アルバが口をまん丸に開けているのを見て、フィズは、やっぱりいい気味だと思った。
彼が勝手に描いてたヒーロー像が音を立てて崩れたんだろうことは、想像に難くない。
だけど、いまいち素直に喜べないのは、まさかこんな形で再び彼女にお目にかかるとは思わなかったからだ。
フラットのメンバーが勢揃いしているココは、食堂である。
他に大人数入れてだいじょうぶな場所がないんだから、しょうがない。
そして一行の目の前でにこにこ笑ってるのは、“フラットの味方”と、初めて見る三つ目の男。
ふたりの斜め前で、やはり一行を見渡しているのは、昨日フラットに来たばかりのソル、キール、カシス、クラレット。(全員覚えたぞ、えっへん)
どさくさのうちに、フラットへの居候を決めた人たちだ。
ハヤトやナツミたちを、あの荒野に大きな穴を空けた儀式だかなんだかで喚びこんでしまったという、張本人たち。
彼らを元の世界に返すため、協力しに訪れたのだと――
あの儀式に関わった者としての責任を果たすのだと云っていた彼らは、今、“フラットの味方”と三つ目の男と一緒にフィズの目の前に立っていた。
どーでもいいけど、なんかあのひとたち、びみょーにぎこちなくない?
そう、フィズが思ったとき。
「……ごえいじゅう?」
聞き慣れないその単語を繰り返したのは、フラット内でも博識のレイドだった。
「ああ、護衛獣。文字通り、召喚師の護衛だ」
レイドの問いに頷くキールの表情は、本当に少し微妙。
付き合いの長い兄弟たちでなければ、その違いには気づかないだろうけど。
そう思って見ているカシスだって、キールのコトを云えたものじゃない。
そんなカシスの横、やっぱり少しひきつった口調で、ソルがことばを紡いでいる。
「基礎過程を終えた召喚師が初めて挑戦する術が、この護衛獣召喚なんだ」
「何でだ? 決まりでもあんのか?」
「決まりというか、一種の試験なんです」
喚びだした対象を、きちんと護衛獣として育てられればよし、出来なければ基礎過程を一から学びなおし。
誰が決めたと明確に伝わっているわけでもないが、理に適っている部分もあるため、続いている慣習。
それは、自分たちが身を置いていた組織でさえ、例外ではなかった。
自分たち兄弟も、たしかに、護衛獣を召喚し、時を共にした。
だが。けっして。
「……そのふたりが、君たちの護衛獣だというのか?」
「――――ああ……」
ンなワケあるかい。(心の声)
「えっと、つまり、一度は確かに送還したんですね?」
「最近何処かの誰かに召喚されたものの、事故ではぐれになっちゃって?」
「それでおまえたちのこと思い出して、探して旅してサイジェントまで流れついたって?」
「うん、そう」
大ウソだけど。(心の声)
「なら、繁華街でこいつらを守ったのも――」
「儀式をした俺たちの、魔力の残滓がまといついていたかららしい」
一部本当ではある。(心n(略)
「世間って狭いのね……」
納得してるしリプレさんたら。(心(もういい)
この一連の説明はもちろん、昨夜のうちに彼らが立てておいた筋書きである。
綾たちに入り込んだと思われる儀式の残滓を監視するだけなら、の申し出は却下される可能性があった。ていうかそれで当然だろう。
でも、バノッサがいる。
勇人と綾が召喚術を使った現場を見るやいなや、異常とも云えるほど激昂したオプテュスのリーダーが。
ふたりは、カシスたちにこう云った。
「皆さん、たぶん、荒事にはあんまり慣れてませんよね?」
「召喚師なんざ、どっかの間抜け兄妹でもなきゃ、普通は机にかじりついててひょろっちぃもんな」
――後者がどこの誰のことを云っているのかは判らなかったが、そのことばは正論だった。
ただでさえ、ただひとつの目的のために集められた自分たちだ。
魔力を高めるために、知識を身に付けるために、必要な食事と運動以外はすべて召喚術の学習に費やした。
召喚術同士での戦いなら、まず負ける気はしない。
だが、バノッサは剣士だ。
