消沈しようとしたの襟首ひっつかみ、バルレルは無理矢理少女を座らせた。

「――まあ、手段って奴なら、ないでもないだろ」

「え?」

 ぱあ、と。
 夜色の双眸が輝くのを見て、バルレルは小さく息をついた。
 ……現金な奴。
 呆れるより先に、しょうがねぇなと表情がほころぶのは、我ながらどうだと思わないでもないけれど。
 目の前の彼女が沈んでいるのは、やっぱり、見ていて気持ちのいいもじゃないから。

「要するにだ。やつらの話を覚えてるか?」
 ――2年前の物語。
 たった今、火蓋の切られた物語。

 二代目の誓約者たちが生まれ、アメルの力、そしてメルギトスの力を増幅した、ある意味にとっても始まりのひとつの物語。

「大まかなトコなら……」
 覚えてると思う。
 そう続けるのと同時、バルレルが満足げに頷いた。

「最後の最後、サプレスから喚び出された魔王っつーのと戦ったってのは覚えてるな?」
「うん。たしか、そのあとに、綻びかけた結界を繕ったんだよね?」
「そーだ。つまり、世界を囲む結界を修復するっていう、莫迦でかい魔力が使われたってことだ」

 一言一言、噛みしめるように話すバルレル。
 一言一言、聞き漏らすまいと食い入る

 やがて。

 ――ぽん。

 手のひらを打ち合わせる音が、荒野を吹きぬける風に乗って流れた。

「つまり、その魔力を横から借りて戻ろうってこと?」
「おう。それしかねえだろ? オレの魔力じゃ足りねえし、今の儀式は見送っちまったしな」
 あとあれに匹敵する巨大儀式って云ったら、もう、終盤のそれしかない。
「そんなこと云っても、いきなり荒野に飛ばされていきなり恐ろしげな儀式が目の前で始まって、冷静に魔力借りれるわけないじゃない」
 第一、あたしはもう、魔力とか使える身体じゃないんだからね?

 そう。
 の云うとおりだった。
 1年前――ここの時間から考えるなら1年後、は自分に課した物語を終わらせる。
「なんで、こっちにとっては過去なのに、ナレーションは予告形になるかな」
「いちいちツッコむなよオマエも」
 ともあれ、預かっていた白い陽炎も、もう、本来の持ち主に返している。
 救いといえば、それまでにっちもさっちもいかなかった召喚術を、少しずつ使えるようになったことだろうか。
 それでさえ、簡単な初級召喚術をようやくマスターしたというレベルなのだが。


「じゃあ、さっそく綾姉ちゃんたち追いかけて事情を 「話すなー!!」

 なんで?

 ビシッとチョップくらわせれば、涙目になっては云う。

「何でも何もあるか! テメエ、歴史変える気か!!」
「なっ……何よその大げさな云い方! なんで歴史にまで話が及ぶわけ!?」
「いいかよく聞け耳の穴かっぽじれっていうか一回で理解しろよしねーならオレはもう一抜けてサプレス帰るぞ!」

 がっしとの肩をつかみ、真正面から睨みつけ、一息にバルレルは云った。
 ことばに含まれた表情以上の迫力に、の喉が上下する。
 だが、実際彼女が口にしたことはというと、
「……今サプレス帰ったら、今のバルレルと逢えるねぇ……」
 そんな、実にのんきなセリフだった。
 当然、バルレルは脱力してしまうわけで。
「あのな。」
「あ、そっか」
 だが、それがきっかけになったらしく、は首を上下させる。
 瞳に浮かぶのは、得心のいった色。

「あたしたちが綾姉ちゃんに逢うのは、この1年後なんだよね。今逢っちゃ、いけないんだよね?」
「当たりめーだ。本当なら、オレらはここにいねーんだ。その世界で、あいつらはあいつらの決着をつけたんだよ」

 もしもの話を、考えたことがある。
 もし、右じゃなくて左を選んでたら。
 もし、歩くより先に走ってたら。
 もし、好物より先に苦手な物を食べてたら。

 だけどそれは、過ぎた過去で。
 それが確かに存在するからこそ、今、自分がここに在る。

 そしてそれは、揺るぎなきもので。不変のもので。――もう、手の届かないもので。

 だけど、それが可変になるのだ。

 今自分たちはここにいる。
 このとき、いなかったはずの自分たちがここにいる。
 まだ、綾たちに逢わないはずなのに、逢える場所にいる。
 語られるのは遠い先の話である、彼らの物語を記憶に抱いて。

 ……だけど。

 そのとき、も、バルレルも、本当なら“いなかった”、“いるはずがなかった”。

 ――再会は、遥か1年後。


 も。
 そしてバルレルも。

 紡がれるはずのその未来を、変えるつもりなど、とんとない。


 しばし思考に沈んだは、やがて落としていた視線を上げ、首をかしげた。
「……えぇっと、つまり、綾姉ちゃんたちに絶対見つかっちゃダメってことだよね」
「ああ。あとフラットっていったか、あいつらにもな」
「見つからないように、尚且つ、目を離さないように、しなきゃいけないってことだよね」
「おう」
「シオンさんに忍者スキル習っておけばよかった……」
 がっくり肩を落としただったが、今度の復活は早かった。

「うん、がんばろう!」

「足引っ張んなよ?」


 力強く腕をクロスさせ、ふたりはにやりと笑み交わす。
 つまるところはふたりとも、度胸の据わり具合については、似たりよったりということなんだろう。
 ――順応性については、バルレルに一日の長があるけれど。



「よし! コードネーム“火事場泥棒作戦”スタート!」
「まて、なんだそりゃ!」

 何って。
 腕を天に突き上げたまま、はきょとんとバルレルを見下ろした。
「だって横から魔力掠め取るんでしょ? 立派に火事場泥棒じゃない」
「・・・・・・」
 ひゅるる、と、北風がふたりの間をすり抜けた。
 風の余韻が消えたころ、バルレルが、は、と明後日を見て生ぬるく笑う。

「センスねー」

 ある意味正論なのだが、云われたとしては、不機嫌になるセリフ以外の何ものでもない。
「どういう意味よー! そのとおりでしょ!?」
「いくら文字通りだからって、ベタベタなネーミングしてんじゃねぇよ!」
「じゃあ、バルレルならなんてつけるの?」
「オレ? オレなら……、って何云わせんだよ! んなもんつける必要ねえだろうが!」
「だって、あった方が気が入るじゃないっ!」
「あると気が抜けるの間違いだろ、それは!」
「おい」
「だって、前は、ちゃんと名前考えてたよ!?」
「そりゃそーいう環境だからだろーが! 別に複数持ってるわけでなし、つけなくたっていいんだよ!」
「おい」
「でもつけたほうが判りやすいって、絶対!」
「だから何が判りやすくなるんだよ!」
「おい!」
「だーかーらー――」

「おい!! 手前ェらいい加減にしやがれ!! さっきから呼んでんだろうが、聞こえねえのかよ!!」

「「やかましいッ!!」」


 いつの間にか横手から参加していた第三者の声に、とバルレルは、同時に振り返ってそう叫んだ。


 叫んで。






「「あッ! 空飛ぶヒポスタマス!!」」

「あ?」



 二本の指が示した空を、むしろその声と伸ばした手の勢いにつられた相手が振り仰ぐ。





 ――ばびゅん。








「おい! 何も――」



 彼が視線を戻したときにはすでに、とバルレルは地平線に向けて全力逃避行を決め込んでいた。


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