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-筋書きの乱れ-




「ハハハッ………アーッハッハッハッハッハ!!」

 響く哄笑。
 その主の内側で、爆発的に高まる魔力。
 召喚師たちは限界まで魔力を吸い取られ、空になった肉体は、さらに周囲の霊気を通す媒介に用いられ、一人、また一人と倒れていく。
 許容量を超えた魔力に触れ、それだけですんでいるのが、もはや奇跡。
「オルドレイクッ! 手前ェ、オレ様を魔王にするって約束は――」
 どうなった、そこまでをバノッサはつむげずに終わる。
「バカな……まだ早い! 門は開ききってなどおらぬ!!」
 狼狽しきったオルドレイクの叫びが、バノッサの怒声をかき消した。
 召喚師なら判るだろう。
 この空間のひずみが。
 そうして、まさに開こうとしている不可視の門が。
 けれどまだ、それは、ようやく鍵穴に差し込まれた鍵が音をたててまわったという程度。
 まだ扉は開いていない。
 扉の向こうにその存在は確かにあるけれど、まだ、こちらへ顕現するまでは至っていない。
「チィッ!?」
 オルドレイクの手が、懐に押し当てられる。
 紫の光が――常よりも強く、烈火のように迸る。
「刻まれし痛苦において――ッ!?」
「いい加減にしろつってんだよ!」
 砂棺の王。
 セルボルト家に伝わる秘術だというそのサモナイト石は、だが、激情のままに注がれたオルドレイクの魔力と、外側からねじこまれた魔力の干渉に耐え切れず。
 パァン、と、音をたてて砕けた。
 痛苦によって再び彼らの前に現れようとしていた砂棺の王は、半ばにしてサプレスへと戻っていく。
 ――感謝を
 小さなささやきが、周囲の霊気を伝わって、三つ目の悪魔と隣の少女に届いた。
 そうして、術を防がれたオルドレイクは、愕然とそれを――砕け散ったサモナイト石を見つめ、
「なんだと……!?」
 たしかに、尋常でない量の魔力を代償に召喚を行えば、召喚獣に本来以上の能力発現を強いることが出来る。
 その結果として、通常ならばまずありえない、誓約済みのサモナイト石破壊がありえることは、無色の派閥のみならず、金・蒼各派閥も承知のことだ。
 だが――
 相乗効果だったとはいえ、外部からの干渉で、サモナイト石を砕くなど。
 召喚獣が、召喚の礎そのものを、破壊してしまうなど――
「……テメエは、云ったな?」
 高らかに吼えていた哄笑の主が、ニィ、と口の端を持ち上げた。
 三つの眼がとらえるは、オルドレイク。バノッサ。そしてカノン。
 倒れ伏した有象無象など、彼の目には映ってさえいない。
 ククッ、と、喉を鳴らして彼は云う。
「魔王の一を手に入れたと」
 ……何を今さら、不思議がってやがるんだ。なァ?
「バカ……な! いかに魔王といえど、誓約のもとでここまでの力を揮えるわけが――!」
 だからこそ。
 器を用意したのだ。
 誓約によって喚び寄せた対象を、この世界の存在に移し変えるために。
 呪文と魔力の誓約によってではなく、その肉の身でもってこの世界に確たる存在をもたらすために。
「なんだ、テメエ。オレとコイツをそう思ってたのかよ」
 オレがコイツに召喚されて、一緒に行動してるって? くだらねえ幻想だな。
 コイツ――と。 
 示された少女は、困ったように肩をすくめる。
「どうりで、魔王呼ばわりされるわりに、甘く見られてると思ったぜ。……ケ、所詮物事の一面しか見てねえバカってことか」
「先入観がなかったら、判ったかもしれませんね」
 よく見てください。
 あたしと彼の間には、誓約の糸は存在してません。
「なっ……!!」
 少女のことばどおりの現実を双眸に映し、オルドレイクはことばを失う。
 そこに――魔王の一が畳みかける。
「まァ、なんだな。これだけの魔力を提供してもらったんだ、礼くらいはしてかねェと悪ィよなァ?」
「……なに?」
 驚愕に我を忘れたはずのオルドレイクに、喜色が宿る。 
 ならば、とばかり、音高く足を前に踏み出した。
 吹きつける魔力の風に、圧し戻されそうになりながらも。――さすがは、派閥の総帥を名乗るだけはあるか。
「ならば魔王よ! この世界を――」
「うるせェ。ニンゲン風情がオレに命令するんじゃねぇ」
 断定。
 拒否。
 躊躇いもない、遠慮もない。それは、強制。
 それは、魔王がニンゲンに下す命令。
 今度こそ、自失したオルドレイクを一瞥し、魔王は周囲を見渡し――視線を、バノッサたちの佇む背後に固定する。
 鬱蒼と繁る木々の向こう、闇の先。
 響き近づく、いくつもの足音。

「……来たか」

 そうして魔王は、にやり、と、口の端を持ち上げた。
「来たね」
 魔力の風に髪をなぶられながら、少女もまた、微笑んだ。――少しだけ、申し訳なさそうに。


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