ついでに云うなら、実力は、おそらくレイドをも上回る。
もし彼がまた襲ってきたとき、果たして召喚術を唱える暇を与えてもらえるか。
そう問われ、誰も、明確な答えを用意することはできなかった。
そうしてそれを見透かしたかのように、ふたりはもう一度、同じ要請を繰り返したのだ。
すなわち、
『意図しない揉め事が起こったときには戦力として使っていいから、自分らもついでにフラットに引き込んでくれ』と。
少なくとも、デメリットはないように思えた。
だから、カシスたちは、ふたりの案を受け入れた。
荒野で彼らが話したこと、そのままを説明するとさらにややこしくなるから、自分たちが過去に喚びだしたつながりのある、召喚獣として。
発案したのは、やはり、三つ目の悪魔である。
……それに。
それにだ。
ふたりもまた、自分たちと同じように、ここの人々に云えない何かを抱えているとしか思えない。
だからこそ、こんな遠回りな手段を用いたのだろうし。
感傷と。
云わば云え。
自分たちだけが後ろめたいのではないのだと―― そう、思っていたいのだ。
「――うん、いいんじゃない?」
にっこり微笑んだリプレのことばに、ほう、とはため息をこぼした。もちろん、安堵の息だ。
「じゃあ……?」
クラレットのことばに、フラットの家計を一手に預かる主婦は、もう一度笑う。
「バカガゼルや、籐矢たちを繁華街で守ってくれたっていうし」
「……ま、こないだの夜も、世話になったしな」
「あたしの代わりに人質になってくれたしっ!」
次々と援護も入る。
日頃の行いって、本当に大事だ。一種の結果オーライ状態とはいえ。
ぽん、と大きな手が、の頭に置かれた。
隣を見れば、バルレルの頭上にも同じ手が置かれている。
はともかくバルレルは、唐突なその行為に目を白黒させていた。
ちびっこ時ならともかく、今の青年姿でそういうふうにされるとは、まさか思っていなかったんだろう。
手を置いた当の本人であるエドスは、人好きのする笑みを浮かべて口を開く。
「――まあ、なんだ。無事に主人と逢えてよかったな」
「は……はい」
ただ、これだけは。
こんな優しい人たちを、このことで騙すのだけは。
……心が、痛い。
でも、そうしなければ、いつか見た明日の光景が変わってしまいかねない。
それだけはいやだった。
辿り着くはずのあの時間を、壊してしまうのは、どうしても避けたかった。
これでも、イロイロ考えてはいたのだ。一応、これまでも。
今ココにいるのは、“”。
“”はいない。
目の前にいる綾も勇人も、目の前の赤い髪の女の子が、数年前に生き別れになった幼馴染みだとは気づいていないだろう。
気づくはずもないだろうし。
籐矢や夏美に至っては、完全に1年ほど後が初対面だ。こちらは心配なし。
いちばん無難な手段としての、傍観者に徹するつもりは、たしかにあった。
“”と“バルレル”の存在を、この時間の人たちに知られてはいけない、それは判ってる。
判ってる、けど。
“”と“まーちゃん”は、別に、知られてもいいんじゃないか?
騙すことになるのだけは、本当に、本当に申し訳ないと思うけど。
先んじて自分たちの立ち位置をつくってしまえば、あれこれと詮索もされまい。
ずるいけど。
せこいけど。
うそつきだけど。
帰ったらちゃんと謝りに行くから、どうか、今はそれを受け入れててください。
――そんなの葛藤を知ってか、バルレルが、軽く背を叩いた。
同時に、
「フラットへようこそ!」
綾や勇人、籐矢に夏美も加わった、フラットの人たちの声が、食堂に響き渡ったのだった。
まだ少しぎこちないけど、ゼラムの皆を思い出させてくれる暖かい雰囲気に、自然、笑顔がこぼれた。
そうして笑いあいながら――決意ひとつ。
あたしは、だ。
ここにいるあたしは、。
名前が変わっても、見た目が変わっても。
本質を知ってる一人が傍にいるからこそそう思えることを、知っているから。
だから、余計に強く、自分に云い聞かせる。
あたしの名前は、。