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-うぃーあーざ・カルガモ-




 その日一日は、とくに何事もなく終了した。
 ガゼルと綾たち一行が荒野に出かけてようとしていたので、慌てて追跡したものの、本格的な遠出は明日ということになったらしい。
 安堵の息をつくとバルレルなどつゆ知らず、彼らは彼らで一日を満喫していたようだ。
 綾と夏美は買い物に出かけたり、籐矢と勇人は剣の稽古に勤しんだり。
 先日がアドバイスしたことも生かして、召喚術ってものに手を出してみたり。
 ポワソやテテが出てきたときなんか、フラットの子供達のいい遊び相手になっていた。
「――なんか、一日だけでも結構馴染んでない?」
 わいわい、にぎやかなフラットの夕食時の声をBGMに、パンをかじりつつはつぶやいた。
 だな、と、バルレルがその横で頷く。

 すっかり、日陰者的生活が板についた気がする今日この頃である。

 深く考えるとどうしようもなくわびしくなるので、あえてそのへんは意識から除外した、夜の一幕。




 一晩明けて、今日もいい天気。
 ガゼルとレイドとエドスをつれて、勇人と綾と夏美と籐矢は荒野を行く。
 少し後ろを、緑の髪の小さな子供が追っている。
 その後ろを、どこかで見た4人組がついていく。
 さらに後ろを、とバルレルがついていく。

 どこのカルガモの親子だおまえら。

 ちなみに、最後尾のたち以外、ちっともその事実に気づいていないのがとっても笑える。
 いや、真ん中の4人組は、少なくとも斜め前を行くフィズの存在には気づいているだろう。
 始めのうちこそ、あんな小っさな子がいったい何を、と思ったが、どうやら綾たちをつけているようだ。
 子供ならではの好奇心だろうか。
 それはそれで結構なことだが、おかげで周辺のはぐれを人知れず撃退しなければいけなくなったとバルレルの心労は、でかかった。
 だって、ソルたち一行はフィズには全然お構いなしだし。
 けど、はぐれはそんなの知らないで、おいしそうな子供がいるぞとばかりにわいて出てるし。
 となるとやっぱり、そいつらの撃退はたちの仕事になるわけで。

 ……クレーターに辿り着いた頃には、ふたりとも、実に疲労困憊していたのである。

 しばらく儀式跡を探索するらしい一行の見える場所に腰をおろして、体力回復。
 サモナイト石を見つけただの、獣の牙みたいなのがあるだの、穴底から時折聞こえる声に危機感はない。緊張感ならあるが。
 よほど大きな儀式だったらしく、かなり濃いサプレスの残滓が漂っているのだ。
 はぐれ召喚獣とて、おいそれと近づけはしないのだろう。
「あー……気分爽快」
 逆にサプレスの残り香を取り込んで、バルレルはご機嫌。
「元々、サプレスへの門が開きやすい場所だったんだが……完璧にこじ開けられてんなぁ」
 昔をなつかしむような彼のことばに、は首をかしげた。

「開きやすい?」
「ああ。リィンバウムの何箇所かには、そーいう場所があんだぜ」

 特に術を施したわけでもないのに、サプレス、ロレイラル、シルターン、メイトルパといった四つの界と馴染みの深い場所。
 たとえば、ここならサプレスだ。
 世界を覆う壁は、本来、召喚術でなければすり抜けられないが、この場を狙えば、サプレス側から力を加えてやれば門が開かないこともない。
 そのためには、魔公子だとか悪魔王だとかくらいの力が要るけれど。
 似たような、他の三界にそれぞれ馴染みの深い場所が、世界には点在しているとバルレルは云う。
 もっとも、知っていたところで、尋常な手段では何かに利用できるようなものではない、とも。
「……儀式をした奴らは、それを利用しやがったんだ。目的はどうあれ、その技術と根性は、ニンゲンにしちゃやる方だな」
「目的はどうあれ、だね。ホントに」
 見下ろした先には、クレーター。
 穴底には、巨大な魔方陣。
 行われた儀式の、残滓。

 サプレスの魔王をリィンバウムに喚び込むために、用いられたモノたち。

 ――ふと視線を動かせば、やはり、岩場に隠れて綾たちを伺う集団がいる。
 ソルとカシス、クラレットにキール。
 彼らもまた、魔王を喚び込むために、用いられた――存在。
 事実を知っている感傷故だろうか、真剣な顔で眼下を見つめている彼らを、哀しく思う。
 そう遠くないうちに、あの人たちが揃って笑いあえる日がくるのだと、判っていても、どうしても。
 と。
 ぐい、と、襟首を引っ張られた。
「あんま見てんな。気づかれたらどーすんだ」
「……あ」
 そっか。
 そう頷こうとして、やめた。

 代わりに口にしたことは、

「ごめん。もう手遅れっぽい」

 バルレルの固まる音を背後に聞きながら、は、こちらに向かって歩いてくるソルたちに向けて、とりあえず手を振ってみた。
 もちろん、振り返してくれたりはしなかったけど。


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