おまえたちは、いったい何者だ?
会話の成立する距離をおいて対峙した、ソルの第一声はそれだった。
「テメエらの巻き添えを食ったんだよ」
いかにもめんどくさそうに――事実、面倒なのだろう――、バルレルが返す。
だが、そのことばに、ソルたちがはっと目を見張った。もそれは同じである。
いきなり何を云い出す気だ、こやつは。
「……オレが、ドコの世界の出身か。それくらいは見て判るな?」
「サプレス、だな?」
慎重なソルのことばに返す、不敵な笑みは肯定の意。
「まさか、おまえが魔王……!?」
キールが、じり、と後ずさる。
そのことばに、カシスとクラレットも、弾かれたようにたちから距離をとろうとした。
が、
「いや、俺たちが喚ぼうとしていた魔王は、少なくともこいつじゃない」
そう告げたソルのことばに、彼らの動きが止まった。
今度は、バルレルの目が少し見張られる。
「ほう?」
根拠は?
「……………………」
ためらいは、数秒。
けれど、待っているにしてみれば、数分から十数分ほどの体感時間。
ソルが懐に手を伸ばしたときには、ほう、と、意図せず息が零れたほど。
「召喚対象となった魔王なら――この媒介を通じて、俺たちのうち誰かの中へと強制的に押し込まれたはずだからだよ」
ことばとともに、ソルの手のひらに乗せられた水晶が、陽光を反射して輝いた。
「サプレスの貴霊石……どこで、そんなもん手に入れた?」
「さあ、な。なんでも、あの儀式の実行者だった人が、何年も前に手に入れたものらしいが」
無色透明かと思われたそれは、陽光と、それをさらう風の具合で、きらきらと色とりどりに輝く。
紫、蒼、虹色――
それに目を奪われかけたの耳に、響いたのはキールの声。
「でも、貴霊石のことを知っているとなると、サプレスの住人だというのは間違いはなさそうだ……」
「それに、そのへんの悪魔よりかはるかに強いってゆーのも、だね」
明るく告げるのは、カシスの声。
「……それでは、巻き添えを食ったというのは?」
「そのままだよ。おまえらがやってた儀式、あれが途中で暴走しただろ」
「・・・・・・」
バルレルはいかにも当事者っぽく話しているが、隣のは気が気じゃない。
思わず、彼のまとう服の裾を掴んだものの、その手が震えていることに遅まきに気づく始末。
……だって、もし、ここで下手うったら、過去がレッツパラドックス。
帰った先の時間が、自分らの知ってるそれと変わっちゃう可能性、大だよ?
「詳しい理屈は判らねえが、とにかく暴走した儀式のせいで、周囲の奴らまでこっち側に引っ張り込まれちまったんだよ」
オレも、その一人ってわけだ。
ふと、クラレットが口元に手を当て、何やら考え込む。
「たしかに……サプレスのはぐれ召喚獣が増えたというのは、私たちも確認していますが……」
バルレル、博打大当たり?
いや、まだ半分当たった程度。
首をかしげて目でそう問えば、にやっと判る程度に、バルレルは小さくかぶりを振る。
それから、ソルたちに向き直った。
「そんなわけで、しばらくテメエらのことも観察させてもらったぜ」
儀式で引っ張り出された、あの4人のニンゲンどもも含めてな。
「――!」
目の前の、4人の表情が一様に強張る。
「それじゃあ……フラットの傍で浮浪者のふりをしていたのも?」
「…………まあ、な」
おいバルレル、遠い目になってるぞ。
心中思わずそうツッコんだに、おそらく本日最大の難関だろう質問が、とうとう発された。
「それじゃあ……そこの、“とおりすがりのフラットの味方”の子は? サプレスじゃないよね?」
悪魔然としたバルレルはともかく、はどう間違っても天使とも悪魔とも誤魔化せる外見ではない。
シルターン出身とか云ってもいいが、つっこんだ質問をされたらそこでアウト。
だが、さすがバルレル。
伊達に虚言と奸計を操るどっかの誰かと知り合いやってない。
動揺ひとつせず、むしろ堂々と口を開いて曰く、
「こいつは、人間だ」
オレが前にこっちに召喚されたあと、用が済んで送還されたとき、何を間違ったか一緒にサプレスに送られた、な。召喚者も何とかしようとしたみてえだが、オレと誓約した石じゃ、コイツを喚びだすことは出来なかった。かといって、リィンバウムで暮らしてたコイツと召喚の誓約は結べねえ。
「んで、帰しようがねえから、オレがサプレスで面倒みてたんだよ」
「……そんな!? 普通の人間が、サプレスの高密度の霊気に触れて平気でいたのか!?」
「だからオレが面倒みたつってんだろが!」
真面目に驚いてるソルさんすみません、ウソです、ウソなんです。
脳裏で一生懸命手を合わせているには気づかず、4人は、改めてこちらを上から下から凝視する。
「……悪魔が、人間の面倒を?」
「あ? なんか文句あっかよ?」
「いや。意外だっただけだ」
つぶやいたのはキール、バルレルの難癖つっかかりに応じたのはソル。
ケッ、とバルレルは小さく喉を鳴らして笑う。
「その召喚主はな、ニンゲンにしちゃ珍しくバカで間抜けでお調子者で、オレも気に入ってる奴なんだよ」
それが誰のことなのか、この場でだけは判ってしまった。
今頃は、まだ、蒼の派閥にいるんだろう。
何も知らず、兄と笑いあっているのだろう――トリス。
大きな嘘のなかに、小さな真実。
