TOP


-空洞に迫る闇-




 その音に、は聞き覚えがあった。……というか、身に覚えがあった。
 反射的に胃の腑を押さえる。
 けれど、その攻撃の対象は自分ではなかった。
「ぐっ……!?」
 苦悶の声とともに倒れたのは、カノン。
「カノンッ!?」
「くだらぬ世迷言を……」
 もはや最後の器となったアレを、よけいなことばで惑わすな――
 バノッサの叫びさえ、かき消して。
 召喚術でもってカノンを貫いたオルドレイクの、陰にこもった声が響く。
 けして大きくないそれは、場にいた全員の神経にじわりと、和紙に落とした墨のように黒々と広がる。
 ――致命傷だ。
 似たような傷を負ったことがあるからこそ、には一目でそれが判った。
 ありえない。こんなこと。
 あっちゃいけない。これは。
 だけど、あたしたちは――
 …………

 ……知ったことかっ!!

「バルレルッ!」
「おうよ」

 幸いにも。
 の声は、風に阻まれて、当のバルレルにしか届かずにすんだ。
 そして、彼の手が少しだけ動く。まるで、網を張るように。
「バノッ……サ……さ……」
 内腑からせり上がってきた血で、口元を赤く染め。
 自らのつくった血だまりに倒れたカノンは、それでも、懸命に義兄の名を呼んだ。
 力のない彼の手が、数度――地面をかきむしり。
 そして。
「……」
 ぱたりと。落ちた。

「カノンッ!? 目を開けろ、カノン!! カノン――――――――ッ!!!」

 動かない義弟に向けて、バノッサの叫びが――哭き声が響く。
 魂の奥から搾り出すような、それは、尋常でない苦痛と喪失感を伴って。
 そして知る。
 彼の最後のよすがが、消えたことを。
 彼をこちら側に引き止める何者も、もう、この世界に存在しないことを。
 そして知る――
 ここまで自分を追い詰めたのは、他ならぬ……ひたすらにこの力に拘った、自分自身だったということを。
 バノッサは、たぶん、そのとき知った。

「嫌だ……」

 誰もが呆然と見守るなか――
 それは、開きかけた門を無理矢理にこじ開けて、空洞になった心に迫る。

「もう、嫌だ……」

 喪失を、埋めてやろうと。
 まことしやかに囁きかけ、そして魂にからみつく――

「もう、嫌だああぁぁぁぁああぁぁッ!!」


←前 - TOP - 次→