「ザマぁ……みやガれ……」
ことばもなく。
動けもせず。
呆然と一同が見守る前で、オルドレイクが倒れ伏す。
「なぜ……だ……」
何故だ、じゃないだろう。
残滓にもとれる彼のことばに、は、冷え切った心でそう返した。
結局、この男が何故白い焔を知っていたのか、“”と何があったのか、知らずに終わったけれど。
そんなこと、この目の前の光景に比べればどうでもよかった。
「……ニンゲンなら、10人中18人はそうするんじゃねえか、たぶん」
比較的冷静なバルレルが、微動だにしないオルドレイクに侮蔑のまなざしを向け、そうつぶやく。
彼が、オルドレイクの感情を悪魔でさえ吐き出す、と評した理由が、今になってなんとなく判る。
――そこに。
やけにゆっくりとした動作で、バノッサが彼らを振り返った。
そうしている合間にも、流れ込む魔王の魔力と意志は、彼の身体を――そして精神を侵蝕していく。
必死に抗しているのだろう、ぎちぎちと、何かの軋む音。
「バノッサ……まだ意識が!?」
その声に混じった喜色に、バノッサも気づく。
自由にならない筋肉を動かして、形作ったのはおそらく笑み。
「ククッ……余計ナコトは考えるナヨ……はぐれ野郎?」
もウスグ、俺様ハ魔王ニナっちまウ。
「もウ、誰にモ止メらレねェ――」
それは真実。そして現実。
人間が、魔王と同化して自身の優位を保てるはずもない。
ましてや、カノンを失い、復讐を果たし、力など殆ど残ってないだろうバノッサの心では、魔王には打ち勝てない。
「諦めるなバノッサ!」
「待て、エドス!」
走りよろうとしたエドスが、魔力の風に弾かれる。
「来ルんジャねェッ!」
ただ、それは、敵意も殺意もなく。
本当にただ、エドスを圧し戻すだけの意図のもの。
それを証明するかのようなバノッサの拒否に、けれど、エドスは声を張り上げる。
「あきらめるんじゃない、ワシらが助けてやる!! 絶対にあきらめるな、バノッサッ!!」
「――いいや、こうなっちまっちゃ、生かしたまま同化を解くのはムリだな」
「まー……、魔王――」
「好きに呼べよ。どうせどっちも、オレの名じゃねぇ」
複雑な感情の混じったトウヤのつぶやきを、バルレルは鼻で笑う。
ことばを否定されたエドスが、そこにくってかかる。
「どういうことだ!?」
「そういうこった。……なァ? なり損ない。テメエで判んだろ?」
「アア……」
「バノッサ!」
「アリガトよ、エドス。だガナ……ワカルんダよ」
黒イでかいナニカが、オレをドンドン食いつぶシテんのガな。
もう止められねえ。
コレは、このままオレを喰らってこの世界に顕現する。
「ダカらソノ前に、オレを殺セ! 頼ム……ッ!!」
「ああ、いいぜ」
「まーちゃんっ!! なんで!? バノッサを助けたくないの!?」
「ムチャ云うなよ。オレぁ、コイツになんの義理もねェんだぜ」
涙まじりのナツミの叫びも、バルレルにとってはどこ吹く風だ。
「っ!!」
「……」
何故か少女は、先ほどから一言も発しない。
ハヤトの叫びにも、ただ、黙って首を傾げるだけ。
いや、風の向こうで一度だけ、何かを叫んでいた気もするが、誰もそれは聞いていない。
そうして。
「悪ィな、エドス……さいゴマデ、迷惑カケちマッタ」
騒然としたその場に響いたそれが、バノッサがバノッサとしての、最後のことばだった。
直後。
最後の堰が弾き飛ばされ、門が完全に開ききり、黒い渦が彼を包んだ。
そうして。
魔王は、これより顕現する。