含まれたそれが、バルレルのことばの信憑性を増していた。
「……コイツは、そいつの友人だ。だから、オレにはコイツを放り出さない理由がある。これで満足か?」
締めくくるように告げられたことばに、ソルたちはゆっくりとうなずいて。
「じゃあ、フラットの味方っていうのは?」
「コイツ、超絶バカだからな」
答えになっているのかいないのか。
そうくることは予測されていたのだろう、それとも、バカ、イコール、お人よし、の構図に気づいてもらえたか。
いずれにせよ、愛想もへったくれもないその返答は、さいわい、反感を買わずにすんだようだ。
「キミも、召喚師?」
沈黙が舞い下りるより先に、次鋒カシス。
それには、ははっきり首を横に振る。
疑問符を頭上に浮かべた彼らに一言、
「あたしは、このひとの友達です」
他に説明を求められても、これだけしか答えないぞと言外に匂わせて、そう告げた。
それも承知の上なのか。それとも先日話したカノンよりは召喚術というものを熟知している故か、やはり彼らに驚きはない。
「……最後にひとつ。君たちの事情は判ったが、それじゃあ、何のために彼らを追っているんだ?」
「キール」
「のらりくらりしていても、たぶん意味はない。僕らも彼らも、お互いに、知りたいことはこれじゃないのか?」
意外にも、核心をつついてきたのはキールだった。
クラレットが、彼を少し非難の混じった目で見ているが、動じた様子もない。
「まあな」
それに同意を示したバルレルを見て、ソルが追及。
「答える意思はあるんだな?」
「――答えるもなにも、オレらの目的はひとつっきゃねぇよ」
ちっと考えりゃすぐにでも判るだろ。ついでに、その目的はたぶんテメエらのジャマになるよーなもんじゃないとだけは、云っとく。
「そのことばを、信じろと云うんですか?」
「ことば以外に、証明する手段はありませんから」
「……それは、そうだけど。それだけで信じろっていうのは、ちょっと難しいよ?」
そう云うカシスの表情は、けれど、自身のことばを少しだけ裏切っている。
証拠というほどのものもないけれど、彼らを包む緊張感が、少しだけ薄れていた。
互いに敵意はない。
そのことが、ほんの少し、たちと彼らを近づける。
あともう少しで、手が届く――
そんな確信を、たぶん、双方が抱こうとしたとき。
「なんだ、てめえら!」
――強い、敵意を帯びたガゼルの声が、彼らの間に割り込んだ。
「「!!」」
もバルレルも、ソルもキールもカシスもクラレットも、一斉に儀式跡を振り返った。
それから、今自分達の立つ場所が開けていることに気づき、あわてて近くの岩場に身を隠す。
幸い、穴底の一行の視線は頭上のこちらではなく、別方面から彼らを追いかけてきたらしい、オプテュスのゴロツキたちに向いていた。
……いや、幸いというには、眼下の一行の立場に立てば語弊があるかもしれないが。
それでもやっぱり、ある意味幸いだ。
「バノッサさん、いない……みたいだね?」
「だな」
「それなら、彼らだけでもだいじょうぶだろう」
「そうだね」
のつぶやきにバルレルが応え、キールがつづけ、カシスが同意する。
その一連のやりとりのあと、
「・・・・・・」
少し間を置いて、一行は顔を見合わせた。
「……」
へへ、とが笑えば、つられてカシスも照れ笑い。
なんとなく似通ったふたりの笑みに、クラレットも小さく微笑んだ。
穴底の戦闘を注視していたソルがそれを見て、苦笑を浮かべている。キールも然り。
ただバルレルだけは、呆れたように、そんな彼らを眺めていた。
なんとなく、ほっこりした空気がそこに漂う。
眼下で繰り広げられている戦闘が、フラットメンバー寄りに展開されている安堵もあるんだろう。
「あたし、カシス。キミ、なんて名前?」
カシスの問いに重ねて、とりゃー! とガゼルの気勢が聞こえる。
「っていいます。こっちがまーちゃん」
「私はクラレットです。それで、こっちが……」
おいで、テテ! と、夏美の叫ぶ声がした。
「ソルだ」
若草色の光が、視界の端できらめいた。
「僕はキール」
テテに体当たりされたゴロツキが、お空を飛んでお星様になっていた。
地面に突っ伏した身体を横滑りに動かして、カシスがの傍に寄る。
真っ白い服が茶色になってしまってるのだけど、本人は別に気にしてないようだ。活発な人らしい。
「……あのさ、キミたちの狙いって、本当に何なの?」
「火事場泥棒です」
「は?」
としては至極真面目に応えたのだけど、返されたのはでっかい疑問符。
カシスどころか、クラレットも、戦いの方を見ていたソルやキールも目を丸くしてを見ていた――のは、ほんの一瞬。
「おい」
すぐに表情を改めて、ソルが眼下を指差した。
見れば、ぶちのめしたゴロツキたちを放置して、さっさと立ち去ろうとしている綾たちの姿。
まあ、たしかにその選択は正しい。厄介モノには関らないに越したことはない。
でも。
でもさ。
さすがにそのままだと、気絶してる間にはぐれに食われる可能性もあるんですが?
「……」
顔を見合わせたのは、ほんの一瞬。
「じゃ、男どもあとはヨロシクー」
「まーちゃんがんばってー」
「オ、オイ!?」
激烈笑顔全開でカシスとはそう云うと、クラレットを引っ張って、さかさかとその場を後にした。
残されたのは魔公子1名と、未来の護界召喚師2名。