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-誓約者-




 ――――オオオオオオオオォオオォォォォォォォォオオォォォ

 魔王が吼えた。
 叩き込まれるエスガルドのドリルが、容赦なくその身をえぐる。
 カザミネの居合が、確実に魔王の肉体を削っていく。
 ――コロセ
「…………」
 周囲に満ち満ちる霊気が、それを伝える。
 咆哮に混じった、“彼”の願いを。
 ――コロセ
「……怒っていいよ」
「ま、恨みたきゃ恨め」
 その願いだけは、叶えてやらねェから。
 覚えておけるなら、恨んで詰って罵ってよし。
 つぶやいて、バルレルは、悪魔兵たちに目を向けた。
 すでに眼前の敵をすべて片付け、悪魔達は、王たる彼の次なる命令を待っている。
「テメエらは、先に帰っとけ」
「魔公子、アナタハ――」
「オレか?」
 ククッ、と、喉を鳴らして。
 狂嵐の魔公子は、実に楽しそうに笑った。
「戻って驚け」
「ハ?」
「いいから、とっととサプレスに帰れ。門はコイツが開けっから」
「あたしかい」
 ぶつぶつ云いつつ、は、傍に漂っていたリプシーを喚び寄せた。
「ぴぅ」
「ありがとね」
 今度喚ばれるときは、あのなかの誰かの声に応えるんだよ。
「ぴーぃ、ぴ」
 ――あなたも。喚んでくれたら、いつでも行くから
「……ありがとう」
 最後に頬ずりして、サモナイト石を握りしめる。
 意識を開いて、リィンバウムの力を少し借りて、送還の門を大きめにつくった。
 リプシーを還すための光を拡大して、悪魔たちも一緒くたに送還する腹である。
 光に包まれた悪魔たちが、次々とサプレスへ戻っていく。
 一体、また一体。
 そうしてまず、悪魔達がすべて還った。
 次にリプシーの姿が消え、パラ・ダリオが、ふたりに一礼して消えた。

 ――――オオオオオオオオオォォォォオオォォ……!

 魔王の咆哮が響く。
 それはすでに断末魔。
 振り返ったふたりの目に、その光景は映った。
 アヤ、ナツミ、ソル、キール、カシス、クラレット。
 彼らの放った召喚術が、放つ各界の色が、融合する様が。
 本来なら反発する、異なる属性の4つの光。
 それらが混ざり合い、溶けあい、そして共鳴している様が。
「……虹、だ」
 混ざり合う色。
 いくつもの光。
 ひとつとひとつが重なり合って、新たな色がそこに生まれる。
 数え切れないほどの、たくさんの色。光。

 歌が聴こえる。界の歌。

 すべてはひとつに。
 ひとつはすべてに。
 界は5つ。界はひとつ。
 混ざれ混ざれ、ひとつに混ざれ。
 混ざれ混ざれ、すべてと混ざれ。
 還れ還れ、すべてはそこへ。
 還れ還れ、たったひとつのその場所へ――

 歌が聴こえた。界のうた。
 いつかレイズの云ったことを、思い出す。
 いつか白い焔を通じて、垣間見たものを思い出す。
 すべての魂は奥深く、己も知らぬ遠い場所、エルゴを通じて繋がっている。

 ……エルゴの王とは。
 エルゴに認められた者。
 ……誓約者とは。
 5つの界と誓約した者。

 ……エルゴの王とは、誓約者とは。
 すべての、界と界をつなぐ者。
 すべての、生ける者をつなぐ者。

「これで終わりだ……」
 終わらせるんだ!!
 嗚咽交じりの、ハヤトの――声が響く。

 四界に。すべてに。
 彼らの声が届くとき、すべては彼らに調和する――


 いつの間にか、頬が濡れていた。
 かすかに残っていたあの人の心の残滓が、懐かしさを覚えている。
 だけどそれ以上に。
 場を満たした光は、たとえ一時的とはいえ、そこにいるすべての者を四界すべてと結びつけていた。
 そして感じた。

 遠い地、遠い北の地。
 幸せに笑う“”の姿。見守ってくれる、養い親と兄代わりのふたり。
 もう二度と逢うことがなかったはずの、優しい機械兵士の姿。
 澱みはたしかにありながら、それでもやわらかく微笑む悪魔王、そして3人の悪魔。
 東の地、聖王都。
 手厳しい兄弟子に怒られて、それでも笑ってる男の子と女の子。見守る養父。
 斧を構えた弟、槍を構えた兄、見守る少女と老人。
 お母さんにカミナリ喰らってる、胸元に赤いリボンの女の子。
 金髪の女性格闘家、森に暮らす召喚師、同行の女性からキツいツッコミをもらってる大柄な剣士。
 白い鎧の騎士が、砦で修練に明け暮れている。似たような、でも別の砦で慣れない暮らしを頑張ってる刑事。
 オルフルの少女もいた、アルバイターの女性もいた。
 遠い地、界の向こう。
 折れたツノを持ち、やわらかく微笑む少年も。
 尻尾を揺らめかせ、身も軽く飛び回る、小さな妖狐も。
 赤と黒のボディカラーを持つ、機界の兵士も。
 そうして今ここに立つ、狂嵐の魔公子と呼ばれる魔王も。

 たとえば、まだ逢わぬ人たち。

 遠い地。忘れられた島。
 ――……?
 それは、まだ誰も知らない、遠い遠い約束。

 たとえば、まだ知らぬかの地。


 自覚などなくとも。
 この感覚を覚えておけないと、判っていても。
 ――壮麗だろ?
 ふわりとやってきた気配がひとつ、楽しそうに落としたことばに、
「はい……!」
 大きく頷いた。
 そして――たぶん感謝した。

 
 ぼやけた視界の向こうで、ハヤトが地を蹴るのが見えた。
「誓約者の名の下に、命ずる!!」
「おまえの在るべき世界へ還れ、サプレスの魔王よ!!」
 一拍遅れて、トウヤが下から切り上げるように剣を振り抜く構えに入る。
 光のなか、ふたりの誓約者の剣がひらめいた。
 ふたりの意志に呼応するように、輝きが強まる。
 魔王に叩きつけられた瞬間のその輝きは、場を満たす虹色のそれにも負けぬほど、強く、美しく、そして――何よりもただ、純粋たる。

 ……ただ唯一の、力。

 ――――誓約者――――


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