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-許せない-




 黒い風が舞い狂う。
 深い嘆きが響き渡る。
 人の身になどおさまるはずもない強大な魔力が、竜巻となって地面をえぐる。
 巻き上げられた土くれが、それだけで彼らに傷を負わせた。
「バノッサ……!」
 人の許容量などはるかに超えた魔力が、門の向こうから流れ込む。
 器となるべき、その存在へ向かって。
 そうして、そんなモノを流し込まれた器が無事ですむはずがない。
 バノッサの肉体は、もはや異形と化していた。
 肉が盛り上がり、眼はぎょろりと見開かれ、あろうことか身にまとう鎧までもが彼の肉体に取り込まれ、その一部と化そうとしていた。
「はははははは! 素晴らしい! 素晴らしいぞバノッサ! これが魔王の力かッ!!」
 もっと絶望せよ! この世のすべてを憎み尽くせ!
 それこそがおまえに力を与えてくれるのだ!!
 誰もがことばをなくしたなか、オルドレイクの哄笑が響く。
「父様! もうやめてッ!!」
「あなたは、自分が何をしたのか判ってるのか!?」
 カシスやキールの問いかけは――している当人たちでさえ、ムダだと判っている。
 それがいかなる非道か、彼は判ってやっているのだから。
 そうして、やめるつもりなら、ここまでの凶行になど及ばないだろうから。
「ぐるっ、が、ああぁぁあっぁぁぁッ!!」
 バノッサの苦悶の叫び。
 食われる痛み。圧し消される重圧。
 人の身に、それは、どれほどの苦痛だろう――
 見ているだけでも、それは、人の精神を苛む。
 だというのに。
 オルドレイクは嗤っている。
「素晴らしい……素晴らしいぞ、我が子よ」
 一度は捨てられながら、最後の最後でよくぞ栄光を掴み取った……!
 ――――
 ――――――――
「へ……!?」
 間の抜けたの声は、幸い、風に巻き上げられて消えた。
 だが、周囲の人々の様子を見るに、オルドレイクの声の方は、ばっちり全員に行き渡ったようだ。
 呆気にとられる者、硬直している者。
 反応は、そのどちらか。
 誰もが、唐突なその発言を、信じられないでいた。
 そうして――その声は。
「な、ンだと……?」
 呼びかけられたバノッサにも、一句たりと抜けることなく届いていたのである。
「父はうれしいぞ……我が息子よ」
 バノッサの驚愕など、もはや見えていないのか。
 オルドレイクは、ただ陶然と、それを口にした。

 バノッサは云った。
 自分は召喚師の血をひいている、と。
 けれど、その父は、母と自分を捨てたのだと。

 つまり――その父とは――

 ぎちィッ!
 尋常ならざる軋みとともに、バノッサの手のひらが握りしめられる。
「手前ェが……父、だと……?」
 その表情。
 その声。
 それは彼の怒り。
 それは彼の恨み。
 捨てられた哀しみ。
 認められなかった憤り。
 歓喜に酔いしれるオルドレイクは、バノッサの様子に気づかない。
 吹き荒れる魔力に身体をひたし、愉悦と狂喜にひたっている。
 オルドレイクに叫びかけていたソルたちも、足を踏み出したバノッサに何も云えなかった。
 その皮肉な、そして凄絶な彼らのつながりに、ハヤトたち、そして皆、微動だに出来なかった。

「きサまガ……貴様がそうだったのかアアアァァァッ!!」
「な……何をする、バノッサ!?」

 無秩序に吹き荒れているだけだった魔力が、そのとき、巨大な塊となって動いた。
 全威力をその一点に。
「許サねェ……ッ!!」
 バノッサのくりだした拳の向かう先――オルドレイク、ただひとりに。
「母さンを……ソしテこノ俺を捨テたお前ダけハ――!!」

 絶対ニ……! 許さねえェェェッ!!


 ……吹き荒れる魔力の風に混じって響いたのは、オルドレイクの断末魔――


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