【没稿復活】
- やけくそ時間旅行 第57夜あたり -

没稿につき、名前変換されていません。要注意。



 ――だいじょうぶ。
 囚われつづけたハイネルさんの心も、これを最後に解放しよう。
 ――だいじょうぶ。
 望めばきっと、何かが叶う。
 それが、欲しいすべてではなくても。




 諦めなければすべてが叶うの?
 諦めなければなんでも出来るの?

 ――望んだすべてが手に入るなら、諦めるなんてこと自体、誰も、知らないままでいれた。

 それが、あの日の答えだと、いうのなら。



 今の事態に対してとるべき手段を一言で云うなら、いつぞやの那智曰くの“当たって砕け”で正解がもらえるだろう。
 遺跡に向かうため武装の最終調整を行っている面々を横目に、同じく剣の刃を確かめながら、そんなことを考えた。
 といっても、例の白い剣に関しては刃こぼれの心配もない。今までの実績が証明してる。だから、今、陽光を浴びて刀身を露にしてるのは、この黒マントと同時に入手した長剣のほう。
 高い位置からじりじりと照りつけるお日様の熱を、余すところなく吸収してくれる黒い布地がちょっぴり恨めしい。が、プニムを重石にまでしてる念の入れ様からも察されるように、どーしても脱ぐわけにはいかないのだ。
「それじゃあ、ジャキーニさん、お願いします」
「おう! 背中はどーんと任せて、さっさとその気色悪いでぇなんたらを倒してこい!」
 ガッハッハッハッハ――豪快な笑い声。
 マントを脱げない理由であるおヒゲ船長と彼の部下たちと、レックスが話してるのだ。
 ……そう。彼らがいるもんだから、また、怪しげな黒マントも出没せざるを得ないのだ。
 けど、文句たれるのはお門違いだ。
 なにより、ジャキーニたちは、レックスたちが出払っている間の船の守りを、自分らで引き受ける、と云ってくれたのだから。
 幸いにも亡霊たちがここまで侵攻してくることは、今のところないけれど、今後もそうとは限らない。それに、亡霊たちに刺激されたはぐれ召喚獣がやってこないとも限らない。
 何人かを残していかなければいけないけれど、それでは遺跡への戦力が心もとなくなってしまう。そんなジレンマを、ジャキーニが一発で解消してくれたのは、ついさっきのこと。
 活躍の場がやってきたとばかり張り切るジャキーニのそれは、どことなくオーバーな感じもする。いつもより笑い声大きいし、不自然に胸張りまくってるし。
 まあ、無理もないのだけれど。
 又聞きではあるが、先日めでたくいい仲になったらしいオウキーニとシアリィの関係を、ジャキーニは、認めるどころか蹴り入れて、義弟の背中を押したらしいのだ。
 要するに、陸にしがらみを残すなんて海賊じゃない、ならしがらみを持つまいとしていたのを、逆に、とっくにしがらみまくっとるんだから海賊やめて陸で幸せにならんかい! ってな感じだったそうだ。
 ……ジャキーニ一味を避けまくっていた那智としては、そんな人情味溢れる場面を見逃したのが、悔しいようなそうでもないような。
 いや、だって、なんか結構あっさり想像出来ちゃうし。
 それでもやっぱり、寂しいのだろう。
 いつにも増して威張り散らしてるヒゲの船長さんに、誰もキツイこと云わないのは、たぶん、そのせいもあるんじゃなかろうか。
 少なくとも、那智がツッコミを入れずにいるのは、間違いなくそれが理由だ。
「……んー」
 濡れた手を適当に拭いて、使い終えた砥石を、そのへんのひとに渡そうときょろきょろ。
 横から伸びたウィルの手が、「失礼します」と砥石を引き取った。
 以前は潮風を気にしてたのだが、今はちょっと人数増えすぎて、船の台所じゃ辛すぎる。だもので、てきぱき作業を心に刻んだ一同は、こうして砂浜で手入れ中。
 ソノラに至っては、銃に加えて投具まで砥ぐという念の入れ様だ。
 武器を使わないカイルは、手持ち無沙汰に妹やご意見番にちょっかい出しては追い払われていたりする。ギャレオから手甲、ヤッファから爪を勧められてたようだが、己の拳が一番だ、と、辞退したらしい。
 ヤードをはじめとする召喚師組は、それぞれ手持ちの石を点検中だ。同じものを必要以上に持っていないか、もしくは、適切な使用者に振り分けられないか。どこか必死に召喚石を見つめてあれこれ話し合ってるアリーゼやベルフラウを見るヤードの目は、なんとなくレックスたちに似てる気がする。
 あのひとも、わりと、先生業とか似合うかもしれない。
 そんなふうに、ざっ、と周囲の光景を見てとった後、那智は、長剣を鞘に戻して腰の剣帯に通した。持ち上がったマントの裾を引っ張って直し、黒マントさん武装完了。剣で浮き上がった黒布が、そこはかとなく物騒だ。
「ぷ」
 お疲れ様、と、頭上のプニムが一声鳴いた。
「終わったの?」
 少し離れた場所に腰かけて、那智の作業をじっと見ていたイスラが、ついてた頬杖を外して問うた。
 うん、と頷いて、剣をマントの中で叩いてみせる。ぱふぱふ。
 それを待ってたかのようにイスラは立ち上がり、小走りに、那智の傍らにやってきた。ちらりとこちらの剣を見下ろす目は、どこか、歯がゆそう。
「仕方ないでしょ」
 その意味を嫌というほど知ってる那智は、嘆息混じりにそう云った。
「一度瀕死になってるんだから」、もう一度「仕方ないでしょ」
 自分も戦いに行く、と云ったイスラを、全員で押しとどめたのは記憶に新しい。
 死にかけた昨日の今日で無茶ほざくな、大人しく寝てろ、そうしてくれればみんな安心して戦いに行ける――怒涛のように全員がそう繰り返すものだから、最初は強情を通そうとしたイスラも、しまいには折れた。ていうか折れなかった物理的に折られてた可能性もある。
 責任を感じてるんだろうってことも、自分の手で決着をつけたいんだろうってことも、アズリアをはじめとするみんな、よくよく理解してはいるんだけど、それ以上にイスラの体調について、本人より判ってる。
 病魔に蝕まれ、
 魔剣に侵蝕され、
 その魔剣が砕けた衝撃をまともに受け、
 そんな状態で魔剣を喚びつけて抜剣し――
 諸々、蓄積しまくったダメージが、一日二日で回復するわけもない。
「ジャキーニさんたちと一緒に、船を……みんなが帰ってくるとこ、守っててよ」
 ね?
 さっきも、そのみんなと一緒に云ったことばをもう一度、笑って告げる。表情が見えるように、目深に被ってたフードをちょっとだけ持ち上げて。
 けれど、イスラの表情は芳しくない。
「……帰ってくる?」
 かと思うと、不意に、改まった口調でそんなことを訊いてきた。
 もちろんだけど、と逆に問い返そうとして、那智は、ふっと口を閉ざした。
 真摯に見下ろしてくるその双眸は、ことばに込めきれなかった深い感情を、明確に那智に伝えてくる。
 ――ここに、君は“帰ってくる”?





帰らずに、ディエルゴ討伐まで同行する流れがこれでした。
どうにもそのあたりの展開がゲームまんまになりそうなのでああなったわけですが。