創作

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 くるり、くるくる、環がまわる。
 くるり、くるくる、環はまわる。

 そこは世界の果ての果て。
 狭間の彼方のその向こう。

 くるり、くるくる、金色が、

 くるり、くるくる、降り積もる。


【地球遊戯】
〜魔天楼〜



 どうでも、よかったんだろう。実は。本気で。
 そう半眼で見据えられ、狼は、困ったように笑ってみせた。
「羅護には、申し訳ないと思ってるぞ?」
「それでもだ。おまえ、どうでもよかったんだろう?」
 阿修羅の王子の行方不明も。
 界渡りの願いも。

 どうせ事は成らないと、おまえは判っていたんだろ?

 そりゃそうさ。
 云って、玖狼は熱燗を手に取った。
 魔天楼の主様、手ずから酌を行うは、久方ぶりのお客人。
 ――アル・アストル。アルストリアの他称賢者。
 玖狼と同じようにして、床にあぐらをかいてる少女の長い髪。床にちらばり桜と混じる。
 翠と薄紅相俟って、まるで春の野のような。

「決められるわけがないのさ。俺にもおまえにも」
「わたしにも、誰にも。守れるわけはないな」

 くい、とあおった杯を置き、今度はアルが酌をする。

 ふと持ち上げられた視線。
 ふと見下ろされた視線。
 偶然ぶつかったふたりの目が、次にはゆぅらりと細まった。

 それからまったく時を同じくし、視線は遥か下へと動く。

 きゃあきゃあと、賑やかな声が、そこから聞こえる。
 ひいふうみいよう、いつむゆななや?
 玖狼のこども、榊と綺羅と。
 天狗のこどもである、黒刃。
 影法師の小さな子は耀という。
 それから阿修羅の最後のひとりのことも、名前は修羅。
 それからそれからもうひとり。
 この場に座って鮭を嗜む、賢者と色合いの違うみどりの髪の、金色の環の番人・ルシア。

 遊んでる。
 薄紅に混じって色鮮やかに、楽しそうに。
 ひらり、ひらひら降り積もる、桜のなかで駈けずりまわり。

「……辿り着けなければ、それでもいいと思ったさ」
「でも辿り着いたじゃないか。見てほしかったんだろう?」

 わたしたちの母親の、眠りつづけるその場所を。
 自分達の軌跡の積もる、金色の降りしきるかの場所を。

 答えは聞いたのか?

 ふと賢者が問いかけた。
 ん? と狼が向き直る。
「あいつの答え。わたしたちのきょうだいの」
「・・・さあ。あいつらも教えてくれねーんだよなあ・・・?」
 だけど自分たちはここにいる。
 この地で桜に紛れて座る。
 内緒だよ。
 内緒だもん。
 問うたび問うたびそう云って、逃げてしまったこどもたち。
 笑い転げて駈けずりまわる。




 結局何も変わらない。
 修羅の記憶は戻らなかったし、阿修羅王も死んだまま。阿修羅一族は滅亡の憂き目。
 そうして自分たちはまた、魔天楼に戻ってきた。
 そういえば何か変わったかな?
 新しい友達が増えた。
 ちょっぴりいろいろ、考えるようになった。

 もしもお母さんが泣いていて。
 それを全部壊したら、お母さんが泣き止むって知っていて。
 だけどそうしてしまったら、お母さんがいなくなると判ってて。

 ……子供が選ぶのは、どっちかな?

 答えは出なくて出せなくて。

 気まぐれにつくられた遊技場。
 楽しみを求められる遊技場。
 だけど生まれた哀しみが、つくりてをそこから去らせてしまった。
 だけど生まれたそれたちは、自分たちで歩き出す。
 つくりての存在も名も知らず、ただ手探りで歩き出す。

 ……遊技場のなかしか知らない?

 知ってるけど、忘れてしまった。
 覚えてるけど、口にはしない。

 つくられた遊技場の出演者たちの手のひらは、まだまだ幼く小さくて。目に見えるものだけで手一杯。

 ……それでもいいの?

 いいと思うよ。
 いつか金色が降り積もる。
 いつか金色に限りがくる。
 広がりつづける金色が、その成長を止めたとき。

 この小さなものたちを見て。
 目を覚ましたお母さんが、つくりてが、また笑ってくれるように。

 お母さんのつくったものをそのままに、お母さんが笑えるように。

 ……全部壊すのひとつにするの?

 ……全部そのままバラバラでいい?

 生まれた自分たちは、ここにいる。



 降りしきる、薄紅のなかで駈けずり遊び、こどもたちは笑いあう。

 界と界の狭間に浮かぶ、ここは妖の小さなお城。
 守るは要たる狼・玖狼。
 集う、集うよ妖たちが。
 くるり、くるくる金色を、くるり、くるくる降らせつつ。
 くるり、くるくる過去の軌跡を、くるり、くるくる金に変え。

「――あ」

 ぎぃぃ、と門が音高く、開く音が届いたやいなや。
 新しい誰かがきたのかと、ぱっと榊が駆け出した。
「早っ!」
 笑って、次に続くは狐。それから蛇と修羅と天狗と影の子。
「そいえばさ?」
 隣ゆく天狗をつかまえて、ふっと影法師が問いかける。
 何?
 応えて天狗が振り返る。
「榊の力、結局界渡りに返しちゃったんだって?」
「みたいだなあ」
 星が一緒になっちゃったんなら、持ち主に返すのが筋だろうってなったらしいけど。
「それってば鬼に金棒渡したってことじゃ……」
 舞い散る薄紅のそのさなか、駆けて行く少女の背中が霞む。

「うん、でもほら。今、俺たち結局いるしさ」

「なるほど」

 蛇が後ろで小さく笑った。




 どこまでも、どこまでも、広がりつづけるそこは闇。
 どこまでも、どこまでも、広がりつづけるはその黄金。
 何もなく、すべてを飲み干す虚空のただなかにただぽつり、灯るは薄紅の小さなひかり。

「いらっしゃい!」

 開かれた郭門のなかに、薄紅がひとつ、誘いこまれた。




 くるり、くるくる、どこまでも――
 降りしきる無数の軌跡は積もり、そして金色は広がりつづける。
 同じだけ、闇も広がりつづける。

 くるり、くるくる、どこまでも。
 くるり、くるくる、いつまでも。


 おとぎ話は、また紡がれる。そして金色が降り積もる。闇を広げつつ積もりゆく。



おわりのない、きせきはつづく。
あゆみつづけかたられつづけ、
ここより、ここを、ここへといつか。――ここは、はるかなそらのさき。


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つれづれと思うままに。書いてきました。
戦闘らしい戦闘を出さずにいこうと考えたとか、そういう思惑は
置いておきまして。

…選択は終わったわけではないのです。
だけどこの一幕は、これにておしまい。