まずは、魔王を守るように出現した悪魔たちと、総力対総力のぶつかりあい。
彼らを退けねば、魔王のいる場所へは辿り着けない。
こちらに生まれたばかりの魔王は、まだ勝手が判らないのだろうか。魔力塊を無造作に投げつけるといった攻撃が散見されるだけで、さして今のところは脅威でもない。
それでも放っておけば、あれは確実に世界をつぶす。
「……レイムさんあたりと合流したら、えらいことだよ」
二人揃って、ここぞとばかりに破壊し尽くしそう。
「……実現したらユカイな光景だろーなァ」
のつぶやきを耳ざとく聞きとがめ、バルレルがにんまり笑った。
笑うついでに、横手からの悪魔兵を力任せに弾き飛ばす。
「実現させる気は?」
「皆無」
その会話を最後に、ふたりは同時に左右に飛んだ。
直後、魔王の放った魔力塊が、音高く落下し地面をえぐっていた。
最初は無造作だった魔王の攻撃が、時間が経つにつれ、だんだん、威力と精度を増している。
回数が増えるのも、そう遠いことではないだろう。
そんなイヤな予感をちらりと抱いて、とりあえず、障害を排除するためには再び地を蹴った。
向かう先は、接近戦に持ち込もうとしてるのに、槍でちくちく距離をおかれて嫌がらせされてるジンガのところ。
「とおっ!」
無防備な背中に、蹴り一発。
盛大に前のめりになった悪魔兵に、ジンガのくりだした拳が炸裂する。
「アネゴ、サンキュっ!」
にぱっと笑う彼の表情は、以前と変わらない。
まーちゃんが魔王だと知ったのだろうに、がその彼と一緒にいるということの意味をつかんだのだろうに。
そっち任せた、と云いつつ、ジンガはくるりとに背を向けた。
……それは、背中を預ける、っていうこと。
「ジンガ」
「なんだい?」
口元をほころばせ、もジンガに背を向ける。
向かい来る悪魔の剣を弾いて、訊いてみた。
「あたし、魔王と一緒にいるよーな人間だよ?」
「それがどうかしたかい?」
ちっとも気にしてません、と言外に含んだことばとともに、ジンガも、自らに迫る悪魔を拳で殴り飛ばす。
「俺っち、アネゴが悪魔だったとしても、別に気にしないよ」
場所を入れ替わる際、一瞬だけ視線が交わった。
そうして、置き土産のように。
数言をにささやいて、ジンガは、悪魔に追い打ちをかけるために地面を蹴った。
「戦って楽しい相手は、俺っち、信じることにしてるんだ」
アネゴと戦ったときだって、すっごい楽しかった。
――だからさ、これが終わったら、また手合わせしようぜ。
だけど、ごめんね。
もうそれに、応えることはない。
悪魔兵と悪魔兵の戦いには、基本的に誰も介入しない。
悪魔同士ならともかくも、他の人間には、どっちが敵でないほうなのか区別なんてつかないからだ。
けれどもふと、セシルが目にしたのは、今にもトドメを刺されようとしている悪魔兵対、刺そうとしてる悪魔兵の図。
どちらだろう?
優位な方が敵なのなら、その相手を回復してやるべきかもしれない。
悪魔に嫌悪を感じないわけではないが、今だけは、こちらの力になってくれているのだから。
迷い、けれど見極められずにいた彼女の横を、赤い髪がすり抜けた。――サプレスの小精霊を引き連れて。
「リプシー、よろしくっ!」
繰り広げられる数多の戦いの音のなか、軽快な少女の声が、かすかに届いた。
応え、リプシーが、今にも殺されそうだった悪魔の傷を癒す。
その間に、当の少女が優位であった側の武器を叩き落す。
そうして復帰した悪魔が、少女に軽く一礼し、今度は自らの優勢を確保した。
あっという間のその出来事に呆然としたセシルに気づき、少女がこちらに駆けてくる。
だいじょうぶですか?
そう問いかける彼女の視線に、セシルは思わず苦笑した。
「私は平気よ。……それにしても、よく、どっちがどっちか判ったわね」
「?」
「悪魔よ。どっちも同じようなのに、どうしてわかるの?」
やっぱりあなたが、そういう存在だからなの――?
