フラットに居候が増えた。
荒野で、ガゼルたちが出逢った4人の召喚師だ。
家計をどうしようとリプレが悩んでいたが、4人がある程度の金銭を所持していたため、宿泊費として徴収することになった。
彼らも特に反対はしなかったし、むしろ、カシスと名乗った少女が積極的に世話賃だからと差し出していたような一幕もある。
でも。
「なあ、フィズ」
もう夜も遅いから、と、子供部屋の電気はすでに消されている。
ベッドの縁に腰かけたフィズを照らすのは、窓から入る蒼白い月の光。
「おまえが見たっていうさ、“とおりすがりのフラットの味方”って、結局どーしたんだよ?」
寝息を立てているラミを起こさないようにという配慮か、アルバの声はかなり小さい。
自然、答えるフィズの声も小さくなる。
「知らないわよ」
「は?」
「なんか、気がついたらいなくなってたんだもん」
今ごろ、どこかでこんなふうに月を見てたりするんだろうか。
月光の下の赤い髪は、たぶんとてもきれいだろう。
そんなことを考えながらも、フィズの思考の一端は、荒野での騒動の顛末を正確に描いている。
「オプテュスの奴らが引き上げてさ、途中で乱入したソルたちはいたのに、あの女の人だけ姿なかったのよ」
それはもちろん、バルレルが引きずっていったからだが、そんなことフィズが知る由もない。
ついでに云うなら近くの岩場を探せば見つかったはずだが、ソルたちが、はぐれなどに出くわす前に帰ろうと促したため、辺りを探してみる余裕もなかった。
「ふーん……なんか、変な奴だなあ」
フラットの味方ってんなら、もっと堂々と姿現したっていいのになあ。
天が呼ぶ地が呼ぶ(略)参・上!! とかさ。
アルバが脳裏に描いている“フラットの味方”像が、なんだかユカイなモノになっていることにフィズは気づいたが、あえて何も云わずにいた。
ふーんだ。
本物見て、ビックリすればいいのよ、アルバなんか。
……当の本物が、すぐ傍の路地で、抜け出してきたカシスと逢っていることとはつゆ知らず、フィズはひとりごちたのだった。
カシスを呼び出したのは、たちのほうだ。
夕方のうちに確かめておいた彼らの部屋の窓目掛け、バルレルに肩車してもらって小石を当てること数回。
やっとこ窓を開けてくれたカシスは、そんな光景を見てふきだしていた。
「昼間はありがとうございました」
「え? あ、いいっていいって。うん、たいしたコトじゃないよ」
コトが終わったあと。
姿を消したを探そうと云い出した綾たちを、はぐれがいつ出るか判らないからと急かしたのは、目の前のカシスたちだ。
そのおかげで、たちは今回も、直接接触を避けられた。
もっとも、今日みたいなことを繰り返すのなら、否応でも近いうち、接触することになるだろう、とはバルレルの弁。
それにはも反論しないが、出来れば心の準備をしてからにしたいではないか。
ついでに、身元についてのアリバイもつくりたい。そのためには、昼間に嘘八億かまさせていただいた、目の前の彼らの協力が不可欠。
ソルたちに告げた『儀式の巻き込まれでサプレスから来た』では、彼らにも不都合があるだろう。そこを突いて、もう一枚――たとえが妙だが、猫をかぶる手伝いをしてもらうつもり。
「事情は知らないけど、キミたちも苦労してるんだね」
「あはは……」
お互い、腹に一物抱えた者同士。
笑いあうとカシスの表情は、何故だかとても似ている。
ただ、は半分自棄が含まれていて、カシスは半分痛みが含まれているのだけど。
「で?」
そこに問いかける声は、すぐ傍の塀の中から――さっきが石を投げた場所だ。
カシスが抜け出すのに使ったらしい、山積みの木箱の上に危なげなく立って、ソルが彼らを見下ろしていた。
その下に気配があとふたつ。キールとクラレットなのだろう。
「礼を云うためだけに、呼び出したんじゃないだろ? 俺たちに、何か用があるんじゃないのか?」
「まぁな。用っつーか頼みだな」
頷くバルレルは、今夜はさすがにちびっこ姿に戻っていない。
三つの目に見据えられたソルは、軽く肩をすくめていた。
「なんだ? 巻き添えを食らわせたってこともあるし、俺たちに出来ることなら……と云いたいところだが」
「そうするだけのメリットを、君たちは提供してくれるのか?」
塀の向こうから、キールが続けた。
「私たちも、ボランティアをしてる暇はないんです」
手厳しいぞ、クラレット。
それでも呼び出しに応えてくれたのは、おそらく、荒野で生まれた小さな連帯感故だろう。
だけど、たちだって、何も考えずに彼らを呼び出したわけじゃない。
荒野での彼らの戦いを見て、はっきりしたから、この場に案を持ち込むことにしたのだ。
「メリットになるかどうか、判断するのはテメエらだな」
バルレルが、そうつぶやいた。
その横で、はバルレルと自分をそれぞれ指差してみせる。
「提供するのは戦力です」
――優秀な護衛獣は、御入用ではありませんか?