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-物語の始まり、というか元凶-




 最初から、嫌な予感はしてたのだ。
 いつぞや聞いた電気ウナギといい、彼女自身の性格といい。
 何かが起こりそうな予感は、ひしひしと、していたのだ。

 ……悪い予感ほど、本当に、よく当たるものなのだ……





ちゃーん」

 語尾にハートマーク乱舞させて、ミモザがの部屋を訪れたのは、とある穏やかな午後のこと。
 リィンバウム中を震撼させた原罪の風、そして聖なる大樹、それから――自身の帰還から、早数ヶ月。
 ギブソンとミモザの屋敷に住まう人数は、一時期のピークより激減していた。
 まずモーリンとミニス、ユエルがファナンに帰ったし、ルウは森の家に戻り、時折大樹の様子を見に行っている。
 リューグは闘技場に舞い戻り(一説ではフォルテが蹴りだしたとか)、ロッカはアグラバイン、アメルとともにレルム村の復興に勤しんで。
 そうして、マグナやトリスもここにはいない。
 ネスティや護衛獣らとともにラウルの家に戻り、日々、勉学漬けらしい。合掌。

 ――そんなふうに。

 旅立った者。
 したくのために走り回る者。
 より己を磨くために、邁進している者。

 がどれに当てはまるかというと……実は、今のところ、どれにも当てはまっていなかった。

 いや、ルヴァイドやシャムロックの手伝いはしている。
 どの国家にも属さない、自由騎士団の設立のために、彼らは現在進行形で尽力中だ。
 ただ……どーしても、今の段階では国家上層部とかとの交渉が多いらしく、にはあんまり出番がない。
 もちろん、騎士団が設立された暁には、雑用だろーが下働きだろーがまかない婦だろーがやるつもりではいるのだけど。

 でも。

 今のには、正味、やることがないのが事実であって。
 そんなこんなで、たまーに腕を鈍らせないための訓練をする以外は、実はとっても暇なのであった。
 今日も今日とて、宿として提供してもらっているこの一室で、何故かよくおちょくりもとい遊びに来てくれる(実は暇なのを見越してくれているんだろうか)バルレルと、これから訓練しようかと打ち合わせている途中なのであった。
 ちなみにそんな彼の主であるトリスは、午前中の召喚理論だかなんだかで結果が芳しくなかったらしく、午後いっぱい缶詰状態なのだとか。マグナも然り。
 やっぱり合掌。
 彼らの先生役であるネスティの厳しさを、だってよーく知っていた。

「ミモザさん、どうしたんですか?」
「ンだよ、にっこにこ笑いやがって。気持ち悪ィ」

「あらー、バルレル君も一緒なのねー」
 ちょうど良かったわ〜

「「……」」

 ふたりの返答など聞いていなさそうなミモザのことばに、とバルレルは顔を見合わせて後ずさった。
 ちらり、無意識のうちに、視線は窓辺に向かう――が。
 その、ついさっきバルレルがくぐってきた窓の外、穏やかな青空が見えていたはずのガラスの向こうに、巨大な電気ウナギ――あまつさえ、バチバチバチバチ放電中――を見つけ、硬直した。
「ミ、ミモザさん……?」
 ひきつった声で名を呼ぶに向けられるのは、これ以上はないってほどのミモザの笑顔。
 たぶん、大量のケーキを目の前にしたギブソンのそれに匹敵するだろう。
 ――いったい、何、企んでるんですか?
 そんな声にならない疑問を感じたのか、それとも問われるまでもなく説明してくれるつもりだったのか。
 うきうきるんるんらったった、浮かれた声で、ミモザは告げる。

「ほら、前にちゃんたち、禁忌の森で機械魔自爆と魔力暴発に巻き込まれて、場所だけじゃなく時間まで越えたじゃない?」

「……ああ、ありましたねえ」

 うん、あのときは本当に焦った。
 森にいたはずが荒野だったし、やっと連絡とれてみれば、3日間の空白は出来てるし。
 ま、たかだか3日、しかも結果的にはオーライとなったのだから、それはそのまま流していたのだけれど。

「テメエ……何企んでやがる」

 さっきが口にし損ねた疑問を、バルレルがつぶやいた。
 さすが魔公子、溢れる殺気は燃え滾る溶岩でさえ絶対零度で固めてしまいそうだ。
「そうそう、そうなのよー。それでね、そういう時間跳躍を自在に行うっていうのが、可能にならないかなーって思ったの」

 ――ばちい。

 窓の外の電気ウナギが、よりハッスルしてる。
 放電現象バチバチバチ。火花、庭の植木に燃え移ったら危なくないか?

「でね、理論上は、どうにかこうにか完成したわけ」

 二者択一。
 このまま笑顔のミモザに流されるままになるか、感電覚悟で庭に飛び出し逃げおおせるか。
 白い陽炎、返さなきゃよかった。

「あとは臨床実験を繰り返すだけなんだけど――」

「遠慮します!」「ふざけんな!」

 うっふふふふふふ。

「「……」」

 だめだこりゃ。
 真理を探究する蒼の派閥のお姉さんは、自分の研究結果の追究に意識を奪われて、ふたりの反論など聞いちゃいない。

 ぱっ! と。
 それまで後ろに組んでいた腕を、ミモザが持ち上げる。
 掲げられた手のひらには、それぞれサモナイト石が乗っていた。
 彼女の得意技であるメイトルパのそれと、属性的には相反する位置にある、ロレイラルのそれ。

 ミモザさん、それ使えませんよね?

 魔力が反発するから、利用して増幅させる仕組みなのよ。

「そんなわけで記念すべき第一号は、前回も跳んで癖がついていそうなちゃんたちに決定しましたー!」

「「やめれー!!」」

 ――若草色の光。
 ――鋼鉄色の光。

「だいじょうぶよー。うまくいけば、3時間後に跳べるはずだから」

 うまくいかなかったらどうなるんでしょうか。

 そんな疑問を嘲笑うように、光が交じり合い、視界から色を奪う。端々にスパークする窓の外の雷。


   そうして、彼らの世界は白く白く染まったのである。




  ……だいたい、“癖がついた”って、どういう意味さっ!


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