【そして彼らは彼らと出逢う】

- 召喚師、かく語りき -



 皆々様方初めまして。
 よろしければどうぞ、しばらくの間、私の話にお付き合いくださいませ。

 私、蒼の派閥の召喚師、フォーリシア・セグルズと申します。気軽にフォースとお呼びください。
 トリスとマグナの一期先輩といえば、判りやすいでしょうか。
 傀儡戦争におきましては、蒼の派閥の召喚兵として、ぐちょぐちょの屍人どもを召喚術の餌食にしておりました。
 元々私はデスクワークを好んでいるのですが、さすがにそうもいかなかったのです。
 が、今はとりあえず、表向き聖王都には平和が戻りました。
 故に私も、日々己の研究に埋没できていたのです。

 ――それが崩されましたのは、つい先日。
 私が、珍しくも送還術を主に研究していたのが、そもそもの原因だったのでしょうか。
 実力も性格も超一級、3年ほど前起こった『無色の派閥の乱』、そして先日の『傀儡戦争』に多大なる貢献を果たした私の先輩であるミモザ女史が、私の研究レポートをかっぱらっていったことからです。



 いいえ、レポート自体はしばらく後に戻ってまいりました。
「いやはや、即実践してみたんだけど、イロイロ問題が出てねー。やっぱり封印することにしたわ」
 と、実にさわやかな笑顔とともに。
 何を実践したのか、と、私は問うことが出来ませんでした。私の研究を、いったいどういう方面に使用したのか訊くという、そんな当然の権利さえ行使できませんでした。
 あまりにも朗らかな彼女の笑顔に、逆に慄いてしまったのです。
 後ろで沈痛な面持ちで佇んでいたギブソンさんの表情が、嫌な予感をいや増しておりました。
 その後、ふたりは総帥の元へ向かわれました。なにやら、お呼び出しをいただいていたようです。
 何のご用事なのか予想はつきますが、確認まではしておりません。
 総帥の部屋の近辺は、用事がない以上立入厳禁を云い渡されておりますし、何より私は、お客様の相手をせねばなりませんでしたから。

「……」

 そのお客様は、さんと名乗られました。
 焦げ茶色の髪と、夜色の目。この年頃にしてはちょっと小柄でしょうか。
 ミモザ女史につれてこられたさんは、遠い目で窓の外を眺めていました。
「どうかなさいましたか?」
「……いえ……なんていうか…………“昨日のこと”なんだなあ……と」
「―――――――――」
 私も召喚師のはしくれです。
 ましてや、ミモザ女史が使った理論は、私の研究していた送還術のものです。
 何が彼女の身に起こったのか、おぼろげながらも見当がついてしまいました。
 ですが、どうしてそれを追及できましょう?
 こんなに遣る瀬無い雰囲気を背中に漂わせ、哀愁とも安堵ともつかぬものを帯びていらっしゃるさんに。
 何か別の話題はないものかと思いましたが、派閥にこもっていることの多い私では、探してすぐに出るものではありません。
 仕方なく、少し冷めた紅茶をいれかえようと思い手を伸ばしたところ、さんが先に口を開かれました。
「そういえば……フォーリシアさんは、ミモザさんたちがどうして呼ばれたのかご存知ですか?」
 しかも、あたしまでオプションで。

 そのことについては、私も些少ながら聞き及んでおりました。
「なんでも、とある島の調査を行う計画が持ち上がっているのです。その人員の選抜について、お二方に任されるおつもりではないでしょうか――」
 私は果たして、ことばをすべて紡げたのでしょうか。
「島!?」
 素っ頓狂な声を上げてさんが立ち上がられたため、思わずよろめいてしまったのです。
 それでもなんとか頷いて、私は身体を立て直しました。
 説明を期待して待っているさんの瞳が、私を急かします。
 出来るだけ簡潔に、丁寧に……そう考え考え、私は唇を持ち上げました。

「先日のことなのですが、総帥が、傀儡戦争において吹き荒れた悪魔の風が、まだ名残として存在する可能性があると仰られたのです」

 傀儡戦争。
 その裏側の事実は、容易に他人に漏らしてよいものではありません。
 けれど、私は、さんを――そしてミモザ女史の後輩であるマグナとトリス、その仲間の皆様を知っております。
 ですからさんが名乗られたとき、思わずサインを求める衝動を堪えるのに一生懸命でした……恥ずかしながら。

「そのため、蒼の派閥において幾つかチームを結成いたしまして、不審なポイントを調査することになりました」

 さんは、とても真剣な顔で私を凝視されています。
 ……そんなに真っ直ぐ見つめられると、ときめいてしまいそうです。どうしましょう。

「粗方の場所は担当が決まったのですが、これまで発表されていなかったとある島の存在が、下調べで明らかになりまして」

 その下調べを担当されたのは、パッフェルさんと仰る総帥直属のエージェントです。
 気さくなお方で、私など、よく彼女の草鞋の片方であるケーキショップにてお世話になっております。

「なんでも、地図にさえ載っていない絶海の孤島。かつ、特異な地であるらしく……さすがに慎重な扱いを要するということで、ここの担当だけは総帥が直接任じると申されたのです」

 おそらくそれではないでしょうか――
 と、私はやっぱり云えませんでした。
 吹き抜ける風が、私の髪を揺らします。
 開け放たれたままの扉が、きいきいと空しく鳴っています。
 さんは、それこそ電光石火の勢いで、客室を飛び出していかれたのでした……



