TOP


-いつか逢う者-




 制御など考えず、がむしゃらに叩きつけられたその刃と力によって、魔王はリィンバウムでの存在を保つ力を失った。
 それはすなわち、器となった青年の、そもそもの命が尽きたことを示す。
「――――、――――、……っ」
 力を出し切った全員が、荒い息で座り込む。
 断末魔を上げて身悶える魔王を、ただ見つめて。
 だんだんとその輪郭が薄れていく有様を、ただ見据えて。
 そこに。
 ゴウ、と、宿る器も制御する意志もなくした、残された魔王の力が暴れ狂いだした。
「ぐあッ!?」
「きゃあぁぁっ!!」
 魔王との戦いで力を使い果たした彼らに、もはやそれを留めるだけの力はない。
 誓約者たるハヤトたちにしても、また同じようにソルたちも、先ほどの一撃にすべてをつぎ込んだ。
 ……抗しなければ、待っているのは間違いなく、死。
 それが判っているのに、誰の身体も動かない。
「こんな……こんなのって……!」
 ここまで、きたのに。
 バノッサを、カノンを、救えなかったのに。
 今この場にいる仲間たちさえも、救えないのかと。
 嗚咽、うめき。
 ――だけども忘れるな。
 それをよしとしない異分子が、そこにいる。

 ざっ、と、もう一人の魔王が彼らの前に立った。
「ケケケッ、よくやったな、テメエら」
 無言で、赤い髪の少女がその横に並ぶ。
 魔王は云う。
「あとはコイツを頂けば、全部終わりだ……!」
 魔力が唸る。
 そこへ集う。
 魔王が掲げた手のひらへ、行き場のない力が流れ込む。
 少女が、気遣わしげに魔王を見上げた。
「……足りる?」
「いや、少し貸せ」
 やっぱちっと、心もとねェ。
「判った」
 轟音だけが支配する彼らの聴覚に、その会話は何故か、するりと入り込んできた。
 そうして顕現。
 吹きすさぶ魔力の傍に、白い陽炎――いや、焔。
「……ッ!」
 “魔王の一は、白き焔の傍らに”
 そのことばを思い出し、セルボルトの名を持つ4人は瞠目した。
 たしかに、魔王とは、今目の前にいる彼のことだと思ってはいた。
 だが同時に、白い焔とはなんだろうかと思わなかったと云えば嘘になる。
 ――抱いたことさえ忘れかけていた疑問は、ここで氷解したのだ。

 魔力が迸る。
 焔が猛る。
 さきほどの断末魔に代わり、今世界に響くのは、魔王の咆哮。
 自身の魔力。
 儀式に集められた魔力。
 倒された魔王の魔力。
 ――そうして。白い焔。
 誓約者の持つそれを、寄せ集めとはいえ凌駕しかねない、膨大な膨大な力の集合。
 何かが起こる。
 誰もがそれを察した。
 何かが開く。
 それは、界の門などというものではない。
 ふたりは行ってしまうつもりだ。
 誰もが、そうしてそれを察した。

 アヤが動いた。
 目を見開いて、察したそれを飲み込んだ直後。
 疲れ果てた身体を引きずって、懸命に呼びかける。
「待ってください!!」
 少女が振り返る。
「…………」
 真摯にこちらを見つめる翠の双眸に、アヤはことばをなくした。
 追随しようとしていた、ハヤトたちもだ。
 だけど問わねばならない。
 だけど云わねばならない。
 たぶん、これが最後だ。
 そう思うのに、何故か口が動かなかった。
 この世界に来て初めて出逢ったはずの彼女に、どうして、懐かしいといった感情がわくんだろう。
 答えはその心の奥に。
 だけど、今はまだ。まだけして、呼び起こさないで。……少女の瞳は、そう語る。
 アヤの知らぬうちに、彼女の心をそこだけ塞ぐ。
「……っ」
 ずるい、です。
「そんな目されたら……っ、何も……っ」
 何も訊けないじゃないですか――
 力なく座り込んだアヤの横、ソルが進み出た。
「答えろよ、“カタチだけ”護衛獣」
 “答えろ”と云いながら、拒否権もちゃんと与え、彼は皮肉な笑みを浮かべた。
 最後の最後までおそらく何かを隠しつづけ、自分達さえも騙しきった彼女たちに。
 アヤもつむごうとしていた問いを、投げかける。

「“おまえたちは何者だ?”」

 それは、最初の最初にも投げかけた、彼らからの問いだった。

「“とおりすがりの、あなたたちの味方です”」

 それもまた、彼女がいつも用意して、貫き通した答えだった。
  ――そう。最後の最後まで。

 だけど、ひとつだけ。
 ソルの予想しなかった答えを、彼女はくれた。
 アヤに、ソルに、そして彼らに。

「それから、“いつかあなたたちに逢う者です”」

  ――それはきっと、近くて遠い、未来に訪れる物語――


←前 - TOP - 次→