とは、何故か訊けず。
語尾を少し濁らせたセシルに、けれど、少女はにっこり笑ってみせた。
「なんとなく、です」
注意して見てると、ちょっとした動きなんかで案外、見当ついたりするもんですよ。
「・・・・・・」
実になんでもないことみたいに告げて、少女は再び身を翻す。
戦いのなかへ戻る彼女を見送るセシルの横に、悪魔を斬り伏せたラムダが怪訝な顔でやってきた。
「どうした? 何か云われたか」
「あ……いいえ。今ストラをかけます」
ラムダやレイド、イリアス――
彼らは最前線で悪魔達と渡り合っている。
その分負う傷も大きく、誰か一人は回復役が傍にいないとおっつかない。
精神を集中させながら、セシルはふと、つぶやいていた。
「……私は彼女を知らないけれど……」
「あの娘か?」
「ええ」、
小さく笑う。
「“なんとなく”、あなたに似ていますね」
「・………そう、か?」
「ええ」
くすくすと。
抑えきれずにこぼすセシルの笑みは、至極楽しそうだった。
奮戦しているカイナの傍に、舞い下りる悪魔一匹。
でもそれは、みんなから“まーちゃん”と呼ばれてた、実は魔王だというその本人。
「わわっ!?」
近くにいたエルジンの、驚いた声。
気配に反応してドリルを向けかけたエスガルドが、急停止する音。
カイナもあやうく鬼神斬を発動させるところだったが、その姿を見てとりやめた。
「あぶねェな、ったく」
軽く舌打ちして、まーちゃんはカイナを見下ろした。
背後から突撃をかけてきた悪魔を、実に無造作に吹っ飛ばして。
その力に、カイナたちは絶句する。
同時に疑問が浮かぶ。
「ねえ」、
問いかけるのはエルジン。
「そんな力があるなら、あの魔王、あなたたちでどうにか出来るんじゃないの?」
エルゴの守護者として、また、彼らに心を寄せた者として。
決して他人任せにする気はないが、それでも、疑問に思うのだけは止められない。
だが、問いが問いだ。
一歩間違えば、もしかしたらエルジンは、文字通り魔王にどつかれていたに違いない。
けれども、まーちゃんは三つ目をちょっと見開いただけで。
「そりゃ出来るぜ。しねえけど」
「ナゼダ? ヤハリ同類ダカラカ?」
「違うっつの。あんななり損ないを同類とかいうな」
忌々しげに眺めるのは、もうすぐ、こちらの先鋒が到達しようとしているもうひとつの魔王。
「――オレたちゃ、予定外なんだよ」
だから、ここ一番のこういう大勝負に、一々介入してちゃマズイんだ。
「……?」
首を傾げたカイナたちに、けれど、彼はそれ以上説明する気はないようだ。
3年も経ちゃ判るんじゃねーの、なんて意味不明なことを付け加えて、そもそもの用件だったらしいそれを切り出した。
「ウィゼルってジジイが、サイジェントにいるだろう」
「え? ……あ、うん」
ハヤトお兄さんたちに、剣をくれた人だよね?
戸惑いがちに、エルジンがうなずいた。
最前線で戦うハヤトとトウヤの手にあるのは、けっして華やかさはないものの、その道の匠が鍛えたのだと思わせる対の剣があった。
尋常ならざる切れ味を誇る剣は、触れるものを次々、難なく切り落とす。
武器だろうが悪魔だろうが――問答無用に。
「ソイツな、病魔に憑かれてやがる。祓ってやっとけ」
そう強ェもんじゃねえから、ニンゲンでも祓えるはずだ。
「……病魔ですか」
「おう」
オレぁ別にどーでもいいがよ、アイツが約束したってんでな。
「構いませんけど……あの、もうひとついいですか?」
「なんだ?」
「私とあなたは初対面のはずですが……どうして、私が祓いを出来る巫女であると判ったのです?」
姿でそうと判る、なんてなしですよ。
憑依術を祓うのは、シルターンの巫女やメイトルパの一部の種族にしか伝わっていないわざ。
「なぜ、悪魔たるあなたがそれをご存知なのです」
「……」
かなりいいセンをついた疑問だと、カイナは確信していたのだけれど。
「“なんとなく”」
それだけ応えてにんまり笑うと、まーちゃんは大きく飛び上がる。
わぷっ、と、必要以上の強さで起こった突風で飛ばされたエルジンが、エスガルドにキャッチされていた。