 ――以上が、私が日常を壊されたある日の事件です。

 そうして予想どおり、ミモザ女史とギブソンさんに、その島の調査チーム編成が一任されました。
 数日ほどかけておふたりが選ばれ、集められましたのは、当然ながら、トリスとマグナを初めとする人々。
 そのなかに、さんの姿もありました。
 私は、彼らを見送るためにミモザ女史たちと港を訪れて、初めてそれを知ったのです。
 女史の語られるところによると、なんでも、彼女自身の強い要望でこうなったとか。
 彼女に対して、女史はほんの――ほんの、ちょっぴり、極小ながら責任を感じている口調で云いました。
「だから、ちゃん連れて行ったのよ。一応当事し……げほん。半ば私のせいでもあるしね」
「全部だろう?」
 ――ギブソンさん。
 背後でぽつりとそんなこと仰るから、ほら、ミモザ女史ったらまたペン太くん一家を……

 響く爆音と弾ける閃光は見なかったことにして、私は、船上の人となったさんを眺めました。
 お隣にはパッフェルさんがいらっしゃいます。
 そういえば、先日、パッフェルさんはとても疲れた様子で蒼の派閥に戻っていらっしゃいましたっけ。
 おふたりとも、何故かとっても似通った表情で、ため息をついては顔を見合わせ、ちょっとひきつった笑みを浮かべておられます。
 その背中を叩いて何かと絡んでいらっしゃるのが、メイメイさんと仰る酔いどれ占い師さん(自己紹介ヨリ)です。
 どうしてでしょうか。 
 そのお三方には、何か、共通したものがあるような気がします。でも、それが何かなど、私がいくら考えたところで答えが得られるはずもなく……

 首を傾げる私の目の前で、そうして、船は出発して行きました。

 目的地は、地図にも載っていない小さな島、帝国海域寄りにある自由航路から少し離れた海に浮かぶ絶海の孤島です。
 もちろん目的は、悪魔の風の名残についての調査、及び、兆候が見受けられた場合はそれへの対処も含まれます。あの傀儡戦争を切り抜けたマグナたちのこと、私は、その件については彼らに対する不安などありません。

 がんばってくださいね、と、振った手は、果たして、とうに沖へ漕ぎ出そうとしている船の皆さんの目に映ったでしょうか。


 港を吹き抜けていく風を心地好く感じながら、私は、海の向こうへ遠ざかる船を眺めていました。



 そう、ずっと眺めていたいと思いました。

 青い海を。

 ――ばっさばっさ。

 白い雲を。

 ――ばっさばっさばっさばっさ。

 吹き抜ける風を。

 ――ばさばさばさばさばさばさばさ――!

 ええもう絶対に上空なんか見てやるもんかと気合いを込めて、ただただ前だけを……!

 うわあ、レヴァティーン!?
 何者だ彼らは!
 バカ、知らないのか!? 今、あんなの喚べる奴……じゃない、喚べる方なんか、あいつら、じゃない、あの方たち以外にいるか!!

 騒ぎ立てる派閥の人たちの声なんか、この際無視です。

 ああ! ハヤトたちじゃないの、どうしたのー!?
 頼むから、そんな目立つ方法で王都まで来ないでくれ! 後始末が大変なんだ!!

 ご機嫌なミモザ女史の声も、頭を抱えてそうなギブソンさんの声も、聞こえません。

 ごめーん! でも、バノッサがどーしてもさっさと行くって云うから!
 こいつだけ先にやっちゃうと、何しでかすか判らないでしょー!?
 手前ェら、人を猛獣みてぇに云うんじゃねえッ!!

 猛獣じゃん、という複数のツッコミも、右から左です。

 波の音をかき消して舞い下りる羽音を耳に聞き、付随して生まれる風を背に受けながら、私は、ただ、ただ、現実を認めたくない一心で、目の前だけを見ておりました。
 ……それでも、声だけは、着実にこちらに届くのです。
 そう、どうしてそんなに急いで王都へ来たのか問うている総帥の声や、急いで緘口令と情報操作を行なうように指示しているギブソンさんの声や――
 そして、

「あの、ミモザさん! ちゃんは今お屋敷ですか?」

 赤いフレアスカートを翻した黒髪の……ええい云っちゃいましょう、誓約者さんのひとりが、少し慌てた様子でミモザ女史に問う声も。

「あーそれがねえ、今ちょっとお仕事を頼んでてね――」
「ミモザ――! それは機密事項だと……!」

 ……第一級の機密事項を、のほーんと零すミモザ女史の声と、何かのメーターが振り切れたらしいギブソンさんの絶叫も。

「――――ああ、いい風です……」

 みんな、みーんな、意識の外に追い出して、私は、とうの昔に消えた船影の向かった方向を見つめ、うふふ、と、微笑んだのでした。

「……ミモザさん。彼女は?」
「あ、あの子? フォーリシアっていうの。見てのとおり召喚師よ、マグナたちの一期上で私たちの後輩ね」
「どうして、ずっと海を見てるんです?」
「この騒ぎでも動じないなんて……何か修養を積んでいるとか?」

 まさか。
 単に私は、障らぬ神に崇りなし、を、実践しているだけですよ。

 護界召喚師さんの疑問に心の中だけで応じ、私はやっぱり、海へと視線を固定したまま、今ははるか海上のさんたちへ、エールを贈ったのでした。
 すなわち、

 ――たぶん皆さんそちらを強襲されるかもしれませんが、負けずくじけずへこたれず、お仕事果たされてくださいね……

 と。


 さて、それでは皆々様、ここまでしばしのお付き合い、真にありがとうございました。
 港がこれ以上混乱に陥り、お見苦しい光景をお目にかける前に、さくっと私の語りは終了させてしまいましょう。
 次なる舞台は海の彼方にございます、誰も知らぬ誰もが忘れた小さな島。私はこれにてお役ごめんと相成りまして、本命本元、今は遥かな海の上におわしますかの方に、語り手の役をお返しいたします――



 そして、どうぞそれがかないますまで今しばらく、お待ちいただけますように……


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